君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

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ガラクタの未来を君に

今度は間違わない

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 Side-芙美

「芙美ちゃん? どないしたん?」

 ゲストハウスで仲良くなった関西出身の奈々さんが、不意に立ち止まった私を振り返った。
 明日のクリスマスパーティに備えて、買い出しをした帰りだった。

 私の網膜には、大牙が梨々花を抱きすくめる姿だけが色を持って映し出されている。
 幻想的な青いイルミネーションの下で、愛を囁き合うように抱き合う男女は、この上なくこのシチュエーションに似合っていて、作り物だとわかっていても、心臓をナイフで一突きされたような痛みが走る。

 こんな所で会ってしまうなんて、神様はなんて意地悪なんだろう。

 それでも私は、彼の目を見て、力強く頷いた。

 上手く行ってるね。その調子で頑張って。
 そんな張りぼての意志を伝える。

 彼は、彼女の肩越しに、力強く「うん」と頷き返した。

 あの日『絶対に彼女を抱かないで』と言った私に、彼は『へ?』ととぼけた返事をした。

 何言ってるんだろう、私。
 そんな事言う資格ない。
 彼にとって私はただの友達。
 私にとっても彼はただの友達。

『あ、なんでもないの。冗談よ。大牙があんな事言うから』

 ――約束して欲しい。伊藤に絶対抱かれない。

『気にしないで。じゃあ、帰る』

 そう言い残して、あの部屋を足早に去った。

 その後、彼からは淡々とクリスマスイブに向けて勝負をかけるという内容のメッセージが届いて、私は『楽しみにしてる。頑張って』と作り笑い代わりの顔文字を添えて返信をした。

 先ずは大牙が梨々花の彼氏というポジションを取る。そのためには手段は選らばない。
 
 そして次は――私の番だ。

 私が、伊藤を、誘惑する。

「あ、ごめん。行こう」
 奈々さんに無理に作った笑顔を向けた。

 夫のDVから逃げて子連れでゲストハウスにたどり着いたという奈々さんは、32歳。

「ええの?」
 心配そうに、抱き合う二人と私を交互に見ている。

「うん、いいの。なんでもないの。行きましょう」

 そう答えて、二人の脇を通り過ぎようとしたその時――。

 大牙と梨々花の唇が重なった。

 しんと冷えた夜風が、背筋をなでる。

 呼吸も忘れるほどの衝撃が私を痛めつけた。

 愛する人を、2度もあの女に奪われた。
 そんな被害妄想に支配されて、その場を全速力で逃げ出した。

「芙美ちゃん、芙美ちゃーーーん、待ってーーーー」
 奈々さんの声に応える事ができない。

 肺までも凍り付きそうな夜風に、白い息を任せて、猛スピードで心の置き所を探した。

 たどり着いたのは、3ヶ月間お世話になっているゲストハウス。
 ゲストハウスとは言っても、ここは傷ついた女性のためのシェアハウスだ。

「はぁはぁはぁ……芙美ちゃん、急にどないしたん?」

 おっとりとした口調で奈々さんが訊いてきた。
「もしかして、さっきの……、DVの元カレとか?」

「ううん。違う。全然違う。ただの友達。同級生よ」

「そっか、ほんなら芙美ちゃんはあの子が好きやねんな」

 揶揄うような口調に、否定しようと首を横に振った、その時——。

「ママーーー」
 奈々さんの息子、5歳の優馬が柔らかそうなくせっ毛を揺らしながら走って来た。
「優馬ー。お留守番ありがとう。寂しくなかった?」

 奈々さんが優馬を抱きしめた。
「うん、恵ちゃんとアンパンマン観てた」
「そっか。恵ちゃんは?」
「一人でアンパンマン観とるで」
 恵ちゃんは私と同じ年。毒親から逃げてここへ来た専門学生だ。

 天真爛漫で、ポニーみたいに賢そうで優しい優馬を見ていると、私はどうして子供を作らなかったんだろうと、後悔が沸き上がる。
 奈々さんは言う。
『どんなに辛い事があっても、優馬がおったら明るく生きていかなあかんなと思えるんよ』

「ほな、もう少し恵ちゃんとアンパンマン見とってな」
「うん!」
 大きく首を縦に振って、再び一階の恵ちゃんの部屋へ入って行った。

 レジ袋から野菜や肉を取り出し、冷蔵庫に仕舞っている私に
「どうして素直になれへんの?」
 奈々さんは、まるで子供を見るような目で私を見て、そう言った。
「え?」

「うちら、男に痛めつけられてきたけど、恋したっていいんやで。先に進んだって、いいんよ」

 その言葉に、張り詰めていた糸がプチっと切れた音が聞こえた

 刹那——。

 うわぁっと涙が込み上げて、わけもわからず声を上げて泣いた。
 自分がどうして泣いているのかもわからず、手に持っていたブロッコリーで顔を覆うようにして、その場にしゃがみ込んだ。

 どうして私の人生はいつも、こうも上手く行かないのだろうか?

 タイムリープでやり直したって、同じ事。

 10年間の記憶が邪魔をして素直になれない。

 あの痛みが、あの苦しみが、足踏みさせる。

 手を伸ばせば、幸せはすぐそこで、後は掴むだけなのに――。
 ずっとそうだった。
 あれは高校3年の時。いつも大牙が近くにいて、不器用なりに優しくしてくれた。
 傘を忘れた雨の日。
 自分の折り畳み傘を私に持たせて、自分は濡れながら校庭を走り抜けた。
 雪の日は、『間違えたからあげる』と、甘くあったかい缶コーヒーを握らせてくれたっけ。

 あの時既に、掴むべき物はすぐ近くにあったはずなのに――。

「どうして間違えたんだろう……」
 ブロッコリーに額を押し付けて、わんわん泣いた。

 奈々さんの優しい手のひらが私の背中を温める。

 その時――。

 とことこと小さな足音が聞こえて
「芙美ちゃん、どないしたん? 頭がいたいんか?」

 優馬の小さな手が私の髪を撫でた。

 二人の優しさが、更に涙腺を崩壊させる。

「ブロッコリーとカリフラワーを間違えてもうてん。優馬、芙美ちゃんをよしよししてあげてな」

 奈々さんが機転を利かせて優馬にそう言った。

「カリフラワーは白い方やで。今度は間違わんようにすればええで」

 そう言って、小さな両腕でブロッコリーごと、私を抱きしめてくれた。

「うん。ありがとう。今度は……間違わない」
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