君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

文字の大きさ
23 / 52
過去は変えられる

復讐その①

しおりを挟む
 伊藤家と保坂家の結婚式は盛大な物だった。
 地味婚が主流だった時代に、まるで芸能人並みの来場客を迎え入れて、日が暮れるまでの大パーティ。
 代々農家っていうのは人脈もすごいんだなぁ。
 来場客の中には、農協や役所の偉いさんも混ざっているそうだ。

 式場スッタフは総出で忙しそうに動き回っている。

 保坂さんと共に式場に戻ったのは、彼女が逃げ出してからおよそ一時間が経った頃だ。

 会場はアクシデントにより、一時歓談という形を取っていたようで、当事者以外に、さほどパニックは見られない。
 顔色を悪くしているのは伊藤家と保坂家だ。
 彼女の母親がしきりに伊藤の母親に頭を下げていた。

『それではお待たせいたしました。新郎新婦にアクシデントがございましたが、無事、披露宴再開の運びとなりました。
 それでは皆さま、カメラのご準備はよろしいでしょうか?
 新郎新婦の入場です』

 アナウンスの後、甘いラブソング流れて、完璧にメイクを直した彼女と、作り笑いで表向きを繕った伊藤が腕を組んで入場してきた。

「ねぇ、何があったの?」

 こっそりと千葉さんが僕に耳打ちする。

「あー、控室でカレーうどん食べたみたいで、ドレスに跳ねたみたい。それで染み抜きを手伝ってたの。ほら、僕、そういうの得意じゃん?」

「そうだったっけ? それだけ?」

「そう。それだけ」

 二人がテーブルのキャンドルに火を移していく、キャンドルサービス。
 保坂さんの顔にはもう、迷いは見られない。
 女優のように貫禄のある作り笑いを湛えている。

 ケーキ入刀は、時間の都合で略式で済ませ、友人代表のスピーチも割愛され、お手紙という形で二人に渡された。

 そうしてⅠ時間というロスは上手く回収され、ついにクライマックス。

 新婦から新郎の母へ、花束贈呈。
 スタッフが、新婦に大きな花束を持たせると、保坂さんの顔に、少し緊張が走った。
 しかし、凛と背筋を伸ばし、伊藤の母親の元へと歩み寄る。

 ハンカチで目元を抑えながら、花束を受け取ろうと手を出したばばあの足元に、彼女はドサっと花束を落とした。

「え?」
「なに?」
「どうした?」

 会場がざわつく。

 急いで介添えのプランナーが花束を拾い上げ、伊藤の母に持たせると、まるで何事もなかったかのように司会が感動的なセリフを読み上げた。

『新婦、芙美さまから新しいお母さんへ。これからはあなたの娘になります。どうぞ、よろしくお願いします。そんな意味を込めて、今、花束がお母さまに手渡されました』

 手渡したのは会場スタッフだ。
 あんたの娘なんかになるかよ、くそばばあ、そんな意味を込めて花束を捨てたんだよ!!

 不服そうに顔を歪めるくそばばあ。
 狼狽える伊藤。

 保坂さんは口元に笑顔を作ったままだ。

 妙な雰囲気を胡麻化すような拍手がパラパラと沸き上がり、同調圧力に屈した来場客がそれに加わると、何事もなかったかのような盛大な拍手へと変わった。

『それではご新婦さまによります、お母さまへの手紙です』

 アナウンスの後、保坂さんはカンペも持たずにマイクの前に立った。

「お母さん。20年間、女手一つで育ててくれてありがとう。これからの人生、私は私のために大切に生きて行きます。
 お母さんが大切に育て、与えてくれた命を決して粗末にはしません。
 なので……
 私は、お嫁にはいきません。伊藤家に……嫁ぎません」

 さすがにどよめき始める会場。

「ちょっと、何言ってるんだ?」
 伊藤が保坂に一歩詰め寄ったその時。
 彼女は咄嗟に片手を挙げて、頭を守るような姿勢を取った。
 僕は壇上へと駆け上がり、伊藤の前に立ちはだかっていた。

 長年、暴力を受けて来たせいで、そんなクセが着いたのだろうと思うと思うと、じっとしていられなかった。

「どういう事なの? 説明しなさい」

 ばばあが金切り声を上げる。
 それに呼応するように伊藤は僕を押しのけた。
 すかさず後ろから羽交い絞めにして、伊藤を拘束した。

「放せ、泉ーー」

 邪魔はさせない。
 
 おろおろと心配そうに見守る保坂さんのお母さん。
 友人たちは絶句している。

 会場全員が注目している中、彼女は再びマイクに口を付けた。

「説明しますね」
 そう言った後、会場後方に向かって「お願いします」と言った。

 大勢の客の間をすり抜けるようにして壇上に上がったのは、幸田さんだった。

 幸田さんは、保坂さんと目でコンタクトを取り合った後、メイク落としのコットンで、彼女の体からファンデーションを剥がして行った。

 この日、彼女の着付けを担当したのは幸田さんで、痣をファンデーションで隠したのも彼女。
 保坂さんの痛手を一番知っている存在だ。
 この計画を知った幸田さんは、快く引き受けてくれた。
 幸せをお手伝いする仕事に相応しい役割ね、と力強く笑っていた。

 次々に露わになる痛々しい痣に、会場のどよめきは更に大きくなった。

「やめろー、やめろーーーー!!」
 暴れる伊藤。
 必死で抑え込む僕。
「保坂さん、続けるんだ!」
 僕の声にうんとうなづき、彼女はマイクの前で息を吸う。

「腕や肩、背中だけではありません。ここではお見せできないような場所まで私の体には痣が無数にあります。
 私は、高校2年生の時から、優作さんにDVを受けてきました。
 気に食わない事があると、彼はまるで私をサンドバッグのように殴ったり蹴ったり……。それを彼は愛だと言いました。
 これが彼の愛なんだと思い込んでいた私は、今まで耐え続けてきました。
 こんな人と、結婚してもいいのでしょうか?」

 どよめく会場。

「土壇場で急に怖くなったのです。インターネットに寄れば、男性の暴力は一生続く。被害者が逃げなければ終わらないとありました。
 これから死ぬまで一生、私は暴力に耐えなければいけない。そう思うとこの場を逃げ出さずにはいられませんでした。
 ここまで式を作り上げてくださったスタッフの皆様と、お祝いに駆けつけてくださったお客様には、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 私の一生に一度のわがままを、どうか許してください」

 保坂さんはそう言って、泣きながら頭を下げた。

 そこへ――
「芙美ーー」
 保坂さんのお母さんだ。
 駆け寄り、彼女の体を包み込むように抱きしめた。

「ごめんね。全然気づいてあげられなくて。痛かったでしょう。こんなに痣だらけになって……どうしてこんな事……酷い……」

 お母さんの痛々しい涙が手伝って、会場のヘイトは一気に伊藤に向かった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...