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騎馬将軍の子守唄 (二)
合同聴取では勝成に時間を取られてしまい、他の者に踏み込んだ質問を振れなかった。そう鈴木は思っていたので、香織が独りで自主的に来てくれたことをむしろ歓迎した。
彼は爽やかな笑顔で、しかし心を許していないので腕組みポーズで香織と対峙した。
「それはそうと、ご子息と従兄弟の忠之さんはずいぶんと仲が悪そうですね。過去に何か有ったのですか?」
鈴木が呈したのは凜々花も気になっていた疑問だった。
「いいえ、特に何も。仲も別に悪くありませんよ?」
「そうは見えませんでしたね。大広間で忠之さんはいちいち伊織さんに絡んできて、嫌味を言っていた風に私は記憶しています」
香織はまた笑った。彼女の人を蔑むような笑みは感じが悪かった。母子揃って残念な美形だ。
「それは仕方の無いことですわ。木条では長男が家を相続するのが慣わしなんです。両親存命中から、次の当主は正継兄さんに決まっておりました。正継兄さんの息子である、忠之くんの態度が大きくなるのは自然なことでしょう」
「所謂本家と分家の力関係ですね。それによって分家の伊織さんが、本家の忠之さんに馬鹿にされるのは当たり前だとお考えなのですか?」
「馬鹿に……と言っては語弊が有りますわね。忠之くんと伊織は殿と家臣の関係ですもの」
「……はい?」
鈴木が聞き返した。
「殿……と、家臣と言いましたか?」
「ええ。木条の当主となる者は、世が世なら殿様として崇められる存在です。正継兄さんの後は長男の正貴くんが当主となりますが、その正貴くんに何か遭った場合は次男の忠之くんの番ですもの」
「正貴さんに何か遭ったらなどと、不謹慎な想定ではないですか?」
「刑事さん達には理解できないかもしれませんが、由緒有る一族では家の存続こそが最重要事項となるのです。不幸が遭った場合も想定して子供を生すのですよ」
凜々花は胸がムカムカしてきた。それでは忠之は正貴のスペアでしかない。
「後継ぎとなる可能性が有る者を、一族全体で大切にするのは当然なことなのです」
「伊織さんには当主となる可能性が無いと?」
(有りますよね。伊織氏だって、保正氏と雪子どのの孫なのだから)
しかし香織は薄ら笑いを浮かべて、我が子の尊厳を踏みにじったのであった。
「流石に伊織までは番が回ってこないでしょうね」
(そんな言い方はないですぞ!)
「ですがあの子は自分の立場を弁えておりますから、ご心配には及びませんわ」
得体の知れない気持ちの悪さが凜々花を襲った。
(何でしょうこのお人は。美人で言葉使いも丁寧なのに生理的に受け付けません。親として、子供が軽く扱われているのを見て不快に感じませぬのか。他の者が子供を否定しても、せめて母だけは味方になってやれませぬのか。伊織氏の卑屈な態度が今は悲しいですぞ……)
「お話、ありがとうございました」
鈴木が作り笑顔で香織に礼を述べた。
「今日のところは我々は引き上げます。また近い内にお邪魔させて頂きますので、引き続き捜査にご協力下さい」
鈴木に目配せされて、凜々花は慌てて帰り支度をした。
「繰り返しますが、くれぐれもこの部屋には立ち入らないようお願いします」
鈴木と凜々花は部屋を出た後に、黄色いテープのバリケードを補強した。
勝手に部屋に入るなよ、テープを剥《は》がしたら判るんだからねと、作業で香織にプレッシャーをかけた。
「ああ、そうだ刑事さん」
玄関へ向かおうとした二人を香織が呼び止めた。
「本日は近親者だけが呼ばれましたが、一族全員となると木条の人間は多いんですよ。結婚して名字の変わった末端の者まで含めれば、総勢四百人は下らないでしょう」
(末端って)
凜々花は他者を見下す香織に呆れ果てた。 鈴木はビジネススマイルを崩さない。
「長く続くお家ですものね」
「はい。中には市や県のお役所の、要職に就いている者も居りますの」
(ま~たお家自慢が始まりましたぞ。正継の話だけで充分だってのに、この似たもの兄妹め)
凜々花は隠さずに溜め息を吐いたが、二歳下の鈴木は余裕有る大人の対応をした。
「旦那様の悟さんも県庁職員でしたね。やはりそのご縁で?」
「ええ。木条の娘婿として相応しい人を紹介されました」
(さようですか。いいですな、生活だけでなく結婚相手まで世話してもらえて。私なんて恋人は二次元から出てこられないのに)
「一族の者達はこちらから頼まずとも、正親の直系の子孫であるわたくし達を大切にし、役に立とうとしてくれるのです」
「それもまた、去りし時代の殿様と家臣の名残りでしょうか」
「だと思いますわ。わたくしは両親の三番目の子供ですから後継ぎには遠いですが、傍流の者達から見たら姫には違いないのです」
(姫!)
凜々花の唇がぴくぴくと震えた。
(ああ、本格的に気分が悪くなってまいりました。木条一族が名家となれたのは先祖の手柄であって、うっとりと自慢するこの女人のおかげではないですのに)
「実際に幼少期には兄達が若、わたくしは姫と呼ばれて蝶よ花よと育てられましたの」
「羨ましいことです」
「いいえ、崇拝され過ぎることも時によって悲劇となるのですよ。わたくしを傷付けた同級生のお宅は地域で村八分となり、兄の成績に不当な評価を下した担任教師は、遠く離れた地に飛ばされてしまいましたから」
(この女人は……! 遠回しに脅しておられますか!?)
凜々花は身構えた。
彼は爽やかな笑顔で、しかし心を許していないので腕組みポーズで香織と対峙した。
「それはそうと、ご子息と従兄弟の忠之さんはずいぶんと仲が悪そうですね。過去に何か有ったのですか?」
鈴木が呈したのは凜々花も気になっていた疑問だった。
「いいえ、特に何も。仲も別に悪くありませんよ?」
「そうは見えませんでしたね。大広間で忠之さんはいちいち伊織さんに絡んできて、嫌味を言っていた風に私は記憶しています」
香織はまた笑った。彼女の人を蔑むような笑みは感じが悪かった。母子揃って残念な美形だ。
「それは仕方の無いことですわ。木条では長男が家を相続するのが慣わしなんです。両親存命中から、次の当主は正継兄さんに決まっておりました。正継兄さんの息子である、忠之くんの態度が大きくなるのは自然なことでしょう」
「所謂本家と分家の力関係ですね。それによって分家の伊織さんが、本家の忠之さんに馬鹿にされるのは当たり前だとお考えなのですか?」
「馬鹿に……と言っては語弊が有りますわね。忠之くんと伊織は殿と家臣の関係ですもの」
「……はい?」
鈴木が聞き返した。
「殿……と、家臣と言いましたか?」
「ええ。木条の当主となる者は、世が世なら殿様として崇められる存在です。正継兄さんの後は長男の正貴くんが当主となりますが、その正貴くんに何か遭った場合は次男の忠之くんの番ですもの」
「正貴さんに何か遭ったらなどと、不謹慎な想定ではないですか?」
「刑事さん達には理解できないかもしれませんが、由緒有る一族では家の存続こそが最重要事項となるのです。不幸が遭った場合も想定して子供を生すのですよ」
凜々花は胸がムカムカしてきた。それでは忠之は正貴のスペアでしかない。
「後継ぎとなる可能性が有る者を、一族全体で大切にするのは当然なことなのです」
「伊織さんには当主となる可能性が無いと?」
(有りますよね。伊織氏だって、保正氏と雪子どのの孫なのだから)
しかし香織は薄ら笑いを浮かべて、我が子の尊厳を踏みにじったのであった。
「流石に伊織までは番が回ってこないでしょうね」
(そんな言い方はないですぞ!)
「ですがあの子は自分の立場を弁えておりますから、ご心配には及びませんわ」
得体の知れない気持ちの悪さが凜々花を襲った。
(何でしょうこのお人は。美人で言葉使いも丁寧なのに生理的に受け付けません。親として、子供が軽く扱われているのを見て不快に感じませぬのか。他の者が子供を否定しても、せめて母だけは味方になってやれませぬのか。伊織氏の卑屈な態度が今は悲しいですぞ……)
「お話、ありがとうございました」
鈴木が作り笑顔で香織に礼を述べた。
「今日のところは我々は引き上げます。また近い内にお邪魔させて頂きますので、引き続き捜査にご協力下さい」
鈴木に目配せされて、凜々花は慌てて帰り支度をした。
「繰り返しますが、くれぐれもこの部屋には立ち入らないようお願いします」
鈴木と凜々花は部屋を出た後に、黄色いテープのバリケードを補強した。
勝手に部屋に入るなよ、テープを剥《は》がしたら判るんだからねと、作業で香織にプレッシャーをかけた。
「ああ、そうだ刑事さん」
玄関へ向かおうとした二人を香織が呼び止めた。
「本日は近親者だけが呼ばれましたが、一族全員となると木条の人間は多いんですよ。結婚して名字の変わった末端の者まで含めれば、総勢四百人は下らないでしょう」
(末端って)
凜々花は他者を見下す香織に呆れ果てた。 鈴木はビジネススマイルを崩さない。
「長く続くお家ですものね」
「はい。中には市や県のお役所の、要職に就いている者も居りますの」
(ま~たお家自慢が始まりましたぞ。正継の話だけで充分だってのに、この似たもの兄妹め)
凜々花は隠さずに溜め息を吐いたが、二歳下の鈴木は余裕有る大人の対応をした。
「旦那様の悟さんも県庁職員でしたね。やはりそのご縁で?」
「ええ。木条の娘婿として相応しい人を紹介されました」
(さようですか。いいですな、生活だけでなく結婚相手まで世話してもらえて。私なんて恋人は二次元から出てこられないのに)
「一族の者達はこちらから頼まずとも、正親の直系の子孫であるわたくし達を大切にし、役に立とうとしてくれるのです」
「それもまた、去りし時代の殿様と家臣の名残りでしょうか」
「だと思いますわ。わたくしは両親の三番目の子供ですから後継ぎには遠いですが、傍流の者達から見たら姫には違いないのです」
(姫!)
凜々花の唇がぴくぴくと震えた。
(ああ、本格的に気分が悪くなってまいりました。木条一族が名家となれたのは先祖の手柄であって、うっとりと自慢するこの女人のおかげではないですのに)
「実際に幼少期には兄達が若、わたくしは姫と呼ばれて蝶よ花よと育てられましたの」
「羨ましいことです」
「いいえ、崇拝され過ぎることも時によって悲劇となるのですよ。わたくしを傷付けた同級生のお宅は地域で村八分となり、兄の成績に不当な評価を下した担任教師は、遠く離れた地に飛ばされてしまいましたから」
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