腐女子のバディは最推し警部 ~騎馬一族の殺人~

水無月礼人

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木条家の人々(一)

 もうこの屋敷のどこを捜しても雪子は居ない。植草は縁側に座ってしょんぼりと、設置された小鳥の巣箱を見上げて溜息を吐いていた。 

(あの時、自分達のすぐ側で奥様は……)

 どうして異変に早く気づけなかったのか。何故すぐに障子戸を開けなかったのか。植草には後悔しかなかった。

(助けることは叶わなくとも、せめて犯人が逃げる前に取り押さえることができていれば、奥様の仇を取れたのに) 

「植草さん、やっぱりここでしたか」

 声をかけたのは田口だった。 

「刑事さんが到着しました。全員から大広間で話を聞きたいそうですが、植草さんも参加できますか?」 

 巣箱から目を離さず植草は悪態をいた。 

「警察がまた……。昨日あれだけしつこく聞いておいて、まだ足りないと言うのかね」 
「あ、今日は昨日とは違う刑事さんがお見えになっているんです」

 この言葉を聞いた植草はようやく振り返り、田口が連れてきた四人の私服刑事達を、涙で赤く腫れた瞳に初めて映したのだった。
 最も仕立ての良いスーツを着た、ハンサムな若い男が一歩前へ進み出た。 

御宅みたけ署から参りました鈴木と申します」 
「え……、あ、はい」

 およそ刑事らしくない鈴木の登場に、植草は少し戸惑った様子だった。長身でスリムな鈴木はまるでモデルのたたずまいだ。 

「あの……、私の知っている事は全て、昨日の内に別の刑事さんへ話しましたが……」

 遠慮がちだが植草は鈴木に抗議した。そんな彼の態度を見て凜々花は思った。

(植草氏は警察に良い感情を持っていない風ですな。無理もありませんが。おそらく昨日彼は────)

 植草は雪子が刺されたと百十九番へ電話をかけた。事件性を含んだ通報の場合は、救急車だけでなく警察車両も駆け付けることになっている。そして死亡が確認された被害者は救急車に乗せられることなく、その場で警察官による実況見分が始まる。 
 捜査において現場保存と記録は非常に大切な作業なのだが、それは被害者の死をいたむ関係者への配慮が、いちじるしく欠けてしまう行為となってしまう場合も多々有る。

(雪子さんの遺体は撮影フラッシュにより冒涜ぼうとくされ、それを横目に遺体発見者となった植草氏と田口氏は、悲しむ時間も与えられず刑事による聴取を受けたのでしょう。お気の毒です) 

 凜々花と同じことを鈴木も想像したのだろう、彼が植草へ向ける口調は穏やかで優しかった。

「心苦しいのですかご協力願います。今日は関係者全員で合同の聞き取りを行います。他の皆さんのお話を聞くことで、思い出す事柄が有るかもしれません」
「……承知しました。私も大広間へ向かいます」 

 力無く答えた植草は、トボトボと廊下を歩いて姿を消した。 

「植草さん、大丈夫かな?」 
 
 植草を気遣う田口も顔色が悪かった。彼とてショックが大きいのだ。
 
「あ、それで刑事さん、こちらが雪子奥様のお部屋です」 

 皆が立つ縁側に隣接した、障子戸が開放された一部屋。
 田口に教えられるまでもなく、黄色いテープが貼られて立ち入り禁止となっているこの部屋こそが、事件現場なのだと既に刑事達は察していた。
 部屋の中をぐるりと見渡して鈴木が感想を述べる。 

「これだけのお屋敷に住まわれる奥様の部屋にしては、ずいぶんと質素な造りですね」 

 六畳の和室。目立つ家具といえば桐箪笥きりたんすと小机、血の手形が付いて鏡の割れた化粧台くらいだ。小物が畳の上にいくつか散らばっていた。 

「テレビも置いていないのですね」 
「はい、奥様は世俗の事にあまり関心が無いご様子でした。普段は庭をご覧になりながらその机で、書道や刺繍ししゅうを楽しまれておいででした」 
「そうですか……」 
 
 鈴木が鋭い視線を部屋の隅々に向けて難しい顔をした。気になる所を見つけたかのような素振りだ。 

「警部、部屋に入るのでしたらテープを撤去しますが」 

 手袋を出しつつ郷島が提案したのだが、鈴木は首を横へ振った。 

「今はいいです。一通りは鑑識班が調べていますからね。皆さんの証言を聞いてから、気になる所を細かく後で調べましょう」

 柔らかい表情に戻った鈴木が田口をうながした。 

「それでは大広間に参りましょうか、皆さんをお待たせしておりますし」 
「はい。ご案内します」 

 長い廊下を再び全員で歩いた。

「ガチで大きな屋敷っスね。何部屋在るんだか」

 道庭が凜々花にしか聞こえない小声で囁いてくる。

「さぁ……?」
「二階部分も含めるとどえらい数になりますね、きっと」

 昨日の今日で時間が無かったせいだろう、課長作成の資料には屋敷の見取り図が含まれていなかった。

「こんだけ広いと犯人ホシの足取りを探る作業が大変っスよ。まぁそこら辺は鑑識の仕事になるかもだけど、俺らも気を抜かずに細部を見とかなきゃですね」

(道庭氏、ヤル気に溢れておりますな。良いことですぞ。それはさておき……)

 散歩をねだる犬のようにまとわり付く後輩へ、凜々花は心の中で苦言を呈した。

(あなたのバディは郷島氏なのですから、彼に話しかけておやりなさい。ほら、さっきから構って欲しそうな目でこちらを見ております。マッチョな兄貴は実は寂しがり屋というタイプが多いのですぞ。当社調べ)

 末っ子気質の道庭と兄貴肌の郷島が仲良くなれば萌える。そんな場違いな妄想が浮かんできた凜々花は、軽い深呼吸をして気持ちを引き締め直した。
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