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騎馬将軍の子守唄 (三)
「ですから刑事さん達もお気をつけあそばせ。わたくし達が困っていると一族の者達が判断してしまいますと、お二人の身に良からぬ事が起きてしまうやもしれませんから」
もう凜々花は我慢できなかった。鈴木の後方から前へ歩み出て、香織を至近距離から睨みつけた。
「良からぬ事とは、具体的にどういう事でしょうか?」
仁王立ちしたダークスーツの眼鏡女から発せられた低音ボイス。香織は凜々花の迫力を前にして笑顔を失った。
「えっ……、それはその、お解りでしょう?」
「香織さんも理解されていますか? 今のあなたの言動は強迫と言って、れっきとした犯罪行為に当たるのですよ」
(明確に殺してやるとか予告されていませんから、実はまだセーフですけどな)
「犯罪だなんて大袈裟です。わたくしはただ……」
「ただ、木条にとって都合の悪い捜査結果を出すなと、そう仰りたかったと?」
「早見さん、そこまでで」
凜々花は徹底的に香織を問い詰めたかったのだが、鈴木に制されてしまった。
「香織さん、我々は警察署に戻ります。お見送りは結構ですので」
それだけ言って鈴木は、長い廊下をズンズンと先に歩いていった。
(ヤバイ。感情を出すなと指示されていたのにやってしまいましたぞ……)
失態を晒したと凜々花は落ち込み、肩を落として鈴木の後を追った。廊下を曲がり、香織から姿が隠れた途端────
「ぷっ、くくくっ、ははっ!」
鈴木が噴き出した。
「駄目じゃないですか早見さん。あは、高圧的に出ると刑事に脅されたって、署長にクレーム入れられちゃいますよ、ははははっ」
腹を抱えて笑う鈴木の注意に説得力は無かった。彼が足早に立ち去ったのは笑いを堪えていたからであった。
「早見さんは大人しそうに見えてけっこう気が強いんですね。昔、西洋では決闘の意志を持った者は相手に向かって自分の手袋を投げ付けていたそうですが、僕は早見さんが捜査用の手袋でそれをやったらと想像して……ぷくくっ」
(なるほど、鈴木氏は私と違うベクトルで想像力が豊かなようですな。もっとも私は手袋では生ぬるいと思います。稽古を終えた力士のフンドシを借りてきて、洗濯しないまま香織の顔面に投げ付けてやりたい、そんな気分でしたぞ)
「ま、大事の前の小事です。今は気持ちを抑えて下さい」
笑顔で鈴木は凜々花を諭した。
「課長の資料に載っていたプロフィールを読んだでしょう? あのお姫様気質のご婦人は、高校卒業後ずっと親元で花嫁修業をして過ごし、二十三歳で悟と見合い結婚。アルバイトの経験すら無い彼女は、自立というものを一切知らずに生きてきたんですよ。だから多少の失言は大目に見てあげましょう」
(確かに……。でも)
凜々花はふと違和感を覚えた。
(資料には木条家の人々について詳しくまとめてありましたが、昨日従業員から話を聞いただけで、そんな細かい情報まで掴めるものでしょうか?)
細めた鈴木の目が光った。
「警察に喧嘩を売るなんて、愚かで哀れな世間知らずのお姫様ですよね。あの話し振りからすると役人の親戚が、過去に彼女達がやらかした尻拭いをしてきたんですね」
(ひょうおぉ、鋭い目をした満面の笑み……。鈴木氏が完全にターゲットを見つけたSの顔になっておりますぞ)
「それでも顔が利くのはせいぜい市内だけでしょうにね。県警本部が動いたらどうなるか……、香織はいずれそれを身をもって知ることになるでしょう」
「香織さん自身はまだ罪に問える段階にないのでは?」
「はい。問題は彼女の代わりに動く実行犯です。木条一族の人間で市町村の要職に就いている者……、それらの名前も資料にリストアップされていましたね。彼らは職権を乱用している可能性が高い」
(まただ……。課長の資料は不自然なほどに詳しい)
「? 早見さん、何か気になることでも?」
凜々花は頷いて口にした。
「事件発生から間も無いというのに、課長は木条一族の情報を多くお持ちです。雪子さんが殺害されるずっと前から、課長はこの家のことを調べていたのではないでしょうか?」
「………………」
鈴木が真顔となり凜々花を見つめた。
(うはっ、駄目! イケメン男子は私を直視しないで下され!)
仕事中だというのに凜々花の心臓は大きな音で高鳴った。
陰鬱としていた香織とは違う、健康的な美しさを鈴木は放っている。
「……僕も課長からこの案件の担当を命じられた時、あなたと同じことを思いました」
静かで真面目な鈴木の口調が、凜々花の浮ついた気持ちを一瞬にして呼び戻した。
「課長はきっと木条家について長らく調査していたのです。木条家に癒着している議員や警官を検挙する為に。ですが御宅市の役所には木条の人間が多数潜り込んでいる。地元民で顔の知れた課長は大っぴらに動けなかったと推測します」
凜々花はハッとして思わず鈴木を見つめ返した。
「まさか、鈴木警部が本部からいらしたのは……」
「……出向の際、僕には何も伝えられていません。なので想像の範疇を超えませんが、課長は県警本部に打診したのではないでしょうか。自分の代わりに木条一族の身辺を洗ってくれる捜査官の派遣を」
「それだったら課長、話して下さったらいいのに! 本部の方も!」
意見した凜々花へ、鈴木は頭を左右に振り否定した。
「汚職議員なら何とかなりますが、汚職警官を検挙するのは大変です。身内の恥になると、隠蔽しようとする勢力が必ず出てきます。課長も本部の上司も僕を護る為に、目に見える形で内部監査をさせる訳にはいかなかったのではないでしょうか」
警官が警官の敵となるのだ。
「そういう訳ですので、郷島警部補と道庭巡査にはこの話をしないで下さい。
「……はい」
下手に知ったら巻き込むことになる。
「本来なら出向期間の二年をかけて、課長は僕にゆっくり……慎重に捜査させる予定だったはずです。木条雪子が殺害されたことは完全なイレギュラー。しかしその結果、事件捜査を盾に僕達刑事は簡単に木条邸へ足を踏み入れることができました」
「はい」
「この好機、最大限に生かさなければなりません」
凜々花は捜査官の使命に沸き立つと同時に、(怖い)と震えた。
騎馬一族の殺人は、はたして地元浄化のきっかけとなるのだろうか……?
もう凜々花は我慢できなかった。鈴木の後方から前へ歩み出て、香織を至近距離から睨みつけた。
「良からぬ事とは、具体的にどういう事でしょうか?」
仁王立ちしたダークスーツの眼鏡女から発せられた低音ボイス。香織は凜々花の迫力を前にして笑顔を失った。
「えっ……、それはその、お解りでしょう?」
「香織さんも理解されていますか? 今のあなたの言動は強迫と言って、れっきとした犯罪行為に当たるのですよ」
(明確に殺してやるとか予告されていませんから、実はまだセーフですけどな)
「犯罪だなんて大袈裟です。わたくしはただ……」
「ただ、木条にとって都合の悪い捜査結果を出すなと、そう仰りたかったと?」
「早見さん、そこまでで」
凜々花は徹底的に香織を問い詰めたかったのだが、鈴木に制されてしまった。
「香織さん、我々は警察署に戻ります。お見送りは結構ですので」
それだけ言って鈴木は、長い廊下をズンズンと先に歩いていった。
(ヤバイ。感情を出すなと指示されていたのにやってしまいましたぞ……)
失態を晒したと凜々花は落ち込み、肩を落として鈴木の後を追った。廊下を曲がり、香織から姿が隠れた途端────
「ぷっ、くくくっ、ははっ!」
鈴木が噴き出した。
「駄目じゃないですか早見さん。あは、高圧的に出ると刑事に脅されたって、署長にクレーム入れられちゃいますよ、ははははっ」
腹を抱えて笑う鈴木の注意に説得力は無かった。彼が足早に立ち去ったのは笑いを堪えていたからであった。
「早見さんは大人しそうに見えてけっこう気が強いんですね。昔、西洋では決闘の意志を持った者は相手に向かって自分の手袋を投げ付けていたそうですが、僕は早見さんが捜査用の手袋でそれをやったらと想像して……ぷくくっ」
(なるほど、鈴木氏は私と違うベクトルで想像力が豊かなようですな。もっとも私は手袋では生ぬるいと思います。稽古を終えた力士のフンドシを借りてきて、洗濯しないまま香織の顔面に投げ付けてやりたい、そんな気分でしたぞ)
「ま、大事の前の小事です。今は気持ちを抑えて下さい」
笑顔で鈴木は凜々花を諭した。
「課長の資料に載っていたプロフィールを読んだでしょう? あのお姫様気質のご婦人は、高校卒業後ずっと親元で花嫁修業をして過ごし、二十三歳で悟と見合い結婚。アルバイトの経験すら無い彼女は、自立というものを一切知らずに生きてきたんですよ。だから多少の失言は大目に見てあげましょう」
(確かに……。でも)
凜々花はふと違和感を覚えた。
(資料には木条家の人々について詳しくまとめてありましたが、昨日従業員から話を聞いただけで、そんな細かい情報まで掴めるものでしょうか?)
細めた鈴木の目が光った。
「警察に喧嘩を売るなんて、愚かで哀れな世間知らずのお姫様ですよね。あの話し振りからすると役人の親戚が、過去に彼女達がやらかした尻拭いをしてきたんですね」
(ひょうおぉ、鋭い目をした満面の笑み……。鈴木氏が完全にターゲットを見つけたSの顔になっておりますぞ)
「それでも顔が利くのはせいぜい市内だけでしょうにね。県警本部が動いたらどうなるか……、香織はいずれそれを身をもって知ることになるでしょう」
「香織さん自身はまだ罪に問える段階にないのでは?」
「はい。問題は彼女の代わりに動く実行犯です。木条一族の人間で市町村の要職に就いている者……、それらの名前も資料にリストアップされていましたね。彼らは職権を乱用している可能性が高い」
(まただ……。課長の資料は不自然なほどに詳しい)
「? 早見さん、何か気になることでも?」
凜々花は頷いて口にした。
「事件発生から間も無いというのに、課長は木条一族の情報を多くお持ちです。雪子さんが殺害されるずっと前から、課長はこの家のことを調べていたのではないでしょうか?」
「………………」
鈴木が真顔となり凜々花を見つめた。
(うはっ、駄目! イケメン男子は私を直視しないで下され!)
仕事中だというのに凜々花の心臓は大きな音で高鳴った。
陰鬱としていた香織とは違う、健康的な美しさを鈴木は放っている。
「……僕も課長からこの案件の担当を命じられた時、あなたと同じことを思いました」
静かで真面目な鈴木の口調が、凜々花の浮ついた気持ちを一瞬にして呼び戻した。
「課長はきっと木条家について長らく調査していたのです。木条家に癒着している議員や警官を検挙する為に。ですが御宅市の役所には木条の人間が多数潜り込んでいる。地元民で顔の知れた課長は大っぴらに動けなかったと推測します」
凜々花はハッとして思わず鈴木を見つめ返した。
「まさか、鈴木警部が本部からいらしたのは……」
「……出向の際、僕には何も伝えられていません。なので想像の範疇を超えませんが、課長は県警本部に打診したのではないでしょうか。自分の代わりに木条一族の身辺を洗ってくれる捜査官の派遣を」
「それだったら課長、話して下さったらいいのに! 本部の方も!」
意見した凜々花へ、鈴木は頭を左右に振り否定した。
「汚職議員なら何とかなりますが、汚職警官を検挙するのは大変です。身内の恥になると、隠蔽しようとする勢力が必ず出てきます。課長も本部の上司も僕を護る為に、目に見える形で内部監査をさせる訳にはいかなかったのではないでしょうか」
警官が警官の敵となるのだ。
「そういう訳ですので、郷島警部補と道庭巡査にはこの話をしないで下さい。
「……はい」
下手に知ったら巻き込むことになる。
「本来なら出向期間の二年をかけて、課長は僕にゆっくり……慎重に捜査させる予定だったはずです。木条雪子が殺害されたことは完全なイレギュラー。しかしその結果、事件捜査を盾に僕達刑事は簡単に木条邸へ足を踏み入れることができました」
「はい」
「この好機、最大限に生かさなければなりません」
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