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鈴木との親密度が10上がった(一)
屋敷の南側に位置する雪子の部屋。そこに凜々花は鈴木と二人で居た。
道庭と郷島のバディは、関係者がした証言の裏を取るべく車で町へ赴いた。
「回収物E、硯はここに在ったのか……」
鑑識課から回ってきた資料を片手に、鈴木は室内に散乱する小物類のチェックをしていた。
硯は雪子の血痕が付いていた為に回収されており室内に無かった。代わりに畳の上には小さな円がテープで描かれており、その中にはアルファベットのEと記されたプラスチックの札が置かれていた。
円をじっと見つめる鈴木へ凜々花が声をかけた。
「警部、硯に何か気になる点でも?」
「ええ。落ちていた位置がちょっと……ね」
「位置、ですか?」
位置が何の意味を持つのだろうか。
「被害者は床で習字をしていたのでしょうか?」
鈴木の質問に対し凜々花は首を横へ振った。
「田口さんの話では、雪子さんは机で書道や刺繡を楽しまれていたそうです。なので硯はそこの机から落ちたのだと推測します」
木製の小机を凜々花は指差した。微笑んだ鈴木を見て、彼女は自分が試されたのだと察した。
(ふぅ、今のは田口氏の証言をちゃんと覚えていたかのテストでしたか……。答えられて良かったですぞ)
「それが妥当でしょうね。でも机から落ちたにしては遠過ぎると思いませんか?」
鑑識班によってマーキングされた場所は、子机から一メートル以上も離れた障子戸の側であった。
写真によると雪子が使っていた硯は転がるような形状をしていない。そう考えたら確かに子机からは遠い。
「……抵抗して、犯人に投げ付けたのではないでしょうか?」
「有り得ます。被害者の身体に刻まれた大小様々な傷は、全て生存時に付けられた生前傷です。つまり最初の一撃からとどめを刺されるまでに多少の時間が空いた。その間に抵抗したのかもしれないですね」
昨日雪子の遺体を司法解剖した法医学者からの情報だ。雪子は不運にも即死できずに苦しんだ。
この哀しい事実はまだ、雪子の親族にも従業員にも知らせていない。警察官以外で知っている者が居たら、そいつが犯人だという訳だ。
「被害者は高齢の女性です。犯人が男か女かにもよりますが、よく抵抗できたものですよ」
鈴木の言い方は不謹慎であったが的を射ていた。
凜々花が一つの結論に辿り着いた。
「もしかして雪子さんは……」
「はい」
「犯人を説得しようとしたのではないでしょうか。こんなことはやめるようにって。それによって犯人に躊躇う気持ちが生まれて、なかなかとどめを刺せなかった……とか」
「ああ……」
鈴木は目を伏せて凜々花に同調した。
「そうかもしれません」
雪子は自分の命もそうだが、犯人の行く末も心配したのではないだろうか。成人した孫へ未だにお小遣いを渡すお人好しのお婆ちゃんだ。
背中に傷を負いながらも、相手を思い遣って懸命に蛮行を止めようとする雪子の姿が、鈴木と凜々花の脳裏で鮮明に映像化された。
「巡査部長、現段階であなたは誰が一番怪しいと思いますか?」
鈴木の率直な質問が、感傷的になった凜々花を現実に引き戻した。
(しっかりしないと。刑事は捜査対象へ過度に感情移入してはならないのです)
彼女は自戒した後に自分の考えを口にした。
「圧倒的に怪しいのは次男の勝成さんです。雪子さんの部屋に辿り着けなかったと本人が言っているだけで、実際はスムーズに部屋へ着いていたのかもしれません」
「そうですね、あの肥満は怪しさ百万倍ですよね。だとして、勝成が母である被害者を殺害した動機をあなたは何だと考えますか?」
「金銭援助を断られての逆恨みです」
それしか思いつかなかった。
「では勝成を犯人と仮定して、当日の行動を頭の中で再現してみましょうか」
鈴木は凜々花のすぐ近くへ来るとしゃがみ込んだ。
「あの……警部?」
「巡査部長も一緒に」
上司の誘いだ。断れず凜々花も鈴木と向き合う形でしゃがんだ。そもそも立ったままではスカートから覗く脚を鈴木に見られる。
「こうすると余計な情報をシャットダウンできます」
そう言って鈴木は両の瞼を閉じた。
「!!!」
凜々花の目の前で美形が無防備な姿を晒している。長い睫毛が色っぽい。
(い、いけません。今はハァハァしていい場面じゃない……!)
煩悩を消して凜々花も彼に倣い目を閉じた。
「勝成は裏門と勝手口から屋敷へ人知れず侵入した。母親の部屋に着いた後、融資を頼み込むも拒絶され激高。殺意を抱いた彼は台所に行きナイフを手に取り、再び雪子の部屋へ向かった」
鈴木の声が響く度に、闇の中に様々なシーンが浮かび上がっては消えた。
「そして勝成は母親に斬りかかるという凶行に及んだ。抵抗されたか説得を受けたか何かで間を空けたものの、最終的には胸を刺して母親を殺害した」
具体的に想像してみると、随分とやることが多いものだと凜々花は気づいた。この後また誰にも見られずに屋敷から出なければならないのだ。
「よし、目を開けて下さい」
至近距離でほぼ同時に閉じていた瞼を開けた二人。まるでキスをした後の恋人同士だ。
「ふふ」
鈴木が上品に笑う。
「あなたがパートナーで良かった。こんな距離でも普通でいてくれる」
(普通じゃないですぞ~!! ポーカーフェイスを作るのが癖になっているだけで、心臓はドッキンコドッキンコです~~~~!!!!)
凜々花の心の絶叫は鈴木に届かない。
「僕は本気で集中したい時、いつも目を閉じるんです。でも学校でも前の職場でも、目を閉じた僕の写真を撮ったり、顔を触ったりしたがる女性が多くて困ってたんです」
はにかんで告白する鈴木へ凜々花は、「自分もスマホで撮影したかったけど、シャッター音で気づかれるとヤバイからやめた」とは告げられなかった。
道庭と郷島のバディは、関係者がした証言の裏を取るべく車で町へ赴いた。
「回収物E、硯はここに在ったのか……」
鑑識課から回ってきた資料を片手に、鈴木は室内に散乱する小物類のチェックをしていた。
硯は雪子の血痕が付いていた為に回収されており室内に無かった。代わりに畳の上には小さな円がテープで描かれており、その中にはアルファベットのEと記されたプラスチックの札が置かれていた。
円をじっと見つめる鈴木へ凜々花が声をかけた。
「警部、硯に何か気になる点でも?」
「ええ。落ちていた位置がちょっと……ね」
「位置、ですか?」
位置が何の意味を持つのだろうか。
「被害者は床で習字をしていたのでしょうか?」
鈴木の質問に対し凜々花は首を横へ振った。
「田口さんの話では、雪子さんは机で書道や刺繡を楽しまれていたそうです。なので硯はそこの机から落ちたのだと推測します」
木製の小机を凜々花は指差した。微笑んだ鈴木を見て、彼女は自分が試されたのだと察した。
(ふぅ、今のは田口氏の証言をちゃんと覚えていたかのテストでしたか……。答えられて良かったですぞ)
「それが妥当でしょうね。でも机から落ちたにしては遠過ぎると思いませんか?」
鑑識班によってマーキングされた場所は、子机から一メートル以上も離れた障子戸の側であった。
写真によると雪子が使っていた硯は転がるような形状をしていない。そう考えたら確かに子机からは遠い。
「……抵抗して、犯人に投げ付けたのではないでしょうか?」
「有り得ます。被害者の身体に刻まれた大小様々な傷は、全て生存時に付けられた生前傷です。つまり最初の一撃からとどめを刺されるまでに多少の時間が空いた。その間に抵抗したのかもしれないですね」
昨日雪子の遺体を司法解剖した法医学者からの情報だ。雪子は不運にも即死できずに苦しんだ。
この哀しい事実はまだ、雪子の親族にも従業員にも知らせていない。警察官以外で知っている者が居たら、そいつが犯人だという訳だ。
「被害者は高齢の女性です。犯人が男か女かにもよりますが、よく抵抗できたものですよ」
鈴木の言い方は不謹慎であったが的を射ていた。
凜々花が一つの結論に辿り着いた。
「もしかして雪子さんは……」
「はい」
「犯人を説得しようとしたのではないでしょうか。こんなことはやめるようにって。それによって犯人に躊躇う気持ちが生まれて、なかなかとどめを刺せなかった……とか」
「ああ……」
鈴木は目を伏せて凜々花に同調した。
「そうかもしれません」
雪子は自分の命もそうだが、犯人の行く末も心配したのではないだろうか。成人した孫へ未だにお小遣いを渡すお人好しのお婆ちゃんだ。
背中に傷を負いながらも、相手を思い遣って懸命に蛮行を止めようとする雪子の姿が、鈴木と凜々花の脳裏で鮮明に映像化された。
「巡査部長、現段階であなたは誰が一番怪しいと思いますか?」
鈴木の率直な質問が、感傷的になった凜々花を現実に引き戻した。
(しっかりしないと。刑事は捜査対象へ過度に感情移入してはならないのです)
彼女は自戒した後に自分の考えを口にした。
「圧倒的に怪しいのは次男の勝成さんです。雪子さんの部屋に辿り着けなかったと本人が言っているだけで、実際はスムーズに部屋へ着いていたのかもしれません」
「そうですね、あの肥満は怪しさ百万倍ですよね。だとして、勝成が母である被害者を殺害した動機をあなたは何だと考えますか?」
「金銭援助を断られての逆恨みです」
それしか思いつかなかった。
「では勝成を犯人と仮定して、当日の行動を頭の中で再現してみましょうか」
鈴木は凜々花のすぐ近くへ来るとしゃがみ込んだ。
「あの……警部?」
「巡査部長も一緒に」
上司の誘いだ。断れず凜々花も鈴木と向き合う形でしゃがんだ。そもそも立ったままではスカートから覗く脚を鈴木に見られる。
「こうすると余計な情報をシャットダウンできます」
そう言って鈴木は両の瞼を閉じた。
「!!!」
凜々花の目の前で美形が無防備な姿を晒している。長い睫毛が色っぽい。
(い、いけません。今はハァハァしていい場面じゃない……!)
煩悩を消して凜々花も彼に倣い目を閉じた。
「勝成は裏門と勝手口から屋敷へ人知れず侵入した。母親の部屋に着いた後、融資を頼み込むも拒絶され激高。殺意を抱いた彼は台所に行きナイフを手に取り、再び雪子の部屋へ向かった」
鈴木の声が響く度に、闇の中に様々なシーンが浮かび上がっては消えた。
「そして勝成は母親に斬りかかるという凶行に及んだ。抵抗されたか説得を受けたか何かで間を空けたものの、最終的には胸を刺して母親を殺害した」
具体的に想像してみると、随分とやることが多いものだと凜々花は気づいた。この後また誰にも見られずに屋敷から出なければならないのだ。
「よし、目を開けて下さい」
至近距離でほぼ同時に閉じていた瞼を開けた二人。まるでキスをした後の恋人同士だ。
「ふふ」
鈴木が上品に笑う。
「あなたがパートナーで良かった。こんな距離でも普通でいてくれる」
(普通じゃないですぞ~!! ポーカーフェイスを作るのが癖になっているだけで、心臓はドッキンコドッキンコです~~~~!!!!)
凜々花の心の絶叫は鈴木に届かない。
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