【和風ファンタジー小説 あらすじ】帝都浅草探しモノ屋~浅草あきんど、妖怪でもなんでも探します~

郁嵐(いくらん)

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【和風ファンタジー】8話 (3)【あらすじ動画あり】

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【あらすじ動画】 
◆忙しい方のためのショート版(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94

◆完全版(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU
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右手には、辰政の眼が入った瓶。
もう片方は、空っぽの兄の手。

その両手を前にして、銀次は首を横に振る。

「……そんなの……選べない……俺には、どっちも大事なんだ」
「でもね、銀次。選ばなければ、君はこの塔から出られない。ここは、商談のために作られた空間。商談が終わらない限り、出ることはできないんだ」

ジリジリと追いつめられていく焦燥感から、銀次はどうしていいのかわからなくなった。
だが、“選択”をしなければいけないことだけは、嫌でも理解できた。

(でも、どっちを……?)
銀次は、助けを乞うように清一郎を見た。

そこにあったのは、凪いだ海のように穏やかな笑顔。
昔と変わらない、兄の笑顔だった。

病気を患いながらも、優しく微笑み、本を読んでくれた兄。
双六をして、肩を並べて笑った兄。
あの日々の記憶——それは、銀次にとってかけがえのない宝物だった。

兄だけではない。彼との記憶は、家族との記憶とも繋がっている。
かけがえのない人たち。失った家。もう戻らない路地。

——今はもう、ないものたち。

それらが確かにあったという証拠は、もはや銀次の記憶の中にしかない。
その唯一の拠り所さえ手放してしまったら、自分は本当に天涯孤独になってしまう。

(嫌だ、そんなのっ……!)

足下が崩れそうな恐怖が、せり上がってきた。

あの時に感じたのと同じ——いや、それ以上の恐怖が銀次を襲う。

瓦礫に埋もれて消えた路地。真っ黒に煤けた家々。
呼びかけても、もう返ってこない声。

地震のあと、炎が何もかもを舐め尽くした家の前で、ただひたすらに泣いたあの時。

——自分は、一人になってしまった。
その恐怖に、立っていることさえできなかった。

だが、その時だった。
ふと、あたたかいものを感じた。

手だ。誰かの手が、自分の手をしっかりと握っている。

「銀次。俺たちは助け合って、一緒に生きていこうな」

辰政だった。

銀次は、思い出した。
あの時、辰政が隣に立ってくれていたことを。

見ると、辰政も泣いていた。
繋いだ手は震え、唇からは嗚咽がこぼれていた。

それでも彼は、真っ直ぐな瞳で、焼け落ちた町の景色を見つめていた。

その横顔を見た瞬間、銀次の心に安堵が広がった。

(……俺は、一人じゃなかったんだ)

家族を失った時、炎から逃げた時、観音堂に避難した時——
そして、エンコに流れついてからも。

いつも、近くにいてくれた人がいた。

(それなのに何で、気づかなかったんだろう……)

自分はずっと、一人じゃなかったのだ。

そのことに気づいた途端、銀次の胸の中に風が吹き抜ける。

ゆっくりと、けれどしっかりと顔を上げる。

「……兄ぃ、俺は、兄ぃに戻ってきてほしいって、ずっと思ってた。兄ぃがいなくなってから、そればっかり考えてた。でも——間違ってたのかもしれない」

銀次はゆっくりと、言葉を紡いでいく。

「俺は失ったものばかりを追いかけて、本当に大切なものが、すぐそばにあることに気づけなかった。兄ぃのことは、大切だ。……でも、」

銀次は痛みをこらえるようにギュッと目を閉じ、また開いた。

「今一番大事なのは、辰政なんだ。辰政は、どんな時もそばにいてくれた。いつだって、俺を助けてくれた。だから、今度は俺が——辰政を助ける番だ」

銀次は手を上げ、清一郎の右手を指さした。

「……俺は、決めた。辰政の眼と引き換えに、兄ぃの記憶を——売る」

言い終えた瞬間、後悔ともつかない思いが湧いてきた。
本当に、これで良かったのか。もっと、いい道があるのではないか。

そんな銀次の迷いを吹き飛ばすように、清一郎が穏やかに微笑む。

「銀次、ようやく気がついたね」

清一郎の声は、あたたかく、優しかった。

「そうだよ。君にとって本当に大事なものは、もうこの世界にいない僕より、今を一緒に生きてくれる人だ」

清一郎は弟の手のひらに瓶を握らせ、空いた手で銀次の肩を撫でる。

「君がなくしてしまったものは、確かに尊くて、大切なものだ。でもね、今、目の前にあるものを大切にしていれば、その中に、なくしたものはきっと蘇ってくる。何度壊れ、失っても。町も、人も、そうやって再生していくんだ」

清一郎は立ち上がり、塔の上から浅草の町を見下ろした。

「僕はどの土地に行っても、この景色を忘れたりしない。それに、君のこともだ。君が僕を忘れても、僕は君を覚えているよ」

清一郎は、どこか眩しそうに銀次を見つめた。

「ずっと、見守っている。たとえ、どんな遠い地へ行ったとしても」
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