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過去は変えられる
復讐その①
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伊藤家と保坂家の結婚式は盛大な物だった。
地味婚が主流だった時代に、まるで芸能人並みの来場客を迎え入れて、日が暮れるまでの大パーティ。
代々農家っていうのは人脈もすごいんだなぁ。
来場客の中には、農協や役所の偉いさんも混ざっているそうだ。
式場スッタフは総出で忙しそうに動き回っている。
保坂さんと共に式場に戻ったのは、彼女が逃げ出してからおよそ一時間が経った頃だ。
会場はアクシデントにより、一時歓談という形を取っていたようで、当事者以外に、さほどパニックは見られない。
顔色を悪くしているのは伊藤家と保坂家だ。
彼女の母親がしきりに伊藤の母親に頭を下げていた。
『それではお待たせいたしました。新郎新婦にアクシデントがございましたが、無事、披露宴再開の運びとなりました。
それでは皆さま、カメラのご準備はよろしいでしょうか?
新郎新婦の入場です』
アナウンスの後、甘いラブソング流れて、完璧にメイクを直した彼女と、作り笑いで表向きを繕った伊藤が腕を組んで入場してきた。
「ねぇ、何があったの?」
こっそりと千葉さんが僕に耳打ちする。
「あー、控室でカレーうどん食べたみたいで、ドレスに跳ねたみたい。それで染み抜きを手伝ってたの。ほら、僕、そういうの得意じゃん?」
「そうだったっけ? それだけ?」
「そう。それだけ」
二人がテーブルのキャンドルに火を移していく、キャンドルサービス。
保坂さんの顔にはもう、迷いは見られない。
女優のように貫禄のある作り笑いを湛えている。
ケーキ入刀は、時間の都合で略式で済ませ、友人代表のスピーチも割愛され、お手紙という形で二人に渡された。
そうしてⅠ時間というロスは上手く回収され、ついにクライマックス。
新婦から新郎の母へ、花束贈呈。
スタッフが、新婦に大きな花束を持たせると、保坂さんの顔に、少し緊張が走った。
しかし、凛と背筋を伸ばし、伊藤の母親の元へと歩み寄る。
ハンカチで目元を抑えながら、花束を受け取ろうと手を出したばばあの足元に、彼女はドサっと花束を落とした。
「え?」
「なに?」
「どうした?」
会場がざわつく。
急いで介添えのプランナーが花束を拾い上げ、伊藤の母に持たせると、まるで何事もなかったかのように司会が感動的なセリフを読み上げた。
『新婦、芙美さまから新しいお母さんへ。これからはあなたの娘になります。どうぞ、よろしくお願いします。そんな意味を込めて、今、花束がお母さまに手渡されました』
手渡したのは会場スタッフだ。
あんたの娘なんかになるかよ、くそばばあ、そんな意味を込めて花束を捨てたんだよ!!
不服そうに顔を歪めるくそばばあ。
狼狽える伊藤。
保坂さんは口元に笑顔を作ったままだ。
妙な雰囲気を胡麻化すような拍手がパラパラと沸き上がり、同調圧力に屈した来場客がそれに加わると、何事もなかったかのような盛大な拍手へと変わった。
『それではご新婦さまによります、お母さまへの手紙です』
アナウンスの後、保坂さんはカンペも持たずにマイクの前に立った。
「お母さん。20年間、女手一つで育ててくれてありがとう。これからの人生、私は私のために大切に生きて行きます。
お母さんが大切に育て、与えてくれた命を決して粗末にはしません。
なので……
私は、お嫁にはいきません。伊藤家に……嫁ぎません」
さすがにどよめき始める会場。
「ちょっと、何言ってるんだ?」
伊藤が保坂に一歩詰め寄ったその時。
彼女は咄嗟に片手を挙げて、頭を守るような姿勢を取った。
僕は壇上へと駆け上がり、伊藤の前に立ちはだかっていた。
長年、暴力を受けて来たせいで、そんなクセが着いたのだろうと思うと思うと、じっとしていられなかった。
「どういう事なの? 説明しなさい」
ばばあが金切り声を上げる。
それに呼応するように伊藤は僕を押しのけた。
すかさず後ろから羽交い絞めにして、伊藤を拘束した。
「放せ、泉ーー」
邪魔はさせない。
おろおろと心配そうに見守る保坂さんのお母さん。
友人たちは絶句している。
会場全員が注目している中、彼女は再びマイクに口を付けた。
「説明しますね」
そう言った後、会場後方に向かって「お願いします」と言った。
大勢の客の間をすり抜けるようにして壇上に上がったのは、幸田さんだった。
幸田さんは、保坂さんと目でコンタクトを取り合った後、メイク落としのコットンで、彼女の体からファンデーションを剥がして行った。
この日、彼女の着付けを担当したのは幸田さんで、痣をファンデーションで隠したのも彼女。
保坂さんの痛手を一番知っている存在だ。
この計画を知った幸田さんは、快く引き受けてくれた。
幸せをお手伝いする仕事に相応しい役割ね、と力強く笑っていた。
次々に露わになる痛々しい痣に、会場のどよめきは更に大きくなった。
「やめろー、やめろーーーー!!」
暴れる伊藤。
必死で抑え込む僕。
「保坂さん、続けるんだ!」
僕の声にうんとうなづき、彼女はマイクの前で息を吸う。
「腕や肩、背中だけではありません。ここではお見せできないような場所まで私の体には痣が無数にあります。
私は、高校2年生の時から、優作さんにDVを受けてきました。
気に食わない事があると、彼はまるで私をサンドバッグのように殴ったり蹴ったり……。それを彼は愛だと言いました。
これが彼の愛なんだと思い込んでいた私は、今まで耐え続けてきました。
こんな人と、結婚してもいいのでしょうか?」
どよめく会場。
「土壇場で急に怖くなったのです。インターネットに寄れば、男性の暴力は一生続く。被害者が逃げなければ終わらないとありました。
これから死ぬまで一生、私は暴力に耐えなければいけない。そう思うとこの場を逃げ出さずにはいられませんでした。
ここまで式を作り上げてくださったスタッフの皆様と、お祝いに駆けつけてくださったお客様には、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
私の一生に一度のわがままを、どうか許してください」
保坂さんはそう言って、泣きながら頭を下げた。
そこへ――
「芙美ーー」
保坂さんのお母さんだ。
駆け寄り、彼女の体を包み込むように抱きしめた。
「ごめんね。全然気づいてあげられなくて。痛かったでしょう。こんなに痣だらけになって……どうしてこんな事……酷い……」
お母さんの痛々しい涙が手伝って、会場のヘイトは一気に伊藤に向かった。
地味婚が主流だった時代に、まるで芸能人並みの来場客を迎え入れて、日が暮れるまでの大パーティ。
代々農家っていうのは人脈もすごいんだなぁ。
来場客の中には、農協や役所の偉いさんも混ざっているそうだ。
式場スッタフは総出で忙しそうに動き回っている。
保坂さんと共に式場に戻ったのは、彼女が逃げ出してからおよそ一時間が経った頃だ。
会場はアクシデントにより、一時歓談という形を取っていたようで、当事者以外に、さほどパニックは見られない。
顔色を悪くしているのは伊藤家と保坂家だ。
彼女の母親がしきりに伊藤の母親に頭を下げていた。
『それではお待たせいたしました。新郎新婦にアクシデントがございましたが、無事、披露宴再開の運びとなりました。
それでは皆さま、カメラのご準備はよろしいでしょうか?
新郎新婦の入場です』
アナウンスの後、甘いラブソング流れて、完璧にメイクを直した彼女と、作り笑いで表向きを繕った伊藤が腕を組んで入場してきた。
「ねぇ、何があったの?」
こっそりと千葉さんが僕に耳打ちする。
「あー、控室でカレーうどん食べたみたいで、ドレスに跳ねたみたい。それで染み抜きを手伝ってたの。ほら、僕、そういうの得意じゃん?」
「そうだったっけ? それだけ?」
「そう。それだけ」
二人がテーブルのキャンドルに火を移していく、キャンドルサービス。
保坂さんの顔にはもう、迷いは見られない。
女優のように貫禄のある作り笑いを湛えている。
ケーキ入刀は、時間の都合で略式で済ませ、友人代表のスピーチも割愛され、お手紙という形で二人に渡された。
そうしてⅠ時間というロスは上手く回収され、ついにクライマックス。
新婦から新郎の母へ、花束贈呈。
スタッフが、新婦に大きな花束を持たせると、保坂さんの顔に、少し緊張が走った。
しかし、凛と背筋を伸ばし、伊藤の母親の元へと歩み寄る。
ハンカチで目元を抑えながら、花束を受け取ろうと手を出したばばあの足元に、彼女はドサっと花束を落とした。
「え?」
「なに?」
「どうした?」
会場がざわつく。
急いで介添えのプランナーが花束を拾い上げ、伊藤の母に持たせると、まるで何事もなかったかのように司会が感動的なセリフを読み上げた。
『新婦、芙美さまから新しいお母さんへ。これからはあなたの娘になります。どうぞ、よろしくお願いします。そんな意味を込めて、今、花束がお母さまに手渡されました』
手渡したのは会場スタッフだ。
あんたの娘なんかになるかよ、くそばばあ、そんな意味を込めて花束を捨てたんだよ!!
不服そうに顔を歪めるくそばばあ。
狼狽える伊藤。
保坂さんは口元に笑顔を作ったままだ。
妙な雰囲気を胡麻化すような拍手がパラパラと沸き上がり、同調圧力に屈した来場客がそれに加わると、何事もなかったかのような盛大な拍手へと変わった。
『それではご新婦さまによります、お母さまへの手紙です』
アナウンスの後、保坂さんはカンペも持たずにマイクの前に立った。
「お母さん。20年間、女手一つで育ててくれてありがとう。これからの人生、私は私のために大切に生きて行きます。
お母さんが大切に育て、与えてくれた命を決して粗末にはしません。
なので……
私は、お嫁にはいきません。伊藤家に……嫁ぎません」
さすがにどよめき始める会場。
「ちょっと、何言ってるんだ?」
伊藤が保坂に一歩詰め寄ったその時。
彼女は咄嗟に片手を挙げて、頭を守るような姿勢を取った。
僕は壇上へと駆け上がり、伊藤の前に立ちはだかっていた。
長年、暴力を受けて来たせいで、そんなクセが着いたのだろうと思うと思うと、じっとしていられなかった。
「どういう事なの? 説明しなさい」
ばばあが金切り声を上げる。
それに呼応するように伊藤は僕を押しのけた。
すかさず後ろから羽交い絞めにして、伊藤を拘束した。
「放せ、泉ーー」
邪魔はさせない。
おろおろと心配そうに見守る保坂さんのお母さん。
友人たちは絶句している。
会場全員が注目している中、彼女は再びマイクに口を付けた。
「説明しますね」
そう言った後、会場後方に向かって「お願いします」と言った。
大勢の客の間をすり抜けるようにして壇上に上がったのは、幸田さんだった。
幸田さんは、保坂さんと目でコンタクトを取り合った後、メイク落としのコットンで、彼女の体からファンデーションを剥がして行った。
この日、彼女の着付けを担当したのは幸田さんで、痣をファンデーションで隠したのも彼女。
保坂さんの痛手を一番知っている存在だ。
この計画を知った幸田さんは、快く引き受けてくれた。
幸せをお手伝いする仕事に相応しい役割ね、と力強く笑っていた。
次々に露わになる痛々しい痣に、会場のどよめきは更に大きくなった。
「やめろー、やめろーーーー!!」
暴れる伊藤。
必死で抑え込む僕。
「保坂さん、続けるんだ!」
僕の声にうんとうなづき、彼女はマイクの前で息を吸う。
「腕や肩、背中だけではありません。ここではお見せできないような場所まで私の体には痣が無数にあります。
私は、高校2年生の時から、優作さんにDVを受けてきました。
気に食わない事があると、彼はまるで私をサンドバッグのように殴ったり蹴ったり……。それを彼は愛だと言いました。
これが彼の愛なんだと思い込んでいた私は、今まで耐え続けてきました。
こんな人と、結婚してもいいのでしょうか?」
どよめく会場。
「土壇場で急に怖くなったのです。インターネットに寄れば、男性の暴力は一生続く。被害者が逃げなければ終わらないとありました。
これから死ぬまで一生、私は暴力に耐えなければいけない。そう思うとこの場を逃げ出さずにはいられませんでした。
ここまで式を作り上げてくださったスタッフの皆様と、お祝いに駆けつけてくださったお客様には、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
私の一生に一度のわがままを、どうか許してください」
保坂さんはそう言って、泣きながら頭を下げた。
そこへ――
「芙美ーー」
保坂さんのお母さんだ。
駆け寄り、彼女の体を包み込むように抱きしめた。
「ごめんね。全然気づいてあげられなくて。痛かったでしょう。こんなに痣だらけになって……どうしてこんな事……酷い……」
お母さんの痛々しい涙が手伝って、会場のヘイトは一気に伊藤に向かった。
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