腐女子のバディは最推し警部 ~騎馬一族の殺人~

水無月礼人

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寝ずの番(二)

「それでは俺達は先に車で……クシュッ、クシャン!」

 正貴の別れの挨拶はクシャミに邪魔された。

「風邪ですか?」 
「花粉症です。夕方以降はだいぶ楽になるはずなんですが……、失礼」

 正貴はズボンのポケットから小さな容器を取り出して、横を向いてから鼻の穴にあてがった。ドラッグストアで買える鼻炎用のスプレーだ。

「だからちゃんと病院に行けって言っているのに、兄貴ときたら毎年市販薬で誤魔化しちゃうんですよ」

 忠之に指摘され、正貴は決まりが悪そうだった。 

「いや、お恥ずかしい。今年こそはと毎年思うのですが、友人から初年度は身体に合う薬を探す為に、何度も診察を受けなければならないと聞きまして。面倒臭さから、つい病院から足が遠のいている次第です」 
「そうやってどんどん悪化していくんだぞ」 
「解った解った。来年は受診するから」 
「それ去年も言ったじゃん」 
「来年こそは行くって。それでは、俺達が先に車で出ますので」

 正貴と忠之は可愛らしい兄弟喧嘩をしながら歩き去った。二人が乗った車がベンツでさえなければ、どこにでも居る仲の良い兄弟にしか見えなかった。

「あの二人には祖母を殺害する動機が有りませんよね?」

 願望を織り交ぜて凜々花は鈴木に尋ねた。 

「うーん」

 少し考えたが、 

「長男が後継者となる木条家では、何もしなくても彼らの父・正継が次の当主に決まっていますね。その息子達の地位も一族の中で更に上がるだろうから、危険を冒して雪子を手にかける理由は今のところ見当たりません。勝成のように金銭面で困っていることも無さそうですし」

 鈴木は肯定的な意見を述べた。それを聞いた凜々花はホッとしながら、駐車場に残っていた警察車両に乗り込んだ。行きと同じく運転席には凜々花が着いた。

「いやはや、ゆがんだ一族でしたね」 

 助手席の鈴木が冷めた口調で感想を述べた。

「長男だから家督を継ぐなんて時代錯誤もいいところです。だから正継みたいな横柄な人間が誕生するんですよ。まぁ、弟の勝成も妹の香織もろくなモンじゃありませんでしたけど」

(やっぱりこの人S気質~。綺麗なお顔から吐かれる毒舌に萌え~~。グフグフ)

「江戸時代まで続いた悪しき慣習のせいですね。なんせ徳川幕府は財源確保の為に、男子の後継ぎの居ない大名家を次々に取り潰しては、その土地と財産を没収するようなトンデモ政府でしたから」 
「そんなことをしていたから、倒幕の動きが盛んになったんでしょうね。倒幕の急先鋒だった長州藩に薩摩藩。それに対抗して幕府と共に倒れた会津藩と新選組……」
「早見さんは歴史にも詳しいんですね」

 話が通じて嬉しそうな鈴木。凜々花は罪悪感を覚えた。

(すみませぬ。新選組が登場する乙女ゲームに熱中した過去が有りまして、それで覚えていただけですぞ)

「あ、兄弟の車が出ましたよ」 
「はい」

 発進したベンツに凜々花達も続いた。電子制御されている正門がゆっくりと横に開放されていった。
 運転手同士が軽く手を振り合った後、門を出た二台の車はそれぞれの目的地へ続く異なる道を進んだ。 

「男子が産まれなかった場合は、外から養子を迎えていたのでしょうか? もしくは娘婿むこを当主にしたのか」
「長男を特別視する長男教は愚かですが、香織みたいな救いようのない馬鹿を排除できる利点も有りますね」

 遠慮の無い鈴木の香織批判。若干引いたが、凜々花もおおむね同意だった。 
 
「香織さんは善悪の区別がついていない感じでしたね……」
「ええ。正継や勝成のような男達は、粗暴だけれど根は小心で扱いやすいです。しかし倫理観が根本から欠如している香織は怖いですね。常人には思いつかない、とんでもない事をしでかすかもしれません」

(確かに……)

 最初に大広間で正継に絡まれた時は、何だこのオヤジと心の中で悪態を吐いた凜々花だったが、今では正継の評価を変えていた。雪子の三人の子供達の中で彼は一番まともだった。あくまでもマシ、というレベルだけれど。

「使用人に慕われていた雪子さんはい人っぽいのに。子供達は駄目駄目ですね」 
「人としては良くても、親として悪い人間なんていっぱい居ますよ」 
「子供達を甘やかして育てちゃったんですかね」

 保正と雪子、続けて人が死んだ屋敷の中は異様な空気に包まれていた。
 穏やかな老婦人の居室は凄惨せいさんな殺人現場となり、息子の勝成が怪しげな行動を見せたせいで、疲弊ひへいした関係者の心に疑心暗鬼が生まれ始めた。
 この混乱は、正継が当主になれば多少は収まるのだろうか。 

「正継さんが当主になるのは、保正さんの四十九日法要が終わってからでしたね。それまでもう何も起きなければいいのですが」 
「………………」
 
 凜々花は鈴木に肯定してもらいたかったのだが、彼は答えを返してくれず、黙って窓の外を眺めるだけだった。
 凜々花は運転に集中することにした。

(あっ……)

 車のルームミラーで後方を確認した彼女は眉間にしわを寄せた。
 もう屋敷は見えず長い登り坂がミラーに映っていた。何が嫌かって、車道脇の街路樹や建物の影が長くいびつに伸びていて、まるでやせ細ったミイラの手が、凜々花達の乗る車を捕まえようとしているみたいに見えたのだ。

(早くこの地域から出たい)

 凜々花は幹線道路に出た途端に、三十キロで走行していた車のアクセルを六十キロまで一気に踏み込んだ。法定内だが急に速度を上げた振動で、二人の頭部がガクンとシートに当たった。

(乱暴な運転をしてすみませぬ。でも少しでも早く、馴染んだ職場に戻りたいのです)

 まるで血の色をした夕陽に照らされた町並みが、新たな惨劇を予感させるようだったから。凜々花は心が落ち着かなかったのだ。
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