腐女子のバディは最推し警部 ~騎馬一族の殺人~

水無月礼人

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木条家の人々(二)

 四方を廊下で囲まれた、四十八畳の大広間は静まり返っていた。
 指示を受けてそこに集められた面々は、保正と雪子の三人の子供達とその家族、屋敷で働く従業員達だ。皆が一様に険しい顔をしていた。
 死者が出たのだから重い空気となるのは当然だが、悲しむ様子を見せる者が少ない点に刑事達は着目した。

「ハハ、俺ら完全に厄介者扱いっスね」

 道庭の小さな呟きに凜々花も同感だった。大広間へ入った途端に、全員の迷惑そうな視線が刑事達へそそがれたのだ。
 検視官の元へ送られた雪子の遺体は傷付けられていた。背中の傷は自分では付けられないので、植草達が部屋へ踏み込む前に雪子の部屋には他の誰かが居たということだ。
 本来なら遺族はその侵入者を恨み、「絶対に犯人を捕まえて下さい」と刑事へ嘆願するべきだろうに。

「何なんだねあんたらは、こちらの都合を考えずに呼び出すなんて!」 

 男の一人が野太い声で吠えた。
 
「今日は大切な商談が有ったんだがね、予定が全て狂ってしまったよ。まったく……」

 声の主は還暦前後の見た目だ。固太りしたその男は、非難の言葉を何度も繰り返し刑事へ浴びせた。鈴木が端正な顔を呆れたように歪める。 

「お母様があのような亡くなり方をしたのに、仕事の方が大切ですか」

 木条家に関する資料には名前だけで顔写真が添付されていなかった。しかし男の偉そうで太々ふてぶてしい態度から、鈴木は彼を従業員ではなく雪子の子供の内の誰かだと判断した。

「ふん、安定収入の公務員様達には民間企業の大変さが解らないんだろうな」

 男に鼻で笑われた。

「社長業というものは責任の重いものなんだ。従業員達の生活を預かっている身だからね。身内に不幸が有ろうとも、休んでなんかいられんのだよ」 

 高圧的で実に嫌なオヤジである。こんな奴でも社長が務まるのか。 
 鈴木が反撃する。

「その割には、亡くなったお父様の遺産を放棄するように、連日お母様の元へ通われて説得していたそうじゃありませんか」 

 ソースは従業員の証言をまとめたナイスミドル資料。

「なっ……」 

 鼻で笑われ返されて、男は怒りで顔を赤くした。茹でダコみたいだ。

(なんと、鈴木氏にはこんな意地悪な一面も……グフッ。S男子に萌え~!!)

 気を抜くとすぐ痛い妄想が始まる凜々花は男に怒鳴られた。
 
「キミっ、部下の教育はちゃんとしたまえ!」 
「……はい?」
「その若造を黙らせろと言ってるんだ!」
「若造? 部下? どなたのことです?」
「そいつだよ!!」

 タコオヤジが指差したのは鈴木であった。

(おやおや、鈴木氏が私達の中で一番の高官ですのに……ププッ)

 凜々花は男の誤解を解いた。

「この方は私の上司で、事件捜査の指揮をられる鈴木警部です」 
「へっ……?」

 ハトが豆鉄砲をくらうとは、こういう表情のことを指すのだろう。要はこのオヤジ、見た目だけバリキャリな凜々花を責任者、若い鈴木を下っ端だと勘違いしていたのだ。
 最年長の郷島は後方で控えるように立っていたので、オヤジの視界から外れていた模様。 

「あ、あんたが……警部さん?」 
「はい。どうぞ宜しく」

 鈴木は形良い唇の両端を上げたが、目は笑っていなかった。ほんのり怖い。 

「その若さで……警部。今まで見たこと無い顔だが……」

 男性の口調は毒気を抜かれて、かなりトーンダウンしていた。 

「県警察本部より出向して参りました」
「本部!? あんた本部の人なのか!? お袋の事件は本部が取り仕切るのか!?」
「…………。いえ、御宅みたく署が担当します」

 ホッとした様子の男へ、鈴木が低い声で告げた。

「もっとも、市警の手に余る大きな事件だと判断された場合は、上の機関へ捜査権が移りますが」
「!」
「おや、本部が介入すると何かマズイことでもお有りですか?」

 挑戦的な鈴木の台詞せりふを受け、男は明らかに狼狽うろたえた。

「いやっ、あの……、この地域では事件が起きた時、いつも市のお巡りさんに捜査をお願いしているものでね……」 

 そしてそのまま下を向いてしまった。心なしか、この男以外にも困った顔をしている者が、大広間には数人存在しているように凜々花には思えた。
 
「巡査部長、資料をお願いします」
「はい」

 凜々花はショルダーバッグからナイスミドル資料を取り出し、鈴木へ手渡した。

「今から皆さんのお名前とお顔を確認させて頂きますね。名前を呼ばれた方は手を挙げて下さい」 

 鈴木がよく通る声で点呼を始めた。

「まずは木条正継さん」 
「………………」

 ついさっき鈴木にやり込められた固太りオヤジがおずおずと挙手した。

「亡くなった雪子さんのご長男で、木条不動産の社長ですね?」

 正継は頷いて素直に認めた。
 その後も鈴木は次々と関係者の名前を読み上げ、資料と相違点が無いか確認していった。雪子の親族達は自分の名前と続柄が既に警察に知られていたので、居心地悪そうに縮こまった。
 木条を名乗り、一族に名をつらねる者は以下の十名である。


正継まさつぐ (61)……雪子の長男。木条不動産社長。
涼子りょうこ (56)……正継の妻。木条不動産専務。
正貴まさたか (27)……正継の長男。木条不動産勤務。
忠之ただゆき (24)……正継の次男。木条不動産勤務。 

勝成かつなり (57)……雪子の次男。木条建築社長。
のぞみ  (23)……勝成の妻。後妻。専業主婦。
晴臣はるおみ (4) ……勝成の長男。

香織かおり (54)……雪子の長女。専業主婦。
さとる  (56)……香織の夫。入婿。県庁職員。
伊織いおり (24)……香織の長男。無職。


「香織さんご一家は、雪子さんとは敷地内別居をされていたのでしたね?」 
「あ……、はい」 

 鈴木の質問を受けて、線の細いはかなげな婦人が顔を上げた。年齢を経てしわが刻まれても美しい顔。雪子の長女だ。

「わたくし達は屋敷の離れに住んでおります」

 離れまで在るのか。これは早急に屋敷の見取り図を作らないと把握し切れないと刑事達は思った。
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