君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

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ガラクタの未来を君に

あの子より早く大人になりたいの

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 都内有数のイルミネーション人気スポットは、サロンから徒歩で十数分の場所にある。

 フロントで預かっていた、黒い厚手のチェスターコートを、本日最後の客である梨々花の肩にかけてやり、店を出た。

 白のタートルにモノトーンのショートパンツ。
 黒のハイソックスに千鳥格子のショートブーツ。
 そんな出で立ちの梨々花は、すれ違う男たちの目を引くほど、およそ高校生とは思えない色香を漂わせている。
 特に、コートの素材と合わせているベレー帽の下から揺れるグラデーションの巻き髪が、整った洋風の顔立ちを一層引き立てていた。

 10年後の記憶がなければ、この時間はどれほど幸せな物だっただろうか。
 半歩前を、スキップするように歩く梨々花を見ながら、そんな嘆きが沸き上がり、月夜に向かって咆哮したい気分になる。

 真新しい衣服が擦れ合う音。
 ブーツのかかとがアスファルトを叩く音。
 10年後も変わらないお気に入りの香水。
 小悪魔のような笑みからこぼれる甲高い笑い声。

 それらが、これまで梨々花と過ごしてきた記憶を鮮明に映し出し、内臓を内側から掻きむしった。

 僕がこれまで、どれほど君を大切に思ってきたか、君は知らない。

 そして今、僕がどれほど君を憎んでいるか、君は知る由もない。

「わぁ、すごい! きれい!! ねぇ、見て見て大牙君!」

 弾んだ声が僕を我に返した。

 梨々花の指先の向こうには、澄んだ真っ青な電飾で彩られた青の洞窟。
 本来、丸裸であるはずの木々を幻想的に変貌させていた。

 10年後は渋谷が中心のイベントになっているが、この時代、イタリアの『青の洞窟』を模したイルミネーションイベントは、中目黒が中心だった。

 この日、天気予報は夜からの雨を伝えていて、冷たい夜風に僅かな湿り気が混ざり、しんしんと冷え込んでいる。
 そのせいか、人通りはさほど多くなく、自分たちのペースを保ったまま歩ける程度だ。

 やたらはしゃいだ若者も少なく、甘く寄り添うカップル達が、さらに夜をロマンティックに演出している。

 ポツポツと降り始めた雨に、恋人たちの相合傘が咲き始める。

「雨が降るね」

 僕の声に梨々花は立ち止まり、空を見上げた。

「ほんと? 梨々花はまだ感じない」

 僕はバッグから今朝準備しておいた折り畳み傘を取り出し、彼女にさしかけた。
「髪、せっかくセットしたのに、濡れたら取れちゃうよ」

「ありがとう」
 少しはにかんで、うつむきながら僕に寄り添う。

 パタパタと相合傘の天井を叩く雨粒の音が、一層二人の距離を縮めた。
 彼女は冷たそうに口元で両手を温めている。
 僕は右手に持ってた傘を左手に持ち替え、彼女の手を握った。

「へ?」

 しばし、体を硬くする梨々花。

 僕はその手をそっとダウンジャケットのポケットに押し込んだ。

 こういう仕草が、君は好きだったよね。

「寒そうだったから」

『寒くない? なんて聞かないで。そう思うんだったらさっさと温めてよ』
 いつだったか、そんな風に君は僕にダメ出ししたね。
 いつも先回りを期待して、かみ合わない歯車に僕は落ち込みながらも君を愛した。

 ポケットの中で絡み合う指。
 彼女はしっかりと意志を持って、その手にぎゅっと力を込める。
 応えるように握り返すと、僕を見上げて幸せそうに、黒い大きな瞳を細めた。

「秘密だぞ」

「なにを?」

「こうして手を繋いだ事」

「うん。わかってる」

 そして、彼女はまた、絡み合った指をぎゅっと締め付けた。

「学校で新しい友達ができたんだ」

「そっか、よかったね。学校は楽しい?」

「まぁまぁかな。その友達ね、あ、鈴っていうんだけど、鈴はー、大学生の彼氏ができたんだって」

「へぇ、大学何年生だろ?」

「4年生」

「え? って事は僕より年上じゃん」

「そう。お父さんが美容外科医らしくて、めっちゃお金持ちなの」

「へぇ、すごいな」

「クリスマスにミュウミュウのバッグ買ってもらうんだって」

「マジかー」

「私もそんな彼氏が欲しいなー」
 上目遣いで僕を見上げる彼女と目が合った。

『言わなくてもわかるでしょう。察してよ!』
 数年後の彼女の声が脳内でリフレインする。

「僕の彼女になる? ミュウミュウのバッグぐらいは買ってあげられるけど」

「本当?」

「ふふ、どっちの本当? ミュウミュウの方? それとも僕の彼女になるって方?」

「僕の彼女になる? って方」

「本当だよ。どっちも本当」

 彼女は僕のポケットに手を突っ込んだまま、もう片方の手を僕の腰に回した。

 不意に鼻先を撫でた髪。
 ファスナーを閉じていない胸元は、彼女の冷たい頬に、一瞬にして体温を奪われた。

「嬉しい。初彼氏ー」

「僕も、初彼女だ」

 ポケットから手を抜き取り、傘を持ったまま、彼女を抱き寄せた。
 僕の腕の中で彼女はこう言った。

「鈴より早く大人になりたいの。大人にしてくれるよね?」

「え? あ、えっと、それはどういう意味で言ってるのかわかってる?」

「当たり前じゃん。エッチ……でしょ」

 この瞬間、タイムリープしなくて本当によかった。
 この時間軸の僕だったら、このままホテルに直行しているところだったよ。

「それは、君がもう少し大人になってからだ。ちゃんと大切にしたいんだ」
 そう言って、エッセンシャルオイルで艶を帯びた髪を優しく撫でた。

 その時――。

 彼女の肩越しに、立ち止まった人影が見えた。

 ――芙美。

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