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悲劇の連鎖
(のんびりしていられません。我々も捜査に出なければ)
凜々花はホワイトボードに記された事柄を再確認した。
「香織さんと戸田さん、どちらから先に当たりますか?」
凜々花の個人的感情では香織を追い詰めたいところだが、上司の判断を仰ぐことにした。
何度も深呼吸を繰り返し、鈴木は冷静さを取り戻した。
「植草に話を聞けば、二人の個人情報が一度に手に入ります」
「ああ、そうですね」
鈴木は昨日、植草を事件のキーマンだと言っていた。使用人頭の彼なら雇い主にも部下にも詳しい。
「雪子の死で気が動転している今ならば、普段固い口も開いてくれそうです」
(気落ちしている植草氏に無理を強いるようで、少し気が引けますが……)
時間が経つにつれて犯人の痕跡が薄まる。捜査は初動が肝心なのだ。事件解決の為に、刑事は時に非情にならざるを得ない。
(あ、でも、木条の屋敷に行くのは流石にマズイかもしれませぬ)
凜々花は正貴が話していたことを思い出した。
「昨日がお通夜で今日が告別式ですよね? 密葬らしいですし、外部の人間がズカズカ立ち入るのは失礼が過ぎるのでは……」
指摘された鈴木は自身の洒落た腕時計を見て言った。
「そうですね……。だけど簡略化した葬儀なら昼頃に終わるのでは?」
現在の時刻は十時過ぎ。あと二時間くらい空きが有る。
「早めの昼食を摂って、鑑識課に立ち寄って新情報が無いか確認して、それから屋敷へ向かいましょう」
「はい」
「お昼は何か用意されてきましたか?」
「簡単に済ませようとコンビニでおにぎりを買ってきました」
「僕も今日はコンビニ飯です。ここで頂きましょう。屋敷へ向かう前に打ち合わせもしたいですし」
「はい」
(推しと二人きりで食事……。むほぉぉ、消化不良を起こしそう)
ロッカールームに入り、自分のロッカーからコンビニの袋を取り出した凜々花は、興奮により確実に鼻の穴が開いていた。
☆☆☆
十一時四十分。幹線道路を走る車中に鈴木と凜々花は居た。
木条邸に連絡したところ雪子の葬儀は既に終了しており、親族は火葬場から戻って現在は屋敷で食事中らしかった。電話に出た男は植草と名乗ったので、目当ての彼も屋敷に居るということだ。
「質問の数を絞って、植草への聴取はできるだけ短時間で済ませましょう。体調を崩すかもしれないので」
鈴木の提案に凜々花も賛成だった。
(鈴木氏も植草氏を心配しておられるのですな。真のSは、Mの要望を全力で叶えようとする優しい人だと言われています)
『……ジッ、ガガッ』
車に搭載した無線機が不意に電波を拾い、凜々花の気色悪い妄想は一時中断させられた。
『こちら通信指令センターです。馬参道町付近でパトロール中の車両は応答して下さい』
近辺で事件が発生したのだろうか? 助手席の鈴木が無線機のマイクを取った。
「こちら鈴木警部です。馬参道町を走行中。どうぞ」
オペレーターはすぐに返した。
『たった今、馬参道町一丁目二十三番地の住宅から百十番通報が入りました。来客が食事中に倒れ、心拍停止の状態だそうです。現場へ急行して下さい』
一丁目二十三番地。二人がよく知る場所だった。
「事件現場の家の名前は……木条ですね」
『は、はい』
言い当てられたオペレーターは戸惑いを声に滲ませた。
『通報者はキジョウ・サトルです』
凜々花は動揺したが運転が乱れないよう気をつけた。
向かっている最中の木条本家からの通報。通報したのは香織の夫。オペレーターは来客が倒れたと言っていたが、いったい誰が……?
「救急車は派遣しましたか?」
『はい。ですが蘇生の見込みは低いと思われます』
「了解しました。現場へ急行します」
『お願いします。応援が必要でしたらいつでも要請して下さい。手が空いている者を向かわせます』
私達が使っている車両は一見、普通自動車に見える覆面パトロールカーだ。車を一度路肩に停めてから、車体頭部に赤色灯を乗せた。
サイレンを鳴らしながら再び車を走らせた。歩道を行き交う通行人達が何事かと足を止めてこちらを見ていた。
「本車両は事件現場に向かっています。緊急事態の為、赤信号も走行します。本車両が通過するまで交差点には出ないで下さい」
無線通信を終えた鈴木が、今度は外部スピーカーを使って周囲の車や歩行者にアナウンスした。前方の車が次々と道路の右側を空けて道を譲ってくれるので、走行はスムーズなのだがそれでも気が急いた。
( 食事中に倒れた? アレルゲン物質でも摂取してしまったのでしょうか)
丘を登り切り木条の屋敷に着いた二人は、昨日と同じく使用人の田口に出迎えられた。駐車場に入りサイレンを止めるとほぼ同時に、鈴木の携帯電話に着信が入った。
「鈴木です。はい、無線を聞いて屋敷に着いたところです」
電話をかけてきたのは警察署に居る課長だった。
「もちろんです。今後も木条家に関する事件は全て、僕が担当します。他の刑事は決して現場に入れないで下さい!」
丁寧だが語調が強めな鈴木の返答を横で聞いて、凜々花は不穏な空気を感じた。
「署で何か問題が起こったのですか?」
凜々花の質問へ鈴木が苦々しく答えた。
「……事件を担当する刑事を増員するよう、署長から指示が有ったそうです」
「捜査の手が増えることはありがたいですが……」
「今回はそうと言えません。増員される刑事は、課長ではなく署長が推薦した数名らしいですから」
「………………」
刑事課をよく知る課長を差し置いて署長が口を挟んできた。しかも指名推薦だ。
「もしかして、その刑事達は馬参道出身者ですか?」
「課長の話ではそうらしいです」
土地の権力者、木条と懇意にする者達が横槍を入れてきたのだ。
凜々花はホワイトボードに記された事柄を再確認した。
「香織さんと戸田さん、どちらから先に当たりますか?」
凜々花の個人的感情では香織を追い詰めたいところだが、上司の判断を仰ぐことにした。
何度も深呼吸を繰り返し、鈴木は冷静さを取り戻した。
「植草に話を聞けば、二人の個人情報が一度に手に入ります」
「ああ、そうですね」
鈴木は昨日、植草を事件のキーマンだと言っていた。使用人頭の彼なら雇い主にも部下にも詳しい。
「雪子の死で気が動転している今ならば、普段固い口も開いてくれそうです」
(気落ちしている植草氏に無理を強いるようで、少し気が引けますが……)
時間が経つにつれて犯人の痕跡が薄まる。捜査は初動が肝心なのだ。事件解決の為に、刑事は時に非情にならざるを得ない。
(あ、でも、木条の屋敷に行くのは流石にマズイかもしれませぬ)
凜々花は正貴が話していたことを思い出した。
「昨日がお通夜で今日が告別式ですよね? 密葬らしいですし、外部の人間がズカズカ立ち入るのは失礼が過ぎるのでは……」
指摘された鈴木は自身の洒落た腕時計を見て言った。
「そうですね……。だけど簡略化した葬儀なら昼頃に終わるのでは?」
現在の時刻は十時過ぎ。あと二時間くらい空きが有る。
「早めの昼食を摂って、鑑識課に立ち寄って新情報が無いか確認して、それから屋敷へ向かいましょう」
「はい」
「お昼は何か用意されてきましたか?」
「簡単に済ませようとコンビニでおにぎりを買ってきました」
「僕も今日はコンビニ飯です。ここで頂きましょう。屋敷へ向かう前に打ち合わせもしたいですし」
「はい」
(推しと二人きりで食事……。むほぉぉ、消化不良を起こしそう)
ロッカールームに入り、自分のロッカーからコンビニの袋を取り出した凜々花は、興奮により確実に鼻の穴が開いていた。
☆☆☆
十一時四十分。幹線道路を走る車中に鈴木と凜々花は居た。
木条邸に連絡したところ雪子の葬儀は既に終了しており、親族は火葬場から戻って現在は屋敷で食事中らしかった。電話に出た男は植草と名乗ったので、目当ての彼も屋敷に居るということだ。
「質問の数を絞って、植草への聴取はできるだけ短時間で済ませましょう。体調を崩すかもしれないので」
鈴木の提案に凜々花も賛成だった。
(鈴木氏も植草氏を心配しておられるのですな。真のSは、Mの要望を全力で叶えようとする優しい人だと言われています)
『……ジッ、ガガッ』
車に搭載した無線機が不意に電波を拾い、凜々花の気色悪い妄想は一時中断させられた。
『こちら通信指令センターです。馬参道町付近でパトロール中の車両は応答して下さい』
近辺で事件が発生したのだろうか? 助手席の鈴木が無線機のマイクを取った。
「こちら鈴木警部です。馬参道町を走行中。どうぞ」
オペレーターはすぐに返した。
『たった今、馬参道町一丁目二十三番地の住宅から百十番通報が入りました。来客が食事中に倒れ、心拍停止の状態だそうです。現場へ急行して下さい』
一丁目二十三番地。二人がよく知る場所だった。
「事件現場の家の名前は……木条ですね」
『は、はい』
言い当てられたオペレーターは戸惑いを声に滲ませた。
『通報者はキジョウ・サトルです』
凜々花は動揺したが運転が乱れないよう気をつけた。
向かっている最中の木条本家からの通報。通報したのは香織の夫。オペレーターは来客が倒れたと言っていたが、いったい誰が……?
「救急車は派遣しましたか?」
『はい。ですが蘇生の見込みは低いと思われます』
「了解しました。現場へ急行します」
『お願いします。応援が必要でしたらいつでも要請して下さい。手が空いている者を向かわせます』
私達が使っている車両は一見、普通自動車に見える覆面パトロールカーだ。車を一度路肩に停めてから、車体頭部に赤色灯を乗せた。
サイレンを鳴らしながら再び車を走らせた。歩道を行き交う通行人達が何事かと足を止めてこちらを見ていた。
「本車両は事件現場に向かっています。緊急事態の為、赤信号も走行します。本車両が通過するまで交差点には出ないで下さい」
無線通信を終えた鈴木が、今度は外部スピーカーを使って周囲の車や歩行者にアナウンスした。前方の車が次々と道路の右側を空けて道を譲ってくれるので、走行はスムーズなのだがそれでも気が急いた。
( 食事中に倒れた? アレルゲン物質でも摂取してしまったのでしょうか)
丘を登り切り木条の屋敷に着いた二人は、昨日と同じく使用人の田口に出迎えられた。駐車場に入りサイレンを止めるとほぼ同時に、鈴木の携帯電話に着信が入った。
「鈴木です。はい、無線を聞いて屋敷に着いたところです」
電話をかけてきたのは警察署に居る課長だった。
「もちろんです。今後も木条家に関する事件は全て、僕が担当します。他の刑事は決して現場に入れないで下さい!」
丁寧だが語調が強めな鈴木の返答を横で聞いて、凜々花は不穏な空気を感じた。
「署で何か問題が起こったのですか?」
凜々花の質問へ鈴木が苦々しく答えた。
「……事件を担当する刑事を増員するよう、署長から指示が有ったそうです」
「捜査の手が増えることはありがたいですが……」
「今回はそうと言えません。増員される刑事は、課長ではなく署長が推薦した数名らしいですから」
「………………」
刑事課をよく知る課長を差し置いて署長が口を挟んできた。しかも指名推薦だ。
「もしかして、その刑事達は馬参道出身者ですか?」
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