君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

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過去は変えられる

未来を始めよう

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 煌びやかな夜景をバックに、海を眺めていた。

 隣には、ウエディングドレスから、水色のワンピースに着替えた保坂さん。
 彼女の髪が、晩夏の夜風に揺れている。

 顔にかかる長い髪を、整えるようにして耳にかけてやった。
 僕の認識が正しければ、彼女の記憶は僕が書き換えた記憶になっているはずで、10年前のあの日、僕は確かに彼女の髪を切ったのだ。

 中身が元の二十歳の僕に戻った腕前では、あまり巧く切れなかったなぁ。

「ありがとう」
 彼女は素直に喜んで、複雑そうに笑った。

 無理もない。

 さっきまで彼女は、伊藤と10年連れ添った人妻だったのだから。

「この場所から見える景色って、こんなにキラキラしてたんだ」

 遠くを見ながら彼女が呟く。

「今夜、行くとこあるの? 実家?」

 彼女は首を横に振った。

「実家には戻れないんだ」

「どうして?」

「お母さん、再婚するのよ。実家にはお母さんの彼氏が一緒に住んでて、帰り辛いんだ」

 保坂さんは5人兄妹だ。
 早くに結婚を決めた背景にはそういうのもあったのだろう。

 本来なら今夜から伊藤の実家で暮らすはずだった彼女は、羽を休める場所もないのだ。

「僕んちおいでよ。狭くて汚いけど、きれいにするし」

 彼女は「ふふ」と笑って僕に視線を移した。

「泉君。私の事、好きだったって言ってくれたよね? 10年前」

 焼き鳥屋で伊藤を潰した時だ。

「ああ、うん。まるで、つい2、3日前のような気がするよ」

「けど、あれって私がまだ若かったからよね?」

「へ?」

「私、もう30のおばさんよ。体中痣だらけで、こんなに汚れちゃった。もう……泉君が好きになってくれた私じゃないの」

「何言ってんの? 俺たち、今二十歳じゃん」

「へ? あ、そうだった。でも……中身は……ぼろぼ……」

「そんな事ない!」

 彼女の発言を打ち消すように、咄嗟にそんな事を言った。

「中身は、強く賢くなった素敵な女性だろ。昔も今も変わらない。君はずっと輝いてるよ」

「泉君……」

 彼女は僕の胸に頬を寄せた。
 華奢な体を、僕は優しく抱きすくめる。

「好きだよ、芙美……」

「私も……なんて呼んだらいいかな? 大牙……君……」

 僕は彼女の顎先に指を添えて、上を向かせる。

 柔らかそうな唇を、僕の唇であたため……


 ピピピ、ピピピピ……

「あ~~~~~、ん~~~~んあっ! 」

 朝だ!

「あーくそ! 夢かよ!! いいとこでアラーム鳴りやがる」


 隣には、当然保坂さんの寝姿……は、なく……。

 夢の通り、彼女は実家に帰る事も出来ず、行先はないのだが。

『僕んちにおいでよ』という、僕の善意(下心ではない)を頑なに受け取らず、ビジネスホテルに部屋を取った。

 身持ちが固くて頑固なのは、今も昔も変わらない。

 なんだかクセで、アラームのついでに、日付を確認する。

 2014年9月2日。

 まだ、10年前だ。
 保坂さんの結婚式の次の日だな。

 いつまでこの時代にいられるのかわからないけど、取り合えず、仕事だ!

 寝床を抜け出し、洗面所に向かう。

 シャコシャコと歯磨きをしていたら、ティロリロン♪とスマホがメッセージを受信した。

 スクリーンには『梨々花』の文字。

「ふぇ? あふぇ」

 脳がバグる。

 えっと、今は2014年9月だから、10年前の梨々花だ。
 まだ僕たちは付き合ってもいない時代。

 書き換えられた記憶によると、来春のヘアコレクションのモデルとして梨々花を起用する、大事な打ち合わせの日だ。

 通知をタップすると――。

『4時半には学校終わるので、迎えに来てね』

 うわぁ、そう言えば、すっかり下僕にされてたんだ。

 しかし、仕事だから仕方がない。

『はい、かしこまりました』

 と返信を打ち込み、スマホを閉じた。



 Side-芙美

 質素なビジネスホテルのベッドから外を眺める。

 朝靄の中で、カンカンカンカンと踏み切りの音が鳴る。
 この音が聞こえる度に、何度あの中に飛び込もうと思った事だろう。
 そんな希死念慮から私は開放されたのだ。

 薄いガラス窓の向こうには、自由がたくさん。
 夢と希望が散りばめられている。
 
 通勤ラッシュで、賑やかになり始めた街並み。
 この景色の1ピースに、私はなるのだ。

 そう思うと、体は軽く弾んでベッドから飛び降りた。
 伊藤に暴行を受けた体は軋むように痛みを訴えるが、昨日までの痛みに比べたらかわいいもんだ。

 先ずは、部屋を探さなければ。

 当時使っていたバッグを開け、財布の中身を確認する。

「2万円か……」
 クレジットカードの類はないが、キャッシュカードがあった。

「この時代は確か……」

 スマホを操作して、ネットバンキングにアクセスした。

「よかった。残高が確認できる」

「10万か……。微妙」

 都内でビジネスホテルとは言っても、一泊4000~5000円は消費する。
 早い所仕事を探して、部屋を借りなければ。

 現実を直視すると、じっとしていられなくなって、早速顔を洗い、メイクをした。

 身の回りの物を詰め込んだ小さ目のスーツケースには、幸い大学の頃に買ったビジネススーツが入っている。

「よし! 先ずは職探し」
 私は結局、農業以外にやりたい事を見つける事ができなかった。
 今は二十歳。
 家庭もなければ、病気もない。

 これから何だってできる。何にだってなれるのだ。

 この決意を一番最初に泉君に伝えたい。


 ベッドに投げ出したスマホを手繰り寄せて、履歴を呼び出す。


 1回目のコールが終わらないうちに『おはよう』と泉君の声。

「おはよう。ちゃんと起きれた?」

『もちろん。社会人ですから』
 クスクスと笑う声が耳元をくすぐる。

「夕べは遅くまで付き合ってくれてありがとう」

『いえいえ。朝まで付き合ってもよかったのに』

 彼は時々、冗談なのか、本気なのかわからない口調でこんな事を言う。

 そうか。あの時、いい匂いだなんてチャラ男みたいな事を言っていたのは、10年後の泉君だったのね。
 あの後はなんだか、高校時代と変わらない、大人しくてシャイな彼に戻ってて、戸惑ったな。

 泉君はこの10年で変わったんだな……。

『ねぇ、窓の外見て』

「え?」

 言われた通り、窓辺に行くと、スマホを耳に当てた彼が眩しそうにこちらを見上げていた。

『見えた?』

「うん。見えた」

『こっちからも見えたよ』
 手を振ると、振り返した。

「今から仕事?」

『うん』

「私も、仕事探そうと思って」

『そっか。応援するよ。応援っていうか協力する』

「ありがとう」

『今日、仕事7時までなんだ。その後会えるかな?』

「もちろん」

『今後の事について、ゆっくり話そう』

「わかった」

『うん。じゃあ、行ってくるよ』

「行ってらっしゃい」

 オフホワイトのタイトなTシャツに、丈が短めのパンツ。
 軽やかに小走りする姿は、どこからどう見ても今どきの若者で、彼はこの街並にすっかり馴染んで見えた。

 まだまだ青春の延長線上に、私たちはいるのかも知れない。

 なんだか落ち着かない心臓をそっと抱きしめた。
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