腐女子のバディは最推し警部 ~騎馬一族の殺人~

水無月礼人

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寝ずの番(一)

「あ、刑事さん達お疲れ様です」
「今お帰りですか?」

 玄関に着いた鈴木と凜々花は若い男性の声に出迎えられた。石畳の広い玄関に立つ正貴と、屈んで靴を履く途中の忠之だった。 

「はい。今日はお時間を頂きありがとうございました」
「こちらこそ、祖母の為にありがとうございます」

 言って正貴は二足の靴を私達の前に並べてくれた。鈴木の革靴と凜々花の合皮パンプスだ。 

「どうぞ」

 態度が大きくなりがちな弟に比べて、兄の正貴は礼儀正しい好青年に見えた。

(すぐ怒鳴る活火山正継氏の息子とは思えませんな。物静かな母親に似たのでしょうか)

 靴の礼を述べてから凜々花は聞いた。

「植草さんか田口さんはどちらでしょう。正門を開けてもらいたいのですが」

 内側からなら手動でも開けられるらしいが、勝手に操作していいのか躊躇ためらわれた。 

「ああ、門でしたら俺が開けますので、刑事さん達は俺達の車に続いて出て下さい。閉まるのは自動ですから」 
「お二人もご自宅へお戻りですか?」 
「はい。着替えと礼服を取りに一旦戻ります。祖母の遺体が帰ってきたので、今夜が通夜で明日が告別式と決まりました」 
「えっ、急ですね。これだけのお屋敷ですと準備が大変なのではありませんか?」

 弔問客も多いだろうに、もう西の空が赤く染まる時刻だ。 

「大掛かりな式は行いません。今回は事情が事情ですので、近親者のみが参列する密葬にしようと父が申しまして」 
「そうでしたか……。お祖母ばあ様のご冥福をお祈り致します」 
「ありがとうございま……クシュッ!」

 正貴が小さなクシャミをした。昼間は暑いくらいの陽気だが、夕方からはまだ冷える。 

「今夜は俺と兄貴が寝ずの番をするんですよー」

 忠之が凜々花と正貴の会話に割り込んできて、反応したのは鈴木だった。 

「寝ずの番って、何ですか?」

(おや、鈴木氏はご存知ないのでありますな。寝ずの番は全国的にスタンダードな儀式だと思っておりましたが、古い習慣ですからな、やらないお宅も増えてきているのでしょう)
 
「通夜の後にひつぎの側にロウソクと線香を一本ずつ立てて、一晩中火をともすという風習が有るんですよ。寝ずの番とはロウソクの火が消えないように見張る役ですね」

 鈴木へ説明した凜々花に対して、忠之が「おお」と声を上げた。 

「刑事さん詳しいじゃないですか。もしかして馬参道ばさんどう町の出身ですか?」 
「いえ、出身県は同じですが地区が違います。それと寝ずの番の風習はこの県に限らず、他の地方にも有るはずですよ」 

(私も母方の祖父が亡くなった折、母と一緒に寝ずの番を致しましたな……)

 しんみりした凜々花へ忠之が無遠慮な質問を繰り出してきた。 

「今は何処に住んでるんですか? ひょっとして近所?」 
「ええっ……?」 

 戸惑う凜々花の代わりに、スマートに前へ出た鈴木が忠之に釘を刺した。

「すみませんが住所や使用駅といった、生活範囲が判る質問にはお答えできません。我々警官は職業上恨まれることが多いので、自衛の為だとご理解下さい」
「俺達にはズケズケ聞いてきたのに……」

 ふくれっつらになった忠之へ鈴木は優美な笑みで返す。

「それは事件を解決する為ですので」
「じゃあ生活範囲と関係無い質問ならいいですよね!?」

 めげない忠之は凜々花へ向き直った。

「そのスーツめっちゃ決まってますね。俺、黒や紺色が似合う女性が好きなんですよ、知的な感じがして。仕事以外はどんな服装なんですか?」 
「ええと、あの」
「忠之さん」
「刑事の仕事って激務なんでしょう? 普段ちゃんとリフレッシュできていますか?」

(ひいぃ、道庭氏よりしつこい。積極的男子が怖い~)

「良ければ俺、いい店知っているんで今度一緒に……」 
「こら忠之、慣れ慣れし過ぎるぞ」

 見かねた正貴が弟を止めに入った。 

「刑事さんはバアちゃんの為に働いて下さっている方だぞ。おまえがいつもナンパしている女達とは違うんだ」 

(ナンパ!? 先程のはナンパでしたか!)

 自分が口説かれていたと知った凜々花は汗を掻いた。

「ゴメン、兄ちゃん」 
「謝る相手が違うだろうが」 
「あ、そうか。すみませんでした刑事さん」 
「弟が失礼をしました」

 兄弟は並んで凜々花へ頭を下げた。 

「気にしてませんから」

 伊織には嫌味な忠之だが、兄にはとても従順だった。それは兄弟愛か、後継者としての順位によるものなのか。

「早見さん、一晩中火をともすことに何か意味は有るのですか?」

 鈴木が終わったと思っていた話題を蒸し返した。

「ああそれは、極めて非科学的な話になってしまうのですが……」

 凜々花は予防線を張った上で解説した。 

「炎には二つの役割が有ります。一つ目は、亡くなった人が迷わずあの世へ辿り着く為の、送り火としての役目です」 
「二つ目は?」 
「亡くなった人の身体は魂が抜けてしまって、中が空っぽな状態なんです。その身体を霊力を持った狐や狸、または成仏できない浮遊霊が狙っていると考えられていまして、炎と線香の煙はそれらを遠ざける、言わば魔除けとして作用するんです」 
「へぇ、俺、炎の意味まで知らなかった」 
「俺も」

 兄弟が感心した目で凜々花を見た。

(照れ臭いですぞ。私も祖父の葬儀の時に初めて知ったに過ぎませんのに)
 
「早見さんはそれを信じているのですか?」 
「どうでしょう。お坊さんに読経をお願いするのと同じで、他に供養の仕方を知らないので従っているだけかもしれません。故人を思いしのぶ気持ちさえ有れば、方法にこだわる必要なんて無いのかもしれませんね」

 どうか安らかに。その想いに尽きる。 

「正貴さんと忠之さんは、今夜は徹夜する訳ですね?」

 鈴木の問いには正貴が答えた。

「ああいえ、交代で仮眠を取ります。その為に弟が一緒にやってくれるんですよ。本来は俺一人の役目なんですが、明日も葬儀で忙しくなるでしょうから、少しでも寝ておきたいんです」

(それがいいですな。お祖母ばあさんの死は、心に大きなダメージを与えているでしょうから)
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