【和風ファンタジー小説 あらすじ】帝都浅草探しモノ屋~浅草あきんど、妖怪でもなんでも探します~

郁嵐(いくらん)

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【和風ファンタジー】8話 (4)【あらすじ動画あり】

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【あらすじ動画】 
◆忙しい方のためのショート版(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94

◆完全版(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU
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最後にもう一度、弟の肩に手をおくと、清一郎は銀次の耳元で静かに指を鳴らした。

——パチン。

その音と同時に、銀次の頭の中で、何かがサラサラと砂のように落ちていく。
合わせるようにして、目の前の兄の姿もぼやけ始めた。

「兄ぃ——」

銀次は思わず、手を伸ばす。
しかしその手が届く前に、清一郎はひらりと欄干の上に立ち上がった。

「銀次。……お別れだ。僕は、もう次の土地へ旅立たなければ」

清一郎は、名残惜しそうに弟を見ると——
何のためらいもなく飛び降りた。

「⁈」

銀次は慌てて欄干にしがみつく。
黒い外套を大きく広げ、宙を滑るように落ちていく兄の姿は、まるで本物の鳥のように見えた。

「せ——」

銀次は、彼の名前を呼ぼうとした。
だが、どうしても——思い出せなかった。

あの人が、とても大切な存在だったことは、確かに覚えているのに。
それでも、どうしても名前が出てこなかった。

「また、どこかでっ!」

銀次は、ある力を全て振り絞って叫んだ。
その声に気づいた清一郎が、宙で小さく手を振る。

次の瞬間——
黒い外套の魔法使いは、浅草の町に溶けるようにして消えていった。

ぺたんと、銀次はその場に尻餅をついた。
何が起こったのか、よくわからなかった。

頭の中にあった砂はすっかり流れ落ち、風と共にどこか遠くへ吹き飛んでいってしまったようだった。

空に消えた人は、誰だったのか。
それすらも、もう思い出せない。

ただ、涙だけがとめどなくあふれ出て、銀次は途方に暮れたように泣き続けた。

だが、それも束の間。
突如、ゴオオ……という轟音とともに、塔が大きく揺れた。

「何っ……⁈」

あまりの揺れに動けずにいると、

「銀次⁈ 大丈夫かっ⁈」

下から辰政の声が聞こえた。

慌てて欄干を覗きこむと、地上には辰政と紅子の姿があった。
最初に銀次に気づいたのは、紅子だった。

「早く、そこから逃げてっ! この塔は魔法使いが作ったもの。魔法使いが消えれば、塔も一緒に消えるわっ! 巻き込まれる前に、早くっ……!」

必死に叫ぶ紅子。
だがその声は、まるで何千里も離れたところから発せられたように遠く聞こえた。

「魔法使い……?」

その言葉を口にした瞬間、胸がズクリと痛んだ。

なぜかはわからない。
だが、わからないことが、さらに胸を締め付ける。

銀次は胸を押さえ、ずるずるとその場に膝をつく。

——自分には、何か大切なものがあった。

けれど、それはもうない。
その喪失感が体の奥底を軋ませ、指一本動かすことすら出来ない。

「……ッ」
銀次が蹲っている間にも塔は揺れ続け、時折グラッと不気味な浮遊感が襲う。

このままでは、この塔も崩れてしまう——本物の十二階のように。
わかってはいた。でも、それさえもどこか他人事のように感じた。

(もう、いいか……何もかも……)
銀次は、すべてがどうでもよくなっていた。

「銀次! 何やってんだ、早くっ!」
下から、辰政の怒声が飛んでくる。

その声に、銀次はハッとした。
手の中を見る。そこには、瓶があった。

(……せめて、これだけは返さないと)

銀次はある力のすべてを振り絞り、欄干から手を差し出した。

「辰っあん、これを……」
「おいっ! そんなことより早く逃げろっ!」

辰政は瓶には目もくれず、階段の方を指さす。
銀次は、ふるふると首を振った。

「……ダメなんだ。体が動かない……だから、これだけでもっ……」

ずるりと、膝から力が抜け落ちる。

その時だ。聞いたこともない紅子の強い声が木霊した。

「あなた、何を言ってるのっ⁈ 何をなくしたか知らないけど、それを差し出してもいいって思えるほど、大切なものがあったんでしょう⁈ だったら、それを自分の手で守っていかなくてどうするの⁈ しっかりしなさいよ! 浅草の男の心意気こころいきって、そんなもんなのっ!」

声を出し尽くしたのか、紅子はゴホゴホと咳込んだ。
その背をさすりながら、今度は辰政が塔を見上げる。

「銀次、飛び降りろ! 俺が絶対、受け止めるから。約束しただろう、俺たち。一緒に生きるって。それを放棄するなよっ! 踏み出せっ!」

辰政が大きく両腕を広げる。
隣で紅子も、同じように両手を広げていた。

「……辰政……紅子……」

銀次は、二人の顔をじっと見つめた。

——今を一緒に生きてくれる人を、大切に。

ふと、誰かの声が聞こえたような気がして、思わず後ろを振り返った。
だが、そこには誰もいなかった。

(風か……?)
けれど、それだけではないような気がした。

銀次はゆっくりと顔を上げる。

真っ青な空。どこまでも澄んだ、果てしない空。
その向こうから、確かに声が届いた気がした。

——誰かが、見守ってくれている。
そう感じた途端、不思議と体に力が戻ってきた。

「……ッ」

銀次はグッと膝に力を込め、欄干の上に立ち上がる。

視界いっぱいに、広大な浅草の町が広がった。

帰りたい——そう、心から思った。
大切な人がいる、あの町へ。

銀次は覚悟を決め、そのまま空へ身を投げた。

それを待っていたかのように、塔が轟音とともに崩れ始める。

煉瓦、金属、木の破片——
すべてが光の粒となって、万華鏡のように空へと舞い上がっていく。

まるで、夢のような光景だった。

きっとこれは、銀次が失ったモノたちの、最後の輝きなのだろう。

周りを舞いながら、空へと上がっていく光の粒を見ながら、銀次は思った。
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