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推しとバディを組む腐女子(一)
鏡に映るのはデキる女。
濃紺のスーツをパリッと着こなし伸びた背筋。眼鏡の奥からは思慮深そうな瞳が覗き、セミロングの髪は乱れないようにヘアークリームで整えてハーフアップに結わえている。
(今日も見た目だけは完璧な捜査官でありますな、私は)
ニタニタと不気味な微笑みを浮かべて、女は鏡の中の自分へ決意表明をした。
(完璧な捜査官である私は、推しの観察も完璧にこなすであります! グフフ♡)
この気味の悪い女の名前は早見凜々花。今年二十八歳になる女性警察官だ。
高校卒業後に警察学校、交番勤務を経てここ御宅市警察署の刑事課へ配属された。階級は巡査部長だが特に手柄を立てた訳ではない。勤続年数によって受験資格を得たので昇任試験に挑戦、合格したのだ。
鼻唄交じりに手洗いを済ませ、凜々花は使い慣れた警察署のトイレを後にした。歩く度にパンプスがコツコツと床に音を響かせている。デザイン重視で実用的ではない靴だが、コツコツはデキる女の必須効果音なので外せないアイテムだと彼女は考えている。形から入るタイプだ。
まぁ一応刑事ではあるがほぼ内勤なので、お洒落靴を履いても足が痛くなる心配は無い。
自分のデスクへ戻った凜々花はしばし、パソコンを使ったデータ入力に集中して真面目な振りをする。得意分野だ。
実際に彼女は勉学も仕事もそつなくこなし、子供の頃から優等生として周囲に評価されてきた。
(……さてさて、そろそろお楽しみな観察タイムに移りましょうぞ)
文章の切りの良い所でキーを打つ手を止め、凜々花はチラリと右斜め前へ視線を移した。
課長の隣に新設された立派なデスク。そこは四月一日付けで県警察本部から出向してきた、若い男性警察官の席であった。
警察本部とは、都道府県ごとに置かれた警察組織を統括する機関のことを指す。知事の管轄下ではあるが、実際に指揮監督しているボスは本部長である。
免許更新やトラブル相談等、一般人の生活に密接している警察署や交番は、本部から枝分かれした支部という訳だ。ちなみに東京都だけは、本部ではなく警視庁という特別な名称が付いている。ややこしい。
(うっほほぅ。ランチ後も綺麗なお顔ですこと。口の周りにソースなど絶対に残さないマンでありますな)
斜め前で課長と話す美しい青年。課長も渋みが効いたナイスミドルなもので、二人はただ話すだけでも絵になっている。
(尊い。現実世界でこのような光景にお目にかかれるとは……!)
凜々花は男性同士が恋仲となる、BL小説や漫画をこの上なく愛し活力とする腐女子であった。
好きなタイプはスマートなインテリイケメンで、落ち着いた美声の持ち主。
その彼女の好みに完全一致した男性が現れたのだ。目を奪われるのは当然だろう。
(もし食べ物の汚れが口周りに多少残っていても、クールな普段とのギャップに萌えましたけどな。それを課長に指摘されて、赤くなりながら慌ててティッシュで拭くまでがセット。清潔感の有るあのお方なら、ハンカチもティッシュも当然持っておられましょうから。グフグフ)
妄想中の凜々花はただの変態と化す。
「早見先輩は今、手が空いてる感じっスか~?」
美男とナイスミドルの観賞を邪魔する者が現れた。
右隣のデスクを使う後輩の道庭新巡査が、凜々花の肩をポンポンと叩きながら笑顔で話しかけてきたのだ。
「……何?」
「コレなんですけど~」
愛想は良いが身だしなみがイマイチな道庭は、きっとハンカチを持っていない。手洗い後は服で水気を拭いそうだ。それどころかトイレの後に手を洗っているかどうかも怪しい。
そんな彼は自分のパソコンを指差している。
「道庭くん、それはキミの仕事だよね?」
凜々花はやんわりと後輩を窘めた。こやつは何かにつけて凜々花を呼びつけて用を頼む。刑事課で一番年が近い先輩だからと舐めている。
「でも俺一人じゃあこの量、今日中にとうてい終わらない感じで……。手伝ってもらえませんか~?」
耳を垂れた子犬のように、凜々花の目を見て懇願する道庭。彼のこういった言動は一部の年上女性警官の母性本能をくすぐるようだが、自立した男性好きの凜々花には通用しない。
(今日中に終わらないなら明日もやればいいじゃないですか。あなたには急ぎの仕事が振られてないのだから。ムキィ)
口に出して非難したいところだが、優等生のイメージを崩したくない凜々花はぐっと堪えた。
「ちょっとだけでいいんで~、ここのまとめ方、アドバイスして下さいよ」
凜々花は小さな溜め息を吐いた。貴重な癒し時間が失われてしまった。
彼女は業務中にサボり行為をすることへ罪悪感を抱く。だから毎日数分だけ、リフレッシュとして推しの観察をさせてもらおうと思っていたのだ。
(おのれ道庭。本日の推しタイムを終了させおって)
「……解った。見せて」
仕事モードに戻った凜々花は自分のパソコンを閉じてスリープ状態にし、隣席の道庭のパソコンを覗き込んだ。
近い。
凜々花が身を乗り出したのに道庭が自分の位置を変えなかったので、二人の身体がこれでもかと言うくらいに密着した。道庭は横へずれるべきだ。
「……道庭くん、ちょっと離れてくれないかな?」
「え~、でも俺も一緒に画面を見ながらアドバイス貰いたいし~」
まるでインターネットカフェでカップル席を取った恋人同士だ。
道庭には何を言っても無駄だと悟った凜々花はパソコン画面に向き直った。どうやら彼に割り振られた仕事は犯罪統計の作成だった模様。
(先月分ですか。なかなか検挙率が下がりませんな。軽犯罪を犯罪だと思わない人間が多くて困ったものです)
「ちょっといいですか」
悩める凜々花の背後から美ボイスが響いた。道庭と一緒に声の主を確かめようと振り返ったら……なんと。
「!」
そこには凜々花の推しが居た。
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