腐女子のバディは最推し警部 ~騎馬一族の殺人~

水無月礼人

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雪子の死 ~事件当日の植草の回想~

 木条家の使用人がしらを務める私(植草)は、己の主人・木条雪子様に頼まれて、小鳥用の巣箱を庭の木に設置していた。
 近隣一帯のみならず遠方の土地をも所有する木条家は大地主であり、歴代の当主達の住まいとなった本家の邸宅は、正に屋敷の名に相応ふさわしい荘厳そうごんたたずまいを見せ、広大な庭には季節に合わせて様々な野鳥が来訪していた。 

「奥様が小鳥好きとは存じませんでしたが」 

 共に作業に当たっていた、使用人仲間の田口がポツリと愚痴た。
 巣箱の取り付けは意外と大変な作業だ。地上から三メートル前後の高さに設置することが好ましいとされる。脚立の上段に脚をかけて立つ田口は両手をいっぱいに伸ばし、二股部分に置いた巣箱を水を含ませたシュロ縄で木に繋ぎ留めた。 

「シジュウカラの鳴き声に感化なされたそうだ。奥様らしく、風流じゃないか」 
「まぁ、奥様の心が晴れるんならいいですけどね」

  ぶっきらぼうだが温かい田口の物言いに、私は頷いた。 

「奥様には元気になってもらいたいものだね」 

 雪子様は先月、夫の保正やすまさ様に先立たれたばかりだった。保正様と雪子様は仲睦まじい夫婦とは言えなかったが、それでも長年連れ添った伴侶を失い、現在の雪子様は心細い思いをしているに違いない。 

「まぁた正継様と勝成様、今日も来るんですかね?」
「………………」 

 雪子様の二人のご子息を思い浮かべて私の気持ちが沈んだ。彼らはそれぞれ結婚して別居している。厳しい父親とそりが合わなかったようで、保正様の健在時には同じ地域に住んでいるにもかかわらず、正月や法事の集まりくらいしか本家に顔を出さなかった子供達である。 
 そんな二人が最近は連日、足繁く雪子様の元を訪れていた。気落ちしている母を慰める為ではない。雪子様に保正様の遺産を放棄するよう、説得する為に来ているのだ。 

 『年老いた母さんに複雑な財産管理を押し付けるなんて可哀想だ。面倒事は俺達が引き受けるから、母さんには隠居生活を楽しんでもらいたいんだよ』 

 これが正継様と勝成様の言い分であったが、建前であると容易に推測できた。
 故人の遺産は遺言書が無い限りは配偶者に半分、残り半分を子供達で均等に分配することになっている。息子達は、自分達の財産取り分を増やしたいが為に雪子様に詰め寄っている。
 十八の頃から五十年間も木条家に仕え、近くで一族を見てきた私にはそれが解っていた。雪子様を不憫ふびんに思い、ついしかめっつらになった私へ田口が尋ねた。 

「植草さん、今何か聞こえませんでしたか?」 
「いいや?」 

  鳥の声でも聞こえたのかと、私も耳をそばだててみた。 

  ……ガシャン、ゴトッ! 

  確かに聞こえた。何か硬く重たい物がぶつかり合ったり、割れたような音。
 私達が居る位置から五メートルほど離れた所、音は庭に面した南向きの雪子様の部屋からした。 
 未だ脚立の上に居た田口は私と顔を見合わせた後、大きな声で雪子様の部屋へ呼びかけてみた。 

「奥様~、どうかなさいましたか~?」

  しかし部屋から応答は無かった。 

「田口君、ちょっと私が様子を見てくるよ」 

  嫌な予感を抱いた私は脚立を支えていた手を離し、雪子様の部屋へと足を向けた。 

「奥様、植草です。何かございましたか?」 

 雪子様の部屋の縁側前に立ち伺った。やはり返事は無かった。代わりにドサッ、という何かの鈍い音がした。 

「……奥様?」

 私は恐る恐る再び声をかけた。雪子様から無事な返答が届くことを祈って。 

「何か壊してしまいましたか?」 

 縁側の鎧戸は開け放たれていて、私と主の部屋をへだてているのは障子戸のみ。私の声が聞こえない訳がない。
 そもそも雪子様は鳥がよく見えるように、できるだけ自分の部屋から近い木に巣箱を置いてと私に命じていた。自室近くで作業していると知っているのだから、何か遭ったのなら自分から私を呼んでいるはずだった。 

(奥様……!?)

  ざわざわと、胸を不安が掻き乱した。雪子様は八十三歳の高齢者だ。加えて喘息ぜんそく気味で肺が少し弱い。 

(まさか倒れたのか !?) 

 緊急事態と判断した私は主人の許可を待たずに靴を脱ぎ、縁側へ上がった。 

「奥様、失礼します!」
 
 そう断った後に障子戸へ手をかけ、一気に横へ引き開いた。
 そこには……。 
 
「奥様!」

 かろうじて主人の敬称を叫んだものの、私は二の句を告げられなかった。信じられない、いや、信じたくない光景が眼前に広がっていたのだ。

 散乱した小物に囲まれて、私が敬愛する女主人は自室の右隅、愛用していた鏡台の側に倒れていた。
 曇り無く、いつも雪子が髪を整える姿を映し出していた鏡は無惨に砕け、破片が台の上に散らばり、残った部分に紅い手形が一つ付着していた。それは雪子様の血なのだと私は瞬時に悟った。 

 うつぶせに倒れた雪子様の衣服の背面には、紅い一文字の模様が浮き出ていた。
 その名の如く雪のように色白だった雪子様。所持する物も淡い色を好んだ彼女の、着用していたクリーム色のカーディガンが紅く紅く染まっていた。 

「何してるんですか植草さん、早く奥様を!」 

 いつの間に後ろへ来たのか、田口が私を突き飛ばす勢いで横へ押しやり、雪子様の元へと駆け寄った。 
 
「奥様、奥様、しっかりして下さい!!」 

  田口は背後から雪子様を抱きかかえ、その身を起こした。 

「!!」

 雪子様が蹂躙じゅうりんされたのは背中だけではなかった。
 彼女の左胸には小刀が深々と突き刺さっており、の部分からしたたり落ちた血が畳に紅い染みを数滴作っていた。 

「何て……何てことを……。いったい何が起きて……」

 私同様に田口の身体からも力が抜け出そうになったようだが、彼は必死にそれをこらえた。 

「植草さんしっかりして、救急車を呼んで下さい!」

 毅然きぜんとした部下からの指示を受けて、ようやく私は自分が今すべきことを思い出した。作業着のポケットに入れておいた携帯電話を取り出し、震える指で操作した。 
 田口が抱える雪子様の身体はまだ温かかった。助かるかもしれない。
 ピクンと、雪子様の右手人差し指がわずかに動いた気がして、私はすがる想いで彼女の手を取った。耳に当てた電話から流れるオペレーターの声を聴きながら、雪子様の手の平に付けられた幾つもの傷に気がついた。 

「酷い……。何処の誰がお優しい奥様にこんな酷い事を……!」 

 悲しみに勝る怒りが沸き上がった。田口もそうだろう。
 部屋を見渡すと自分達が来た方向とは逆、廊下へ続く北側のふすまが半分開いていた。雪子様を傷付けた犯人は、そこから入りそこから出ていったのだろうか。 

「早く、早く医者に奥様を見せないと……」 

 焦る田口が指先で雪子様の脈動を懸命に探ったが、無念にもそれを見つけることはついに叶わなかった。


 四月二日 木条雪子 死亡(享年八十三歳)
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