腐女子のバディは最推し警部 ~騎馬一族の殺人~

水無月礼人

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凜々花の転機

「合同聴取は以上となります。後日また個別にお話を伺う機会が有るかもしれませんが、本日は解散して下さって結構です。ご協力ありがとうございました」

 およそ一時間も、鈴木に質問攻めにあっていた事件関係者達がようやく解放された。精神的疲労から文句を言う気力すら失った彼らは、のそのそと緩慢かんまんな動作で大広間から出ていった。
 ゾンビの群れを見送りながら、凜々花が真っ先にしたのは道庭への謝罪だった。

「ごめんなさい、道庭くん」
「へ? 何が?」
馬参道ばさんどう町で木条家が持つ権力について、あなたに説明していなかった」

 凜々花はかつて刑事課の先輩に、「木条一族について知っておいた方がいい」とアドバイスを受けていた。

(道庭氏にとって一番歳の近い先輩は私。今度は私が彼にアドヴァイスする番だったのですぞ……。バじゃなくてヴァ)

「俺の知識不足だっただけで、別に先輩のせいじゃ……」

 言いかけて道庭は訂正した。目がキラリと光った。

「いや、やっぱ先輩のせいっス。先輩が教えてくれなかったせいで俺、あの正継って親父に馬鹿にされました」
「申し訳ない……」
「お詫びとして、今夜のメシおごって下さい」
「おい道庭、刑事が強請ゆするなよな……」

 郷島が横からツッコミを入れたが凜々花は承諾した。

「いいんです、ご飯くらい。同じチームになったことだし」
「ああ、でしたら親睦会としてみんなで食事に行きましょう」

 鈴木が混ざってきた。慌てて道庭が反対意見を出した。

「いやいやいや、みんなで行ったら早見先輩の財布がパンクしちゃいますよ。今夜は俺と二人だけで行くべきです」
「俺達の分は自分で払うよ。ですよね警部?」
「もちろんです」

 郷島までもが混ざってきたので、四人での親睦会は決定事項となった。
 「えええ……」という目をした道庭を放置して、鈴木が合同聴取のまとめをした。

「木条正継の長話は心の底から余計でしたが、警備担当の富長の説明から、門以外のルートで屋敷に入ることは難しいと判明しました」
「はい」
「しかし事件前後に門を通ったのは、防犯カメラに映ったライダー伊織と肥満勝成の二名のみです」
「肥満って……、警部はけっこう口が悪いんスね……」

 道庭に指摘されたが鈴木は気にしなかった。

「部外者の通行は無かった。それはつまり、木条雪子殺害が内部の人間によって行われたと暗に示しています」 

 郷島が大きく頷いて同意した。

「ですね。外部犯だとしても、門を開く内通者が居そうです」

(雪子どのは身内に殺されたのですか……。従業員に慕われるきお方だったらしいのにお気の毒ですぞ……)

 自分で取ったメモを読み返しながら、凜々花は得た情報を頭の中で整理した。

 第一発見者の植草と田口以外の関係者は全員、雪子の死亡時刻に自分は別の場所に居たと主張している。
 ただし一人で行動をしていた者はもちろん、誰かと一緒だったとされる者達も、証言の裏付けをしてくれる第三者が現れるまでは容疑者の一人である。

(現時点で最も疑わしいのは、雪子どのの次男・勝成氏……)

 今は別居しているとはいえ、木条の屋敷は彼が生まれ育った実家。屋敷の構造に詳しく、従業員達の動きも予測できる人物だ。
 植草の話では台所にもよく出入りしていたとのこと。加えて会社の業績不振で、先月死去した父・保正の遺産が分配される前に、援助を頼みに雪子の元へ来るほど困窮こんきゅうしている。 

(雪子どのに援助を断られて思わずカッとなって殺した……。勝成氏が犯人の場合は計画性の無い突発的な犯行?)

 まずは勝成の身辺を徹底的に洗うべきか。それとも現場となった雪子の部屋を捜索して、犯人が残した痕跡を検証する方が先だろうか。
 そこまで考えてみて、凜々花は自分自身に違和感を抱いた。 

(あれ、私ってば刑事みたいですぞ。こんなことを思うなんて道庭氏みたいですな)

 刑事であることに間違いは無いのだが、ひたすら事務処理の毎日を送っていた彼女はその事実を忘れがちだった。
 手に持つメモ帳には、速記した雑な字で物騒な事柄が羅列されている。確かに凜々花本人が書いた文章。記録を取ること自体は現場に出た警察官の職務だが、要点を押さえて何を記すか判断したのは彼女だ。
 凜々花はそれが何だか嬉しかった。忘れていた熱い想いが蘇りつつあった。 

(私はまだ、刑事だったんだ……)

 加害者への怒り。これは一般人でも持ち得る感情だ。命という尊厳を踏みにじる行為、殺人に対する嫌悪感。
 だが凜々花は一般人ではない。法を犯した者を取り締まる権限を与えられた身だ。それを久し振りに思い出した。 

(殺人犯を野放しになんてできません。必ず捕まえてやりますぞ)

 凜々花の身体は震えていた。与えられた権力と、付随する責任の重さを今更ながらに認識したせいか。それとも……。

(私は今、現場に居るんだ!) 

 事件をまとめた文面をただ見ているだけではない、直接犯人を追える立場。気分が高揚こうようする。

「早見、おまえ顔が赤いぞ。具合でも悪いのか?」 

 郷島が凜々花の顔を覗き込んだ。興奮した身体は自ら心音を早めて彼女に熱を持たせた。 

「大丈夫です。少し暑いだけですから」 
「そうか。今日はいい陽気だからな」

 凜々花はスーツのジャケットを脱ぎ腕に掛けた。息をゆっくりと吐いて気持ちを鎮める努力をした。

(私は落ち着いて事件にたずさわれるでしょうか。お役に立てず、バディの鈴木氏を呆れさせてしまうかもしれない。……それでも)
 
 凜々花は恐れず事件に向き合うことを密かに決意した。そしてメモ帳の余白に一文をくっきりと書き加えた。

『四月三日 早見凜々花 現場に復帰』
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