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毒(三)
忠之は喉が裂けんばかりの勢いで勝成を詰問した。
「だからテメェは戸田に指示を出して兄ちゃんに毒を盛ったんだ! 食中毒に見せかけようとしたら、毒が強過ぎてバレたって間抜けなオチだろ!? この人殺しが!!!!」
「そ、そんな、違う……」
勝成は完全に忠之の迫力に怯えていた。
「何が違うか言ってみろよ。兄ちゃんの次は俺を殺すつもりだったんだろ!?」
「俺はそんなこと……」
「やれるもんならやってみろ! その前に俺がテメェを殺してやるから!!」
物騒なことを喚き出した忠之を鈴木が宥めた。
「どうか落ち着いて下さい、忠之さん」
「落ち着けるかよ、引っ込んでろ!!」
忠之は再び暴れようとしたが、押さえ役の鈴木と田口がそれを許さなかった。
「くそっ……放せよ、警察の犬が!! 俺らの税金で生活してる分際で!!」
(忠之氏……。私達公務員も税金を払ってますぞ)
「捕まえるなら俺じゃなくあのデブにしろよ! この役立たず!! 刑事なんて辞めちまえ!!」
忠之が鈴木に罵詈雑言を雨あられと浴びせた。八つ当たりも含まれているのだろう。
しかし鈴木は引かなかった。
「安心して下さい。お兄さんを苦しめた者は僕達が必ず捕まえます。そして法の裁きを受けさせますから」
鈴木が忠之の横顔へ静かに、だが力強く宣言した。
「信じて下さい」
「………………」
忠之は鈴木の意志を受け止めたのか、身体の力を抜き両腕をダラリと下げた。
「田口さん、忠之さんをご両親と同じ部屋で休ませてあげて下さい」
「はい」
拍子抜けするくらい素直に、忠之は田口に伴われて大広間を出ていった。
(先程の暴挙は、お兄さんの死で錯乱してしまった故ですな。仲の良い兄弟に見えましたから……)
しんみりしている間に鈴木がまた正貴の遺体の傍へ行ったので、凜々花も続いた。
(う……。酷い……)
正貴の死は現実だった。昨日の夕方、凜々花に親切にしてくれた礼儀正しい青年は、苦悶の表情を顔面に貼り付けて息絶えていた。
きっと自分の身に何が起きたか解らぬまま、苦しみの中で彼はこの世を去ったのだ。まだこんなに若いのに。どうして。涙が零れそうになるのを凜々花は必死に堪えた。
(許しませぬぞ)
捜査に私情を持ち込んではいけない。それでも、正貴を死に追いやった者に沸く怒りを凜々花は止められなかった。
雪子の時も老人に対する蛮行に憤りを感じたが、凜々花は雪子という人物を知らなかったので、所詮は想像の中だけの怒りだった。
だけれど凜々花と正貴は出会っていた。
たった一日だけの知り合いだったが、言葉を交わし、笑顔を向けてくれた彼を彼女は知っていたのだ。
(絶対に犯人を捕まえます)
でも、いったい誰が。
(正貴氏を殺すだけの動機を持っているのは、当主になりたい勝成氏? でも……)
それなら勝成は、甥の正貴ではなく兄の正継を殺すべきだろう。
新しい当主が誕生するのは先代の四十九日法要が終わってから。正継はまだ当主の座に就いていないのだから、正継が居なくなれば弟の自分が当主になれるのだ。
(………………)
鈴木が言っていた。木条一族について詳しく知らないと、物事の本質を見逃してしまう気がすると。凜々花も今は同感だ。木条一族には表には出ていない問題がたくさん有りそうだ。
(やはり彼がキーマンとなるのでしょうか?)
使用人頭の植草。被害者の近親者と従業員、両側の事情に詳しい男。植草ならばきっと自分達の疑問に答えてくれると凜々花は期待した。
ひょっとしたら植草もまた、表には出ない心の問題を抱えた一人なのかもしれないが。
☆☆☆
木条邸に警官隊の第二陣が到着した。
「……えらい事態になったな」
「早見先輩、死体見て気分悪くなってない? 大丈夫スか?」
郷島と道庭の顔を見て凜々花はホッとした。
鑑識班が大広間を封鎖して調査をしている間、鈴木と凜々花は別室で植草に話を聞くことになった。他の関係者達の事情聴取は、鈴木から状況説明された郷島と道庭が担当する。
洋風の応接間。まず植草をソファーに座らせてから、鈴木と凜々花も植草の対面にテーブルを挟んで腰かけた。
鈴木が口火を切った。
「早急にはっきりさせなければならないことが有ります。大広間で忠之さんが言っていましたが、勝成さんと従業員の戸田さんは不倫関係にあるのですか?」
下衆な質問だが知っておく必要が有る。勝成と戸田に強い結び付きが存在するのなら、二人の共犯説に説得力が出てくるのだ。
「その通りでございます」
植草は顔の皺を更に深くして、一つ大きな溜息を吐いた。
「お疲れのところ申し訳ありません」
凜々花の謝罪は心からのものだが、体調不良の植草にすまないと思う以上に、真実を知りたいという感情の方が大きくなっていた。
「お気になさらずに。私は警部さんに協力したいのです」
「僕に……ですか? 警察全体にではなくて?」
植草は力強い眼差しで鈴木を見た。
「奥様が殺された日、こちらへ来たのは別の刑事さん達でしたね」
「はい。僕が彼らから捜査を引き継ぎました」
「彼らは厳しい取り調べを行いましたが、それは使用人達にだけでした。木条の名を持つ香織様達には形式上の質問をしただけで、答えを精査するでもなくすぐに解放しておりました。私は何度も、奥様とお子様達は不仲だったと訴えたのですが」
初日は通報を受けた課長が、刑事課の部下を取り敢えず四人連れて現場へ急行したのだ。その中に木条の息が掛かった警官が居たのかもしれない。
(このままでは捜査に悪影響が出る。おそらく課長はそう判断して、鈴木氏をリーダーにした新チームを作ったのですな)
「それは明らかに怠慢でした。警察を代表して謝罪致します」
「いいえ。警部さんは全ての可能性を捜査すると仰って、木条家も使用人も関係無く調べて下さっています。信用できるお方だと思えました」
木条一族と一部警察官の癒着がこれでほぼ確定した。
覚悟していたとはいえ、身内の不正に凜々花は気が重くなった。
「だからテメェは戸田に指示を出して兄ちゃんに毒を盛ったんだ! 食中毒に見せかけようとしたら、毒が強過ぎてバレたって間抜けなオチだろ!? この人殺しが!!!!」
「そ、そんな、違う……」
勝成は完全に忠之の迫力に怯えていた。
「何が違うか言ってみろよ。兄ちゃんの次は俺を殺すつもりだったんだろ!?」
「俺はそんなこと……」
「やれるもんならやってみろ! その前に俺がテメェを殺してやるから!!」
物騒なことを喚き出した忠之を鈴木が宥めた。
「どうか落ち着いて下さい、忠之さん」
「落ち着けるかよ、引っ込んでろ!!」
忠之は再び暴れようとしたが、押さえ役の鈴木と田口がそれを許さなかった。
「くそっ……放せよ、警察の犬が!! 俺らの税金で生活してる分際で!!」
(忠之氏……。私達公務員も税金を払ってますぞ)
「捕まえるなら俺じゃなくあのデブにしろよ! この役立たず!! 刑事なんて辞めちまえ!!」
忠之が鈴木に罵詈雑言を雨あられと浴びせた。八つ当たりも含まれているのだろう。
しかし鈴木は引かなかった。
「安心して下さい。お兄さんを苦しめた者は僕達が必ず捕まえます。そして法の裁きを受けさせますから」
鈴木が忠之の横顔へ静かに、だが力強く宣言した。
「信じて下さい」
「………………」
忠之は鈴木の意志を受け止めたのか、身体の力を抜き両腕をダラリと下げた。
「田口さん、忠之さんをご両親と同じ部屋で休ませてあげて下さい」
「はい」
拍子抜けするくらい素直に、忠之は田口に伴われて大広間を出ていった。
(先程の暴挙は、お兄さんの死で錯乱してしまった故ですな。仲の良い兄弟に見えましたから……)
しんみりしている間に鈴木がまた正貴の遺体の傍へ行ったので、凜々花も続いた。
(う……。酷い……)
正貴の死は現実だった。昨日の夕方、凜々花に親切にしてくれた礼儀正しい青年は、苦悶の表情を顔面に貼り付けて息絶えていた。
きっと自分の身に何が起きたか解らぬまま、苦しみの中で彼はこの世を去ったのだ。まだこんなに若いのに。どうして。涙が零れそうになるのを凜々花は必死に堪えた。
(許しませぬぞ)
捜査に私情を持ち込んではいけない。それでも、正貴を死に追いやった者に沸く怒りを凜々花は止められなかった。
雪子の時も老人に対する蛮行に憤りを感じたが、凜々花は雪子という人物を知らなかったので、所詮は想像の中だけの怒りだった。
だけれど凜々花と正貴は出会っていた。
たった一日だけの知り合いだったが、言葉を交わし、笑顔を向けてくれた彼を彼女は知っていたのだ。
(絶対に犯人を捕まえます)
でも、いったい誰が。
(正貴氏を殺すだけの動機を持っているのは、当主になりたい勝成氏? でも……)
それなら勝成は、甥の正貴ではなく兄の正継を殺すべきだろう。
新しい当主が誕生するのは先代の四十九日法要が終わってから。正継はまだ当主の座に就いていないのだから、正継が居なくなれば弟の自分が当主になれるのだ。
(………………)
鈴木が言っていた。木条一族について詳しく知らないと、物事の本質を見逃してしまう気がすると。凜々花も今は同感だ。木条一族には表には出ていない問題がたくさん有りそうだ。
(やはり彼がキーマンとなるのでしょうか?)
使用人頭の植草。被害者の近親者と従業員、両側の事情に詳しい男。植草ならばきっと自分達の疑問に答えてくれると凜々花は期待した。
ひょっとしたら植草もまた、表には出ない心の問題を抱えた一人なのかもしれないが。
☆☆☆
木条邸に警官隊の第二陣が到着した。
「……えらい事態になったな」
「早見先輩、死体見て気分悪くなってない? 大丈夫スか?」
郷島と道庭の顔を見て凜々花はホッとした。
鑑識班が大広間を封鎖して調査をしている間、鈴木と凜々花は別室で植草に話を聞くことになった。他の関係者達の事情聴取は、鈴木から状況説明された郷島と道庭が担当する。
洋風の応接間。まず植草をソファーに座らせてから、鈴木と凜々花も植草の対面にテーブルを挟んで腰かけた。
鈴木が口火を切った。
「早急にはっきりさせなければならないことが有ります。大広間で忠之さんが言っていましたが、勝成さんと従業員の戸田さんは不倫関係にあるのですか?」
下衆な質問だが知っておく必要が有る。勝成と戸田に強い結び付きが存在するのなら、二人の共犯説に説得力が出てくるのだ。
「その通りでございます」
植草は顔の皺を更に深くして、一つ大きな溜息を吐いた。
「お疲れのところ申し訳ありません」
凜々花の謝罪は心からのものだが、体調不良の植草にすまないと思う以上に、真実を知りたいという感情の方が大きくなっていた。
「お気になさらずに。私は警部さんに協力したいのです」
「僕に……ですか? 警察全体にではなくて?」
植草は力強い眼差しで鈴木を見た。
「奥様が殺された日、こちらへ来たのは別の刑事さん達でしたね」
「はい。僕が彼らから捜査を引き継ぎました」
「彼らは厳しい取り調べを行いましたが、それは使用人達にだけでした。木条の名を持つ香織様達には形式上の質問をしただけで、答えを精査するでもなくすぐに解放しておりました。私は何度も、奥様とお子様達は不仲だったと訴えたのですが」
初日は通報を受けた課長が、刑事課の部下を取り敢えず四人連れて現場へ急行したのだ。その中に木条の息が掛かった警官が居たのかもしれない。
(このままでは捜査に悪影響が出る。おそらく課長はそう判断して、鈴木氏をリーダーにした新チームを作ったのですな)
「それは明らかに怠慢でした。警察を代表して謝罪致します」
「いいえ。警部さんは全ての可能性を捜査すると仰って、木条家も使用人も関係無く調べて下さっています。信用できるお方だと思えました」
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