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騎馬将軍の子守唄 (一)
第一発見者は疑われやすい。犯行現場に残った痕跡を消去できる立場にあるからだ。
しかし今件、植草は田口とほぼ同時刻に雪子の部屋へ入った。小細工する時間は無かったように見えるし、仕える主人を亡くして嘆く彼の姿が演技とは思えなかった。
(でもまだシロと断定してはいけないのですよね。悲しんでいる人まで疑わなければならない……、刑事とは因果な商売ですぞ)
凜々花は複雑な気持ちで、部屋の家具を調べる上司の後ろ姿を見つめていた。
鈴木が手袋をはめた手で桐箪笥の引き出しを順番に開けていった。そこに入っていたのは衣服と、雪子の趣味道具類だった。
「……服が少ないですね。物は良いのでしょうがラフな物ばかりだ。名家の奥様なら高価な着物とか所持してそうですが」
「大きなお屋敷ですから、外出着は別の部屋に置いてあるのではないでしょうか」
「きっとそうですね。ここにはルームウェアだけか……。だからこんなに服以外の物を入れるスペースが有るのですね」
そう言って鈴木は木製の箱を取り出した。箪笥の一番下の引き出しに入っていたそれは文箱という物で、手紙や俳句などを入れる容器である。
「…………。何だこれは」
何気なく文箱の蓋を開けた鈴木が中身を凝視している。状況を把握しようと、凜々花も彼の背中越しに箱の中を覗いた。
すると、墨で書かれた文字が羅列された紙が視界に入った。書道をしていた雪子の作品だろうか。
「警部、それがどうかしましたか?」
「早見さんも読んでみて下さい」
鈴木が眉間に皺を寄せて凜々花の眼前に紙を差し出した。
そこにはとても不吉な内容が、繊細で整った字によって記されていた。
□□□□□□
いけないよ
夜更かししたら いけないよ
寝ない子のところには 馬に乗ったおサムライが来るんだよ
だってほうら 聞こえるでしょう?
あれはね 馬の蹄の音
それはね 馬のいななく声
だから急いで目を閉じて
お母さんを困らせないで
でないとおサムライが そのヤリでその刀で
おまえの首を刎ねてしまうよ
□□□□□□
読後に嫌悪感が残った。
(何ですかこの悪趣味な文章は。字が綺麗なぶん、暗い内容とのギャップが大きいですぞ)
「雪子さんが書かれたのでしょうか?」
「ここに在ったということはそうなのかも。娘さんに確認してもらいましょう」
「娘さんというと、香織さんですね」
「ええ、先程からそこに居られるので丁度いいです」
(ひょえっ!?)
ギョッとして凜々花は振り返った。
開いた襖の敷居の向こう側に、白い顔をした香織が幽霊のように静かに立っていた。
「い、いつの間に……」
「僕があなたにその紙を渡した時に姿が見えたんです。いつ来られたかは僕にも判りません」
凜々花は背筋が寒くなった。
(し、知らない間に見られていたなんて怖いですぞ。張り込みを生業にする刑事が言うことではないかもしれませんが)
「香織さん、この部屋には近付かないようお願いしたはずですが?」
凜々花から香織へ目線を移し、事務的な冷たい口調で鈴木が再度注意をした。
「はい。刑事さんのお言いつけ通り、部屋には入っておりません」
香織はいけしゃあしゃあと答えた。確かに敷居は跨いでいない。
(香織どのはいつから居て、どこから話を聞いていたのでしょう)
凜々花は自分の発言を振り返って血の気が引いた。香織の兄の勝成を散々怪しいと言ってしまっているし、鈴木に至っては関係者の名前を全部呼び捨てにしていた。
「まぁ、いいでしょう。それよりもこちらを見て頂けますか?」
動じていない鈴木が香織に見えるよう、手に持った紙を空中に掲げた。
「指紋が付いてしまうので決して素手で触らないよう、気をつけて見て下さい。この字や文章に見覚えが有りますか?」
香織は即座に答えた。
「母の字ですね。文章は、騎馬将軍の子守唄ですわ」
「騎馬将軍の子守唄?」
「はい。馬参道地区に古くから伝わる唄なんです」
「子守唄って、こんな怖い歌詞の、これがですか!?」
凜々花は口を挟まずにいられなかった。彼女が子守唄に抱くイメージは母の胸の安心感だ。真逆とも思えるこんな暗い唄で、寝かしつけられる子供達はトラウマを背負わないかと心配になった。
香織はフフンと、凜々花を小馬鹿にしたように笑った。
「子供が悪いことをしないよう、戒めを含んだ歌詞なのですわ。馬に乗ったおサムライとはもちろん、騎馬将軍と謳われた私達の先祖・木条正親のことです。正親は死後も守り神として地域に君臨しておりますの。善い行いをした者は正親の庇護を、悪事を働いた者は正親の裁きを受けると言われております。その点は秋田のナマハゲに似ていますわね」
ナマハゲは首を刎ねるまではしない。子供を躾けるにはある程度の脅かしが必要とはいえ、これは行き過ぎではないだろうか。子供はおろか、結婚相手のアテすら全く無い凜々花にはピンとこなかった。
「お母様は何故この唄を紙に残されたのでしょう?」
「さあ、習字の試し書きではないですか?」
「そうですか。これはしばらく市警で預からせてもらいますね」
「どうぞ、わたくしにとっては落書きほどの価値しか有りませんから」
(おいおい、内容はともかく亡くなったお母さんの自筆の書ですぞ。形見じゃないですか)
この香織という女、か弱そうな外見とは裏腹に胸に一物持っているようだ。
そんなことを考えながら凜々花は鈴木から紙を受け取り、ジッパー付きのビニールパックに仕舞い込んだ。
しかし今件、植草は田口とほぼ同時刻に雪子の部屋へ入った。小細工する時間は無かったように見えるし、仕える主人を亡くして嘆く彼の姿が演技とは思えなかった。
(でもまだシロと断定してはいけないのですよね。悲しんでいる人まで疑わなければならない……、刑事とは因果な商売ですぞ)
凜々花は複雑な気持ちで、部屋の家具を調べる上司の後ろ姿を見つめていた。
鈴木が手袋をはめた手で桐箪笥の引き出しを順番に開けていった。そこに入っていたのは衣服と、雪子の趣味道具類だった。
「……服が少ないですね。物は良いのでしょうがラフな物ばかりだ。名家の奥様なら高価な着物とか所持してそうですが」
「大きなお屋敷ですから、外出着は別の部屋に置いてあるのではないでしょうか」
「きっとそうですね。ここにはルームウェアだけか……。だからこんなに服以外の物を入れるスペースが有るのですね」
そう言って鈴木は木製の箱を取り出した。箪笥の一番下の引き出しに入っていたそれは文箱という物で、手紙や俳句などを入れる容器である。
「…………。何だこれは」
何気なく文箱の蓋を開けた鈴木が中身を凝視している。状況を把握しようと、凜々花も彼の背中越しに箱の中を覗いた。
すると、墨で書かれた文字が羅列された紙が視界に入った。書道をしていた雪子の作品だろうか。
「警部、それがどうかしましたか?」
「早見さんも読んでみて下さい」
鈴木が眉間に皺を寄せて凜々花の眼前に紙を差し出した。
そこにはとても不吉な内容が、繊細で整った字によって記されていた。
□□□□□□
いけないよ
夜更かししたら いけないよ
寝ない子のところには 馬に乗ったおサムライが来るんだよ
だってほうら 聞こえるでしょう?
あれはね 馬の蹄の音
それはね 馬のいななく声
だから急いで目を閉じて
お母さんを困らせないで
でないとおサムライが そのヤリでその刀で
おまえの首を刎ねてしまうよ
□□□□□□
読後に嫌悪感が残った。
(何ですかこの悪趣味な文章は。字が綺麗なぶん、暗い内容とのギャップが大きいですぞ)
「雪子さんが書かれたのでしょうか?」
「ここに在ったということはそうなのかも。娘さんに確認してもらいましょう」
「娘さんというと、香織さんですね」
「ええ、先程からそこに居られるので丁度いいです」
(ひょえっ!?)
ギョッとして凜々花は振り返った。
開いた襖の敷居の向こう側に、白い顔をした香織が幽霊のように静かに立っていた。
「い、いつの間に……」
「僕があなたにその紙を渡した時に姿が見えたんです。いつ来られたかは僕にも判りません」
凜々花は背筋が寒くなった。
(し、知らない間に見られていたなんて怖いですぞ。張り込みを生業にする刑事が言うことではないかもしれませんが)
「香織さん、この部屋には近付かないようお願いしたはずですが?」
凜々花から香織へ目線を移し、事務的な冷たい口調で鈴木が再度注意をした。
「はい。刑事さんのお言いつけ通り、部屋には入っておりません」
香織はいけしゃあしゃあと答えた。確かに敷居は跨いでいない。
(香織どのはいつから居て、どこから話を聞いていたのでしょう)
凜々花は自分の発言を振り返って血の気が引いた。香織の兄の勝成を散々怪しいと言ってしまっているし、鈴木に至っては関係者の名前を全部呼び捨てにしていた。
「まぁ、いいでしょう。それよりもこちらを見て頂けますか?」
動じていない鈴木が香織に見えるよう、手に持った紙を空中に掲げた。
「指紋が付いてしまうので決して素手で触らないよう、気をつけて見て下さい。この字や文章に見覚えが有りますか?」
香織は即座に答えた。
「母の字ですね。文章は、騎馬将軍の子守唄ですわ」
「騎馬将軍の子守唄?」
「はい。馬参道地区に古くから伝わる唄なんです」
「子守唄って、こんな怖い歌詞の、これがですか!?」
凜々花は口を挟まずにいられなかった。彼女が子守唄に抱くイメージは母の胸の安心感だ。真逆とも思えるこんな暗い唄で、寝かしつけられる子供達はトラウマを背負わないかと心配になった。
香織はフフンと、凜々花を小馬鹿にしたように笑った。
「子供が悪いことをしないよう、戒めを含んだ歌詞なのですわ。馬に乗ったおサムライとはもちろん、騎馬将軍と謳われた私達の先祖・木条正親のことです。正親は死後も守り神として地域に君臨しておりますの。善い行いをした者は正親の庇護を、悪事を働いた者は正親の裁きを受けると言われております。その点は秋田のナマハゲに似ていますわね」
ナマハゲは首を刎ねるまではしない。子供を躾けるにはある程度の脅かしが必要とはいえ、これは行き過ぎではないだろうか。子供はおろか、結婚相手のアテすら全く無い凜々花にはピンとこなかった。
「お母様は何故この唄を紙に残されたのでしょう?」
「さあ、習字の試し書きではないですか?」
「そうですか。これはしばらく市警で預からせてもらいますね」
「どうぞ、わたくしにとっては落書きほどの価値しか有りませんから」
(おいおい、内容はともかく亡くなったお母さんの自筆の書ですぞ。形見じゃないですか)
この香織という女、か弱そうな外見とは裏腹に胸に一物持っているようだ。
そんなことを考えながら凜々花は鈴木から紙を受け取り、ジッパー付きのビニールパックに仕舞い込んだ。
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