10 / 25
A型ストーカー(一)
しおりを挟む
八月に入って最初の火曜日。私は加賀見の地区公民館で、夏祭り用に購入した大量の菓子や玩具を、せっせと袋に詰める作業に追われていた。これらはクジ引きや輪投げ屋台の景品となる。
本日の自治会メンバーは三名。私、暇を持て余している坂元、そして未亡人の桃川静江だ。
他は全員仕事で不参加となった。メンバーは農家であったり、小さな商店を経営する個人事業主が大半で、高齢であっても現役で働いている。それでも祭りの前日準備と当日の屋台運営、後日の撤収作業には皆仕事を休んで参加してくれる予定だ。
桃川静江は七十六歳。六十代後半まで夫婦で農業を営んできたが、夫の死後、都会に出た子供達が家業を継ぐことを拒んだ為、農地を処分して現在は年金暮らしをしている。
「あら村長さん、肩の所がほつれているわよ」
桃川が指で示した箇所を見ると、確かにシャツの生地が傷んでいた。
「村長、そのシャツお気に入りですよね」
私と頻繁に顔を合わせる坂元が指摘した。そうなのだ。私はこのポロシャツをよく着ていた。二年前に亡くなった妻からの最後の贈り物だから。
「残念だけどそろそろ買い替え時ね。色もけっこうあせてきているし」
それは承知していた。しかしある意味これは妻の形見。おいそれと処分はしたくなかった。
着られなくても残しておきたい。箪笥に仕舞い込むのではなく、できれば身に付けたい。ハンカチ等にリフォームできないだろうか? 今度手芸店に持ち込んで相談してみようと私は思った。
「すみません、村長さん居ますか!?」
不意に誰かの大声が玄関方面から聞こえてきた。公民館にはチャイムが付いていない。
「すみません、すみません、誰か居ませんか?」
焦りが混じった声の主を確認しようと、坂元が玄関へ向かった。
「誰かしらね?」
私が桃川と顔を見合わせていると、坂元が若い男女を連れて作業部屋に戻ってきた。
「村長、この二人が話有るそうなんですけど」
男女の顔を見た桃川が言った。
「翠ちゃんに……、そっちの男の子はもしかして、英司くん?」
男の子と称された青年は恥ずかしそうに名乗った。
「はい。田上英司です」
「あらまぁ久し振り!」
桃川は手を叩いて英司との再会を喜んだ。私は大袈裟だなと思ったが、坂元が入れた補足で納得した。
「英ちゃんは高校卒業後にすぐ東京へ出たから。顔見たの十年振りなんですよ。も~、全然帰って来ないんだもんなー」
土地を長らく離れていた若者だったのか。私の四十年には遠く及ばないが、地元民からしたら懐かしい相手だろう。高校卒業後に十年ということは、今の彼は二十八歳くらいか。
「コイツって、薄情だから。自分の生活が充実してたら、家族や友人のことなんてどうでもいいんですよ」
苦虫を噛み潰したような表情で、翠と呼ばれた若い女性が皮肉った。
「まぁまぁ翠ちゃん。村長、このコは古関翠ちゃんです。英ちゃんの同級生で、俺と同じく地元組」
翠はずっと地元に残って暮らしてきた女性のようだ。不機嫌そうな翠に、桃川がのんびりと話しかけた。
「そうよねぇ、英司くんは都会で頑張っていたのだろうけど、田舎に居る私達からしたら、音沙汰無いのは寂しいわよねぇ」
「あたしは、別に、寂しい訳じゃないですから!」
翠が桃川にまで噛み付きそうになったので、私が自己紹介で場を収めた。
「初めまして、自治会長の立花和彦です。二人ともどうぞ座って。作業中で机の上が散らかっているけどね」
「そーそー。床には段ボールも転がってるけど、気にせず座って」
坂元が部屋の隅に重ねられていた座布団を二枚、畳の上に並べた。男女二人は素直に腰を下した。
「英ちゃんはどのくらい村に滞在すんの? 土曜の夏祭り来る?」
加賀見地区の夏祭りは毎年、八月の第一土曜日の夜に開催されてきた。今年もその予定だ。
「はい。祭りの翌日に帰る予定なんです」
「よっしゃ。今年は俺が実行委員だからね、楽しんでってよ!」
英司は坂元に愛想笑いを返した後に、私へ視線を移した。
「すみません、急にお邪魔して」
「構わないよ。それでどうしたのかな。私を捜していたようだけど」
間髪入れずに翠が発言した。
「赤路の奥さんを何とかして下さい!」
私達自治会メンバーはギョッとした。
「赤路の奥さんとは、清美さんのことかい?」
「そうですよ。あの人、本格的にオカシイです。村長の権限で何とかして下さいよ!」
唾を飛ばす勢いで翠は私に訴えた。
「A型ってだけで人を犯人扱いするなんて、完全にイッちゃってますよ。どうしてあんな人が普通に道歩いてるんですか。事件が迷宮入りした可哀想な遺族だからって、みんなあの人を甘やかし過ぎなんです。迷惑行動は許しちゃ駄目。病院入れるレベルでしょう!?」
ああ……清美……。
殺人事件の容疑者である佐々木は、一時的に身柄を警察に確保されたが、今は重要参考人という扱いで家に戻されている。犯人と断定されていない彼の悪評を流す訳にはいかないので、神社での一件は他言しないよう取り決めた。その為、町民達はまだ何も知らない。
それはそれとしてあんまりな言い草だった。清美は一人娘を殺されて、深い悲しみの中に居るというのに。
「翠さん、言葉が過ぎるんじゃないかな?」
低い声の私に注意を受けた翠は、叱られた犬のような怯えた目をした。
いけない。若い女性を怖がらせるなど、いい歳をした男のすることではない。どうも私は清美に感情移入してしまうようだ。
本日の自治会メンバーは三名。私、暇を持て余している坂元、そして未亡人の桃川静江だ。
他は全員仕事で不参加となった。メンバーは農家であったり、小さな商店を経営する個人事業主が大半で、高齢であっても現役で働いている。それでも祭りの前日準備と当日の屋台運営、後日の撤収作業には皆仕事を休んで参加してくれる予定だ。
桃川静江は七十六歳。六十代後半まで夫婦で農業を営んできたが、夫の死後、都会に出た子供達が家業を継ぐことを拒んだ為、農地を処分して現在は年金暮らしをしている。
「あら村長さん、肩の所がほつれているわよ」
桃川が指で示した箇所を見ると、確かにシャツの生地が傷んでいた。
「村長、そのシャツお気に入りですよね」
私と頻繁に顔を合わせる坂元が指摘した。そうなのだ。私はこのポロシャツをよく着ていた。二年前に亡くなった妻からの最後の贈り物だから。
「残念だけどそろそろ買い替え時ね。色もけっこうあせてきているし」
それは承知していた。しかしある意味これは妻の形見。おいそれと処分はしたくなかった。
着られなくても残しておきたい。箪笥に仕舞い込むのではなく、できれば身に付けたい。ハンカチ等にリフォームできないだろうか? 今度手芸店に持ち込んで相談してみようと私は思った。
「すみません、村長さん居ますか!?」
不意に誰かの大声が玄関方面から聞こえてきた。公民館にはチャイムが付いていない。
「すみません、すみません、誰か居ませんか?」
焦りが混じった声の主を確認しようと、坂元が玄関へ向かった。
「誰かしらね?」
私が桃川と顔を見合わせていると、坂元が若い男女を連れて作業部屋に戻ってきた。
「村長、この二人が話有るそうなんですけど」
男女の顔を見た桃川が言った。
「翠ちゃんに……、そっちの男の子はもしかして、英司くん?」
男の子と称された青年は恥ずかしそうに名乗った。
「はい。田上英司です」
「あらまぁ久し振り!」
桃川は手を叩いて英司との再会を喜んだ。私は大袈裟だなと思ったが、坂元が入れた補足で納得した。
「英ちゃんは高校卒業後にすぐ東京へ出たから。顔見たの十年振りなんですよ。も~、全然帰って来ないんだもんなー」
土地を長らく離れていた若者だったのか。私の四十年には遠く及ばないが、地元民からしたら懐かしい相手だろう。高校卒業後に十年ということは、今の彼は二十八歳くらいか。
「コイツって、薄情だから。自分の生活が充実してたら、家族や友人のことなんてどうでもいいんですよ」
苦虫を噛み潰したような表情で、翠と呼ばれた若い女性が皮肉った。
「まぁまぁ翠ちゃん。村長、このコは古関翠ちゃんです。英ちゃんの同級生で、俺と同じく地元組」
翠はずっと地元に残って暮らしてきた女性のようだ。不機嫌そうな翠に、桃川がのんびりと話しかけた。
「そうよねぇ、英司くんは都会で頑張っていたのだろうけど、田舎に居る私達からしたら、音沙汰無いのは寂しいわよねぇ」
「あたしは、別に、寂しい訳じゃないですから!」
翠が桃川にまで噛み付きそうになったので、私が自己紹介で場を収めた。
「初めまして、自治会長の立花和彦です。二人ともどうぞ座って。作業中で机の上が散らかっているけどね」
「そーそー。床には段ボールも転がってるけど、気にせず座って」
坂元が部屋の隅に重ねられていた座布団を二枚、畳の上に並べた。男女二人は素直に腰を下した。
「英ちゃんはどのくらい村に滞在すんの? 土曜の夏祭り来る?」
加賀見地区の夏祭りは毎年、八月の第一土曜日の夜に開催されてきた。今年もその予定だ。
「はい。祭りの翌日に帰る予定なんです」
「よっしゃ。今年は俺が実行委員だからね、楽しんでってよ!」
英司は坂元に愛想笑いを返した後に、私へ視線を移した。
「すみません、急にお邪魔して」
「構わないよ。それでどうしたのかな。私を捜していたようだけど」
間髪入れずに翠が発言した。
「赤路の奥さんを何とかして下さい!」
私達自治会メンバーはギョッとした。
「赤路の奥さんとは、清美さんのことかい?」
「そうですよ。あの人、本格的にオカシイです。村長の権限で何とかして下さいよ!」
唾を飛ばす勢いで翠は私に訴えた。
「A型ってだけで人を犯人扱いするなんて、完全にイッちゃってますよ。どうしてあんな人が普通に道歩いてるんですか。事件が迷宮入りした可哀想な遺族だからって、みんなあの人を甘やかし過ぎなんです。迷惑行動は許しちゃ駄目。病院入れるレベルでしょう!?」
ああ……清美……。
殺人事件の容疑者である佐々木は、一時的に身柄を警察に確保されたが、今は重要参考人という扱いで家に戻されている。犯人と断定されていない彼の悪評を流す訳にはいかないので、神社での一件は他言しないよう取り決めた。その為、町民達はまだ何も知らない。
それはそれとしてあんまりな言い草だった。清美は一人娘を殺されて、深い悲しみの中に居るというのに。
「翠さん、言葉が過ぎるんじゃないかな?」
低い声の私に注意を受けた翠は、叱られた犬のような怯えた目をした。
いけない。若い女性を怖がらせるなど、いい歳をした男のすることではない。どうも私は清美に感情移入してしまうようだ。
1
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる