君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

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タイムリープしたようなので人生をやり直そうと思います

カラダは二十歳、中身は三十路

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 営業終了後、この世界にもだいぶ慣れて来て、10年前を懐古する余裕すら出て来た。 

 そうそう。この時代は――。
 怪我で水が扱えないからなんて甘えた事は言ってられなかった。
 熱があっても気合で出勤しろ、という時代だ。
 もっとも世間一般的にはそんなパワハラ通用しないが、美容業界はとかく封建的で、この時代はまだまだ昭和の色が濃い。
 上層部を昭和世代が牛耳ってるからだ。

 熱で休めるようになるのは、このおよそ5~6年後。
 未曽有の感染症によるパンデミックが世界を震撼させた頃からだ。
 その頃僕はもうとっくにこの業界にはいないのだが。

 まだ熱を持ち、じんじんと疼く手にゴム手袋を嵌めて、シンクに山積みされているカラーカップやパーマのロッドを洗っていた。

 営業時間は終わり、アシスタントたちはこの後、深夜までレッスンに入る。

「泉」
 山内先輩が声をかけて来た。

「はい」
 作業を続けながら中途半端に振り返ると
「今日はもう上がれ」
「え?」
「その指じゃあ、ハサミ持てないだろ」

 幸いな事に、咄嗟にレザーに差し入れ、負傷した指は右手の親指で、ハサミの開閉には随分支障がある。

「安静にしてゆっくり休め。その方が怪我の治りも早い」

「ありがとうございます。お言葉に甘えます」

 山内先輩は営業中とは打って変わり、優しい表情で頷いた。

 急いで洗い物をやっつけて、更衣室に入った。

「えっと……、僕のロッカーは……」
 10年前の自分のロッカーの記憶は曖昧で、見つけるのに少しだけ苦労した。
 ようやく探し当て、扉を開ける。

「うわぁー、なっつ~」
 思わず笑いが出る。
 派手な絵がプリントされている白のロンTに、チェック柄のハーフパンツ。
 改めて、一生懸命おしゃれしてたんだなとしみじみ思う。
 そういえば、原宿系を気取ってたな。
 ロッカーの奥には、大き目のセカンドバッグ。
 ファスナーを開けてみると、財布にガラケー、なぜかコンドームに、街で配られるポケットティッシュがたくさん。
 備えあれば憂いなしか。

 財布の中身は――。
「3000円」
 憂いしかない。

 情けない金額にせせら笑いながら着替え、ガラケーを手に裏口からサロンを出た。

 早速、保坂さんからもらったメモの番号を押した。

 まだ8時台だ。
 もしかしたら、この辺にいるかもしれない。

 2014年の春分の日は、3月21日。
 つまり明日。
 休日前夜とあって、街は若者たちで溢れかえっている。

 10年後と比べて、この時代の体感温度は1,2度低い。
 にも拘わらず、若者たちの服装は軽やかで誰もみな楽しそうだ。

 このまま家に帰るなんてもったいないほど。

 中身は30歳のおっさんだが、体は20歳の若者なのだ。
 賑やかな雰囲気に血がうずうずと騒ぎ出す。

『もしもし?』
 数回のコールの後、怪訝そうな声で保坂さんが電話に出た。
 こちらの番号は教えていなかったのだから、当然の反応だろう。

「あ、泉です」

『泉くん!』

「今、大丈夫?」

『大丈夫よ。伊藤君と一緒にいるの』

「ああ、そうかなと思ってた」

『え?』

「あー、いや。同じ大学に行ってたから……」

『そっか、伊藤君から聞いてたのね 二人仲いいもんね』

「う、うん、まぁ」

『あ、ちょっと待って。伊藤君に変わるね』

「え! あー、ちょ……」

『もしもし、泉?』

「おお、元気か?」

『なんだよ。昨日会ったばっかじゃん』

「あー、そうだっけ」

『お前、今から出て来いよ。パーティの二次会、面子がしょぼかったから芙美と二人で焼き鳥九十九にいるんだ』

「ツクモ? えっとー」

『お前、九十九わかんねーの? きゅうじゅうきゅうって書いてツクモだろ! この前、岡崎たちと飲んだじゃん』

 九十九?
 あ、そう言えば、バッグの中でそんな名前の居酒屋見かけたな。

 急いでバッグを開けて、ポケットティッシュの広告を確認する。

「ああ、センター街のね」
 住所までばっちり確認できた。
 10年後はなくなっている店だ。

『そうそう。芙美が焼き鳥食べたいっていうから』

「いいねぇ、あー、でも、俺、3000円しかねーわ」

『気にするな。奢るからさ』

 この頃はまだ、何も起きていない。
 伊藤と僕も純粋な友達。親友と言っていい。

 浮気も自殺も、まだ何もない。

 しかし、人はそう簡単には変わらない。
 クズはクズ。
 この頃から既にクズはクズなんだ。

「マジかー。じゃあ、今から行くよ。5分で着く」

『おー、待ってるぞ』

 電話を切って、早速、焼き鳥九十九に向かった。
 脳裏には、車の中で、僕の妻と体を絡め合う生々しい伊藤の姿がある。
 ぎゅっと拳を握れば、夜風が武者震いを誘う。

 しかし、冷静になれ。
 まだ何も起きていない。
 全てはこれからだ。

 先ずは、伊藤と保坂の結婚を阻止する!!
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