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第三章:貿易港都市セブンブリッジ

第16話 セブンブリッジの冒険者ギルド

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 冒険者ギルド、この世界エリン大陸全土に存在する己の戦闘力や知識、技術を駆使して依頼主の問題を解決したりする冒険者を取り仕切る組織の名称である。とはいってもそれらは皆ひとつの組織というわけではない。冒険者を斡旋し金銭のやり取りを仲介する仕組みを持つ組織の総称がそう呼ばれているだけのことで、大概の冒険者ギルドはその地方の領主、或いは国と教会が共同経営者として直接運営している組織である。


「じゃあこのセブンブリッジも?」

「うん、伯爵様とネームレスヒーローズ神殿が共同経営者だよ」


 冒険者ギルドへと行く道すがら、チャンスはマトイから冒険者ギルドについて大まかな説明を受ける。


「ネームレスヒーローズ神殿?」

「あれ、知らない? 終末戦争で七勇者を無傷で魔王シディアスの元へたどり着かせるために散った名もなき千の英雄達を祭る神殿だよ」


 それぐらい知ってるのが常識だとマトイは言いたげな顔でチャンスを見る。チャンスは本当に知らないのかリアクションに困った顔であいまいに笑っていた。


 セブンブリッジの冒険者ギルドは中州の行政区にある。

 レンガ造りの三階建ての建物で冒険者ギルドの紋章である渡り鳥が刺繍されたタペストリーが三階から飾り下げられていて、港からの潮風によってはためいている。


「へえ、冒険者ギルドってこんな内装なんですか」

「セブンブリッジのギルドはって頭につくけどね」


 冒険者ギルドへと足を踏み入れたチャンス達。一階は広々としたロビーとなっており、入り口右手には酒場、左手には依頼だと思われる羊皮紙が張り巡らされている巨大な掲示板がある。


 酒場にはまだ明るい時間だというのに冒険者風の装いをした数組の客が赤い顔で酒を飲んでいる。


「あっちにいる蝋燭を持った人たちは? ここそんなに暗くないよね?」

「あれは代読みといって、字が読めない冒険者の代わりに依頼内容を読む人。蝋燭がなくなるまでの間読んでくれるシステム」


 依頼掲示板には老若男女が片手に蝋燭をもって冒険者の横で張り出されている依頼の文字を読み上げている。


 チャンス達はそんな中を通ってロビー奥にある受付カウンターへと向かう。

 冒険者ギルドの制服だと思われる統一された服を着用した女性達がカウンターで応対している。


「冒険者ギルドへようこそワンニャン!」

「えうっ!?」


 開いている受付に向かうとそこにいたのは狐っぽいケモ耳と尻尾、ピンク色のポニーテール、肉球手袋をした甲高いアニメ声の受付嬢が独特な語尾を付けて笑みを浮かべて応対する。

 独特すぎる声と狐っぽい外見に一ミリもかすりもしない語尾にチャンスは変な声を漏らしてびっくりする。


「久しぶり、ベスティア。依頼完了の報告と彼が冒険者ギルドに登録していないか調べてほしい」

「かしこまりましたワンニャン」

「その語尾……必要?」


 マトイはベスティアと呼んだ受付嬢にダーヴィスからもらった依頼完了の割札を手渡し、チャンスの記録がないか調べてもらう。

 チャンスはベスティアと呼ばれた受付嬢の語尾が気になるのかつい口に出してしまう。


「マスコットキャラには可愛い語尾が必要なんだワンニャン!」

「あー……そうなんだ……」


 ベスティアは可愛らしい仕草をしながら語尾の必要性をチャンスに語る。チャンスは疲れた顔で苦笑を浮かべていた。


「それではお名前と出身地、登録したギルドをお答えくださいワンニャン」

「えーっと……記憶がなくて……ラスト・チャンスという自分の名前しかわからないんだ」

「うーん……それだけだとお調べするのに時間がかかりますワンニャン。いったん新規冒険者として登録して、正規の登録記録が見つかったら書き換えという対応でいいですかワンニャン」


 語尾はともかく、受付嬢としてはちゃんと仕事ができるようで少し安心したチャンス。身元が分かるまでは新規冒険者として登録することにした。

 冒険者の登録方法はシンプルで羊皮紙に名前、年齢、性別、出身地、戦闘能力の有無や罠解除や魔法が使えるといった特別なスキルの有無を記入し、同意書にサインする。

 同意書に書かれているのは全て自己責任、国とギルドが定めた法を厳守この二つだけだった。

 読み書きできない人物の場合は受付嬢が口頭での説明と代筆をすることになっている。


「随分とシンプルですね」

「でもごくまれにそれすら理解できない馬鹿が出てくるワンニャン」


 ベスティアはうんざりしたような溜息を吐く。


「ギルドシステムの説明は必要ですかワンニャン?」

「お願いします」

「ナブー王国の冒険者にはランクがありますワンニャン。ランクは全て金属表現され、カッパー、ブロンズ、アイアン、シルバー、ゴールド、ミスラル、アダマンの7段階がございますワンニャン」


 ベスティアはカウンターの上に銅、青銅、鉄、銀、金、魔法銀、魔法金でできたプレートを順番に置いて説明していく。


「ちなみに僕はアイアンだよ!」


 マトイはふふんとドヤ顔しながら胸を張って、首からぶら下げている鉄のプレートを見せつける。


「アイアンクラスから冒険者として一人前と扱われますワンニャン。チャンスさんはいったん新人として登録するのでカッパーからスタートですワンニャン」


 ベスティアはそう言ってチャンスに銅製のプレートを手渡す。プレートには名前と登録したギルドの地名が打ち込まれている。


「依頼の受け方ですが、掲示板に掲載されている依頼を受ける場合は依頼書をもって受付に来てくださいワンニャン。依頼書には受けられるランクが記入されているのでよく確認してくださいワンニャン。たまに報酬だけしか見てなくてランク外の仕事受けようとする馬鹿がいますのでワンニャン」


 ベスティアはそう言って掲示板を見ている一部の冒険者をちらりと見る。

 おそらくベスティアが見ている冒険者がそんなトラブルを起こした冒険者の一人なのだろう。


「おっ、新人の冒険者か? 俺たち先輩冒険者様がレクチャーしてやるぜぇ、ヒャッハー!」


 受付でチャンスが冒険者登録していると不意に声をかけられる。

 チャンスが振り向くと、モヒカンの髪型、相手を威嚇するような入れ墨を腕や胸にびっしりと入れ、無数の棘がついた肩パット付きの革鎧を着た悪人面の二人組が下品な笑みを浮かべてチャンス達を見ていた。


「レクチャー……ですか」

「おうよ、優しい先輩様が、何も知らないであろう新人君に冒険者としての知識を教えてやるぜぇ、ヒャッハー!」


 ゲヘヘヘという笑い方が似合いそうなモヒカンの二人組がチャンスを取り囲む。

 チャンスがちらりとベスティアとマトイを見る。ベスティアもマトイも笑みを浮かべて口を挟む様子はない。


(なるほど、これぐらい自分で対処しろってことか……)


 チャンスはため息をついて、モヒカンの二人組に向き直る。


「それじゃあ、お言葉に甘えて色々教えてもらえますか、先輩?」

「お、いい心がけだなぁ! いいぜぇ……たーっぷりと教えてやるよ、表に出ろや、ヒャッハー!」




「この美しき雌鹿亭は値が張るが、このセブンブリッジで最高品質といってもいい冒険者道具がそろってるぜぇ、ヒャッハー!」

「あ、はい……」


 チャンスはモヒカン頭の先輩冒険者に連れられて本当に冒険者としての心得などをレクチャーされていた。


「うぶっ……ぷっ……」

「マトイ、笑いたかったら笑えばいいと思うよ……」


 肩透かしを食らってリアクションに困っているチャンスを見てマトイは必死に笑いをこらえている。


「でだ、ロープは丈夫なやつを選べ。銭を惜しんで命を捨てるなんて馬鹿がやることだぜ、ヒャッハー」

「相変わらず後輩の面倒見いいよね、モヒ、カン」


 そんな二人の様子に気づかずモヒカンの冒険者、モヒとカンの兄弟は店内にある冒険者道具を一つ一つ手にとっては先輩風を吹かせてレクチャーを続ける。


「あの人から受けた恩からすりゃ、こんなの恩返しにもならねえよ、なあ兄者?」

「ああ、ばかやってた俺達の目を覚ませてくれたあの人の為にも、こうやって教えて無残に散る命を防げるなら大した事ねえよ、なあ弟よ」

「あの人? どんな人です?」


 マトイとモヒカン兄弟は知り合いなのか気軽に話している。

 あの人という言葉が気になったのかチャンスはモヒカン兄弟に質問する。


「東方の神様に仕える修行僧モンクにて俺たちの恩人、心に七つの傷を持つ男、シロウ・ケーンさんさ」

「え? 心? 胸にじゃなくて心?」


  チャンスはどこから突っ込むべきか悩みながら、モヒとカンの兄弟のレクチャーを受け続けた。


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