25 / 61
毒(二)
「島津さんに戸田さん、配膳中にお互いのことは見ていましたか?」
聞かれた二名はキョトンとした表情になった。
「い、いえ、私はお料理を並べることに集中しておりましたから……」
「私もです。あの…?」
「刑事さん、伊織が言うように料理に毒が入っていたのですか!?」
被せ気味に忠之が聞いてきた。鈴木は慎重に答えた。
「司法解剖をしていませんので、まだはっきりとは言えません。ただ今は、正貴さんは身体に害の有る物を摂取してしまった、その可能性が高いという段階です」
「仕出し屋に急な注文をしたせいで、傷んでいる食材を使われたんじゃないですかね。それで食中毒を起こしたとか、そういう可能性は無いですか?」
悟が有り得そうな仮説を披露したが、すぐに否定された。
「食物に付着していた細菌やウィルスによって引き起こされる食中毒は、それらに感染して発症するまでに通常三時間以上かかります。そして症状は下痢や嘔吐が徐々に強くなっていくというものです。食後すぐに命に関わる反応が出たということは、強い劇物そのものを体内に取り入れてしまった、そう考えた方が自然でしょう」
鈴木の説明を聞いた皆の視線はテーブルの上に注がれた。食べ残された料理。それは少し前まで自分達がつついていた物だ。
「料理の中に毒が入っていたなら、俺が食べた可能性も有ったってことっスか……?」
弱々しく伊織が呟いて、香織が小さく悲鳴を上げた。
「そうなんですか!? わたくし達も危険だったんですか、刑事さん!?」
「それはこれから調べます。正貴さんの席はここですか?」
鈴木は一人で正貴の遺体の傍へ戻った。彼が苦しんだ際に薙ぎ倒したのか、その席だけ皿が散乱していた。
「そうです。正貴くんが着いたのはそこです」
「この席に料理を配膳したのはどちらですか?」
再び鈴木に質問を振られた従業員の島津は、
「戸田さんです!」
叫ぶように同僚の名を挙げた。当の戸田は島津を睨むも、大広間に居た全員に凝視されて後退した。
「戸田、おまえ……」
忠之の顔が怒りで赤く染まった。
「おまえが兄ちゃんに毒を盛ったのか!?」
「そ、そんな事、私はしていません!!」
「じゃあ誰がやったんだよ!? 配膳したのはおまえだろうが!」
「そうですけど……、毒なんてそんな恐ろしい物、私は持ってませんよ!」
「まぁまぁ、忠之、落ち着けよ」
忠之に詰め寄られて泣きそうな戸田の前に、意外な人物が盾となって立った。でっぷり肥えた勝成だ。
「どけよ叔父さん!」
横幅だけ立派で貧弱な盾は、忠之のうっちゃりを受けて一撃で地に沈んだ。
「戸田、おまえ何の恨みがあって兄ちゃんに……」
「待て、待てって忠之!」
尻餅をついてジタバタしながらも、勝成は戸田を護り甥の忠之を止めようとした。
(ほぇ、小心そうに見えましたが案外男気が有ったんですな)
凜々花はちょっぴり感心した。この時は。
「あぁ、そうか、あんた達……」
忠之は勝成と戸田を交互に見比べてから、ゾッとする冷たい笑みを顔に浮かべた。
「そうだったな。あんた達はそうだったよ」
そして忠之は畳の上に座ったままの勝成に近付くと、力いっぱい殴り付けたのだった。
「キャアッ!」
戸田の悲鳴をサウンドに、勝成は後方に一回転した。尚も勝成へ攻撃を加えようとする殺気立った忠之を、凜々花が咄嗟に羽交い締めにして止めた。
「放せ、おい放せよ!!」
暴れる忠之に女の凜々花は振り払われそうになるが、懸命にしがみ付いた。
(ここで彼を止めないと更なる惨劇が起きてしまいます。ああ、でも何て力が強いのでしょう……)
凜々花の足が踏ん張れず引き摺られた。
「落ち着きなさい!!」
「忠之様いけません!」
鈴木と田口が凜々花へ加勢し、ようやく忠之の突進が止まった。左頬を押さえて鼻血を垂らした勝成が、それを見届けてから甥に抗議した。
「忠之、貴様、叔父である俺に対して何てことを……」
「うるせえ!!」
忠之に怒鳴られた勝成は、ひっ、とか細い声を漏らして身体を丸めた。
「テメェが戸田にやらせたんだろ!」
三人に押さえ付けられ身動きできなくなった忠之は、大声を使って勝成を威圧したのだった。
「俺は知ってるんだ。みんなだって知ってる。テメェと戸田は不倫してるってな!」
(ほえぇ!?)
凜々花にとって衝撃の言葉が忠之の口から飛び出した。驚いて横にいる田口をチラリと見ると、彼は気まずそうに凜々花から目を逸らした。
(忠之氏の発言は事実なのですか!? そうなると勝成氏の妻、望どのの立場が無くなりますぞ。昨日、鈴木氏の追及から夫を庇った献身妻でしたのに)
「僕達が彼を押さえますから、早見さんは離れなさい」
鈴木に言われて凜々花は忠之から手を離した。男二人に左右から固められている忠之は身体の自由を失ったが、感情の昂ぶりまでは消えなかった。
「テメェは自分が本家になれないから、俺と兄ちゃんを疎ましく思ってたんだろ! そうだよな、テメェのガキはどうしたって当主にはなれないもんな!」
(勝成氏の子供って誰でしたっけ……)
凜々花は頭の中に資料を広げた。
(そうだ、晴臣きゅんと言う名前のまだ四歳の男の子です。姿を見ていないので存在を忘れておりました)
改めて広間を見渡してみたが、小さな男の子はどこにも居ない。母親の望も。
(近親者のみの密葬……。排他的な田舎では嫁を他人扱いする胸糞悪い輩が存在しますが、晴臣きゅんは雪子どのの血を受け継ぐ孫です。参列の権利は充分有るように思えますが)
凜々花の常識は木条の家に通用しないようだ。
聞かれた二名はキョトンとした表情になった。
「い、いえ、私はお料理を並べることに集中しておりましたから……」
「私もです。あの…?」
「刑事さん、伊織が言うように料理に毒が入っていたのですか!?」
被せ気味に忠之が聞いてきた。鈴木は慎重に答えた。
「司法解剖をしていませんので、まだはっきりとは言えません。ただ今は、正貴さんは身体に害の有る物を摂取してしまった、その可能性が高いという段階です」
「仕出し屋に急な注文をしたせいで、傷んでいる食材を使われたんじゃないですかね。それで食中毒を起こしたとか、そういう可能性は無いですか?」
悟が有り得そうな仮説を披露したが、すぐに否定された。
「食物に付着していた細菌やウィルスによって引き起こされる食中毒は、それらに感染して発症するまでに通常三時間以上かかります。そして症状は下痢や嘔吐が徐々に強くなっていくというものです。食後すぐに命に関わる反応が出たということは、強い劇物そのものを体内に取り入れてしまった、そう考えた方が自然でしょう」
鈴木の説明を聞いた皆の視線はテーブルの上に注がれた。食べ残された料理。それは少し前まで自分達がつついていた物だ。
「料理の中に毒が入っていたなら、俺が食べた可能性も有ったってことっスか……?」
弱々しく伊織が呟いて、香織が小さく悲鳴を上げた。
「そうなんですか!? わたくし達も危険だったんですか、刑事さん!?」
「それはこれから調べます。正貴さんの席はここですか?」
鈴木は一人で正貴の遺体の傍へ戻った。彼が苦しんだ際に薙ぎ倒したのか、その席だけ皿が散乱していた。
「そうです。正貴くんが着いたのはそこです」
「この席に料理を配膳したのはどちらですか?」
再び鈴木に質問を振られた従業員の島津は、
「戸田さんです!」
叫ぶように同僚の名を挙げた。当の戸田は島津を睨むも、大広間に居た全員に凝視されて後退した。
「戸田、おまえ……」
忠之の顔が怒りで赤く染まった。
「おまえが兄ちゃんに毒を盛ったのか!?」
「そ、そんな事、私はしていません!!」
「じゃあ誰がやったんだよ!? 配膳したのはおまえだろうが!」
「そうですけど……、毒なんてそんな恐ろしい物、私は持ってませんよ!」
「まぁまぁ、忠之、落ち着けよ」
忠之に詰め寄られて泣きそうな戸田の前に、意外な人物が盾となって立った。でっぷり肥えた勝成だ。
「どけよ叔父さん!」
横幅だけ立派で貧弱な盾は、忠之のうっちゃりを受けて一撃で地に沈んだ。
「戸田、おまえ何の恨みがあって兄ちゃんに……」
「待て、待てって忠之!」
尻餅をついてジタバタしながらも、勝成は戸田を護り甥の忠之を止めようとした。
(ほぇ、小心そうに見えましたが案外男気が有ったんですな)
凜々花はちょっぴり感心した。この時は。
「あぁ、そうか、あんた達……」
忠之は勝成と戸田を交互に見比べてから、ゾッとする冷たい笑みを顔に浮かべた。
「そうだったな。あんた達はそうだったよ」
そして忠之は畳の上に座ったままの勝成に近付くと、力いっぱい殴り付けたのだった。
「キャアッ!」
戸田の悲鳴をサウンドに、勝成は後方に一回転した。尚も勝成へ攻撃を加えようとする殺気立った忠之を、凜々花が咄嗟に羽交い締めにして止めた。
「放せ、おい放せよ!!」
暴れる忠之に女の凜々花は振り払われそうになるが、懸命にしがみ付いた。
(ここで彼を止めないと更なる惨劇が起きてしまいます。ああ、でも何て力が強いのでしょう……)
凜々花の足が踏ん張れず引き摺られた。
「落ち着きなさい!!」
「忠之様いけません!」
鈴木と田口が凜々花へ加勢し、ようやく忠之の突進が止まった。左頬を押さえて鼻血を垂らした勝成が、それを見届けてから甥に抗議した。
「忠之、貴様、叔父である俺に対して何てことを……」
「うるせえ!!」
忠之に怒鳴られた勝成は、ひっ、とか細い声を漏らして身体を丸めた。
「テメェが戸田にやらせたんだろ!」
三人に押さえ付けられ身動きできなくなった忠之は、大声を使って勝成を威圧したのだった。
「俺は知ってるんだ。みんなだって知ってる。テメェと戸田は不倫してるってな!」
(ほえぇ!?)
凜々花にとって衝撃の言葉が忠之の口から飛び出した。驚いて横にいる田口をチラリと見ると、彼は気まずそうに凜々花から目を逸らした。
(忠之氏の発言は事実なのですか!? そうなると勝成氏の妻、望どのの立場が無くなりますぞ。昨日、鈴木氏の追及から夫を庇った献身妻でしたのに)
「僕達が彼を押さえますから、早見さんは離れなさい」
鈴木に言われて凜々花は忠之から手を離した。男二人に左右から固められている忠之は身体の自由を失ったが、感情の昂ぶりまでは消えなかった。
「テメェは自分が本家になれないから、俺と兄ちゃんを疎ましく思ってたんだろ! そうだよな、テメェのガキはどうしたって当主にはなれないもんな!」
(勝成氏の子供って誰でしたっけ……)
凜々花は頭の中に資料を広げた。
(そうだ、晴臣きゅんと言う名前のまだ四歳の男の子です。姿を見ていないので存在を忘れておりました)
改めて広間を見渡してみたが、小さな男の子はどこにも居ない。母親の望も。
(近親者のみの密葬……。排他的な田舎では嫁を他人扱いする胸糞悪い輩が存在しますが、晴臣きゅんは雪子どのの血を受け継ぐ孫です。参列の権利は充分有るように思えますが)
凜々花の常識は木条の家に通用しないようだ。
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ホウセンカ
えむら若奈
恋愛
☆面倒な女×クセ強男の不器用で真っ直ぐな純愛ラブストーリー!
誰もが振り返る美しい容姿を持つ姫野 愛茉(ひめの えま)は、常に“本当の自分”を隠して生きていた。
そして“理想の自分”を“本当の自分”にするため地元を離れた大学に進学し、初めて参加した合コンで浅尾 桔平(あさお きっぺい)と出会う。
目つきが鋭くぶっきらぼうではあるものの、不思議な魅力を持つ桔平に惹かれていく愛茉。桔平も愛茉を気に入り2人は急接近するが、愛茉は常に「嫌われるのでは」と不安を抱えていた。
「明確な理由がないと、不安?」
桔平の言葉のひとつひとつに揺さぶられる愛茉が、不安を払拭するために取った行動とは――
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※イラストは自作です。転載禁止。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。