腐女子のバディは最推し警部 ~騎馬一族の殺人~

水無月礼人

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毒(四)

「奥様の……、雪子様の仇を取って下さい」

 やっぱりだ。植草の行動原理は雪子の仇討ちだった。

「植草さんは、雪子さんを本当に大切に思っていらしたのですね」
「私の主は雪子様だけです」

 植草は即答した。

「先代の保正様は横暴な方でした。いえ、保正様に限らずに木条家の方はみんな傲慢ごうまんで、使用人を消耗品扱いされています。私は何度もお勤めを辞めようと考えましたし、実際に辞めていく者も多くりました。私が五十年もの間このお屋敷に仕えてこられたのは、ひとえに雪子様が何かと気を配って下さったおかげです」
「優しい方だったのですね」

 鈴木の相槌あいづちへ植草は大きく頷いた。

「……はい。そして気の毒な方でした」
「気の毒、とは?」
「私の母から聞いた話ですが……」

 植草は過去を思い出して遠い目をした。

「雪子様はお若い頃に馬参道ばさんどう小町と称されるほどに、この地域では有名な美人だったそうです。その美しさを見初みそめた保正様に求婚されましたが、当時の雪子様には既に、恋人と呼べるお相手がいらっしゃったのです」

 鈴木と凜々花は続きを予想できた。横暴で傲慢ごうまんな木条の人間が、すんなり雪子を諦めるはずがない。

「将来結婚を約束していた仲だったそうですが、雪子様と青年は引き離されました。雪子様のご実家は、木条家から土地を借りて農業を営んでいらしたので、木条の申し出を無下むげにできる立場になかったのです」

 家族の為に雪子は人身御供ひとみごくうとなった訳だ。

「青年の方はすんなり引き下がったのですか?」 
「いいえ。彼は何度も雪子様のご実家に足を運んで、雪子様と話をしようとこころみました」

 雪子が木条雪子となっているのだから、青年の想いは叶わなかったのだ。

「青年は雪子様に逢えませんでした。青年だけではなく地域の人間も、木条と結納を交わした日から婚礼の日まで、雪子様の姿を全く見かけなかったそうです。おそらくは家に軟禁されていたのだと母は言いました」
「雪子さんと別れた青年はその後、別の方と結婚を?」
「……いいえ……」

 植草の声に憐れみの響きが含まれた。

「青年は町のチンピラ達に酷いリンチを受けて、後遺症が残るほどの大怪我を負ったそうです。しばらくしてからご家族と共に、地域から引っ越していったと聞きました」

(恋人を奪ったばかりか暴力まで……。酷いですぞ……)

 凜々花はこぶしを握って怒りを抑えた。

「……青年を襲った加害者達は捕まりましたか?」
「いいえ。先に青年の方から喧嘩を吹っ掛けてきたと彼らは証言したそうで、正当防衛として処理されました」
「複数人で一人に、後遺症が出るほどの怪我を負わせたのにもかかわらず、正当防衛ですか」 
「そうです。チンピラ達は木条に雇われた者達だったと……、だから警察は見逃したのだと私は考えております」

 躊躇ためらわず言い切った植草の身を凜々花は案じた。彼だって今は木条に雇われる身だ。弱者の立場であるはずなのに。
 凜々花の表情から心中を察したのか、植草は彼女へ穏やかに宣言した。

「私は雪子様の遺品整理が済み次第、お暇を頂こうと思っております」
「えっ、お辞めになる!?」
「はい。雪子様がいらっしゃらないのなら、お屋敷にも馬参道ばさんどう町にも未練はございません。両親はとうに亡くなっておりますし、独り身でありますので気楽なものです。どこか別の地で静かに余生を過ごすつもりです」

(植草氏には家族と呼べる人が居なかったのですか……。寂しさから余計に雪子どのを慕う気持ちが強くなったのかもしれませぬな)
 
「雪子様は木条家に輿入れしてから三人のお子様に恵まれましたが、全てのお子を正子ショウコ様に取り上げられてしまいました」 
「ショウコ様とは、どなたですか?」

 資料に無かった、初めて知る名前だった。

「正子様は保正様のお母様で、珍しい女当主でした。雪子様にとってはお姑に当たる方です」

 凜々花が推測する。

(ショウコを正子と書くのなら、彼女は木条の直系で、おそらく長女ですな。男子が産まれなかったので、長女が入婿いりむこを取って家を継いだのでしょう)

 正子、保正、正継、正貴。騎崎家には後継者となる第一子の名前に、「正」の字を入れるローカルルールが有るらしい。逆に考えて文字が入っていない者が当主になった時代は、後継者に何かが起きたと考えていいだろう。 

「姑が子供を取り上げたのですか?」 
「木条家に相応ふさわしい子供の養育は、外から来た嫁には無理だとおっしゃられたそうで。それからお子様達は正子様と共に母屋で、雪子様は離れに、それぞれ別れてお暮しになったのです」 

(なんと罪深い。母親から子供を奪うなんて)

「正子様が亡くなった後に、ようやくお子様達は雪子様の元に戻されました。しかし末っ子の香織様ですら小学二年生におなりでして、すっかり性格ができ上がっていた年齢でした」

 植草の溜め息の音がした。

「私はその時期、既にお屋敷に仕えておりましたが……、お三人ともそれはもう、木条本家の独特な価値観をしっかり刷り込まれておいででした」

 人格形成上とても大切な幼少期や思春期を、歪んだ思想を持つ祖母と過ごしてしまったのだ。鈴木と凜々花は正子と面識が無いが、彼女に育てられた三兄妹を見れば、どのような女性だったのかだいたいの想像がついた。
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