君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

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純愛

等身大の彼

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 Side-芙美

 玄関の鍵を回す音が聞こえたのは、大牙が出かけてから1時間と経たない頃だった。
 すんなりと開いたドアの向こうには、なんだか顔色の悪い彼。

「お帰り、大牙。早かったのね」

 彼は驚いた顔で仰け反った挙句、尻もちをついた。

「は、あわわわわわ……ほ、ほ、保坂、さん?」

 頭のてっぺんから血の気が引いていく。
 一瞬にして指先が冷たくなるのを感じて、私は思わず絶句した。

 保坂さんと呼んだ。

 2014年の大牙だ。
 2024年のさっきまで一緒にいた大牙は一人で時空を超えてしまったという事だ。

 ヘナヘナとその場に座り込んで、両手で顔を覆う。
 あんな時間がこれから先ずっと続くと思っていた。

「どうして……」

 神様はどうしてこんな意地悪ばかりするの?

「あの。ほ、保坂さん?」
 か細い彼の声が、昔の呼び方で私を呼んだ。
 見た目はさっきとなんら変わらない。
 声も指も髪も唇も背格好も――。

 それなのに、決定的に違うのだ。

 彼ははずかしそうに俯いて、玄関から何度も部屋を見回している。

 どう説明すればいいのだろうか?

 私たちの計画は、これでお仕舞なのだろうか?

 違う!

 このために、大牙は日記を付けていたのだ。
 いつこの時間軸の自分と入れ替わってもいいように。

「こっちへ来て」

 私は大牙の腕を掴んだ。

「へ?」

 せっかく掴んだ幸せ。
 絶対に放さないと決めたのはついさっきの事だ。

 私がしっかりしなくちゃ。

 彼をローテーブルの脇に座らせた。

「これを読んで」

 大牙はおどおどしながらも、恐々ノートを開いた。
 表紙にはマジックで大きく1~3の番号が振ってあり、私は先ず①のノートを差し出した。

「わかった」

 大牙は怪訝そうにしながらも、真剣にノートの文字に視線を走らせる。

 時々「へ?」とか「うそ」とか「伊藤のやつー、あいつ……やっぱり」などと声を漏らすが、③のノートを読み終える頃には色々理解したようで、立ち上がった。

 テレビ台の下から小さな手持ち金庫を取り出し、開錠して、通帳を取り出した。

 その中身を見て、これ以上ないぐらい目を大きく見開いた。
「に、に、二億……」

 カレンダーを確認したり、スマホを操作したりしながら、納得したようで、震える手で再び金庫に仕舞った。

 ぶつぶつと何やら独り言を言っている。
 腕を組み、考え込むような仕草をしては、立てた人差し指で、指揮者みたいに空を切った。
「ああ、なるほど。だから、西武か」
 たすき掛けにしているボディバッグを開けて、財布を取り出し、中身を確認してまた驚いた顔をする。

「はは……お金、あるじゃん」

 そして、まるで中身が入れ替わったみたいに、すっと背筋を伸ばした。

「僕、行かなきゃ」

「どこへ?」

「西部。梨々花ちゃんにミュウミュウのバッグと靴を買ってあげる約束を果たさなきゃ」

「うん」

「デートするんだ」

よかった。復讐の作戦もちゃんと理解してくれた。

「そうよ」

 そして、私の顔をじーっと見つめている。

 不安げに震える唇でこう言った。

「とても信じがたいんだけど、君は、2024年の保坂さんなんだね?」

 じわっと下瞼が熱くなる。

「うん。そうよ」

「僕と君は、運命を変えるため一緒に歩いて行く。そう約束したんだね?」

「そうよ」

「もっと信じがたいんだけど……君は、僕が……すすすす好き? あの、あ、あのノートに書いてあって、その……」

「愛してるわ」

「伊藤じゃなくて?」

「泉君が……大牙が……好き」

 彼は目の縁を赤くして、深呼吸をした。

「抱きしめても、いい?」

 返事の代わりに、私が彼を抱きしめた。
 耳元で彼の鼓動が鳴る。
 不器用な手つきで、そっと私の体に触れて、強く抱きしめてくれた。
 乱れた彼の呼吸が鼓膜をくすぐる。

「君がずっと好きだった。始めて会った時からずっと……」

 やっぱり大牙だ。
 どの時間軸にいても、いつも私を好きでいてくれた大牙だ。

「僕が、僕が、必ず……君を、守るからっ」
 一生懸命事態を呑み込んで覚悟を決めてくれたのね。
 今朝までの大牙みたいにスマートじゃないし頼りないけど、いじらしくて可愛い。

「ありがとう。私も、あなたを守りたい」

 封印していた涙がまた、彼の肩口を濡らした。

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