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毒(五)
「雪子様は根気よく、お子様達に思いやりの心を教えようとなさいました。ですが自分達を特別だと信じ込んだあの方々に、雪子様の言葉は届きませんでした。そればかりか、母親である雪子様を邪魔者扱いするようになったのです」
何をしても許される特別な環境に居る子供達にとって、世間の良識を説こうとする母は疎ましい存在でしかなかったのだ。子供達を愛しているからこそ、口うるさくしたのだろうに。
「雪子様も母屋で生活するようになったというのに、お子様達は雪子様のお部屋に寄り付きもしませんでした。ダイニングの食事で顔を合わせた際も、会話はほとんど無かったように記憶しております」
「……父親の保正さんは、子供達にどう接していたのですか?」
「保正様は子供に興味が無いご様子でした。家庭内はかなり冷え切っていたと思います」
(無理矢理お嫁さんにしたというのに、保正氏は雪子どののフォローを一切しなかったのでありますか……!)
二次元を愛する凜々花とて結婚に対する憧れは有る。雪子に深く同情してしまった。
(三人も子供をもうけておきながらノータッチとは。亡くなった相手にかける言葉ではありませんが……、保正、地獄へ落ちるがよろしい)
「それでもお子様達は、保正様の言う事には素直に従っておりました。当主は絶対的存在、それ以外は取るに足らない存在、そのような教育を正子様がされましたから」
「実の母親ですらその対象になるのですか?」
鈴木は明らかに呆れていた。
「そうでございます。お子様達は雪子様に対して無視……と申しますか、存在自体を否定する様な態度で……いつも……」
植草の肩が僅かに震えていた。彼の無念さが伝わってくる。
「保正さんが亡くなって遺産相続の話が出る前から、雪子さんとお子さん達の仲は悪かったのですね。大きな喧嘩に発展したことは有りましたか?」
「そうですね……」
植草は目を閉じて記憶を手繰り寄せた。
「……ございました。私が記憶している限りで一度だけ。穏やかな雪子様が、香織様を平手打ちされたのです」
(香織どのか。あやつなら折檻やむなし。性根が腐っておりますからな)
「後継順位が低いという理由で、香織様は自分のお子様達をぞんざいに扱われます。雪子様はそれが許せなかったのです」
「……達?」
植草は妙な複数形を付けた。
「香織さんのお子さんは、伊織さんだけではないのですか?」
「はい。二歳年下の妹君が居られました。美しく織ると書いて美織様です。十八歳で亡くなられました」
木条家の死者は他にも居たのか。
(母が香織、長男が伊織、長女が美織……)
鈴木がソファーから身を乗り出した。
「美織さんのことを詳しく教えて下さい。何故彼女は亡くなったのですか?」
「美織様は……、とても美しく聡明なお嬢様で、お顔も性格も伊織様によく似ていらっしゃいました」
「えぇ、あの伊織さんと似て聡明……?」
凜々花が失礼な台詞をうっかり口にしてしまった。植草が初めて笑みを見せた。
「伊織様は今ではすっかりやる気を失くされてしまいましたが、元々は快活な少年だったのですよ。忠之様とお歳が同じなせいで苦労なされたのです」
「どうして忠之さんと同い歳だと駄目なんですか?」
「あちらは本家、当主の家系ですから。分家筋の人間が、本家の人間より良い成績を取ってはならない、そう香織様に言われ続けて伊織様は萎縮してしまったのです。雪子様が香織様を怒ったのはこれが原因でした。素直に子供の頑張りを褒めてあげなさいと」
殿と家臣の間柄だから。香織はそう言っていた。
(あの女人、冗談ではなく本気で言っていたのですか。雪子どのから愛の鉄拳制裁を食らっても軌道修正しないとは。なんて業の深い……!)
「植草さん、美織さんの死亡時のことを教えて下さい」
鈴木が話を戻した。
「美織様は馬宿川で溺れて亡くなったのです。町の西外れに在る川です。水遊びの最中に、足を滑らしたのだろうと言われています」
凜々花のメモ長の情報が増えていく。
「お友達と一緒だったのですか?」
「いいえ、お一人でした」
「美織さんは普段から、川にはよく行かれたのですか?」
「いいえ。ただその日は、美織様が通われていた高校の卒業式が行われた日でした。式の後で気分が高揚して、はしゃいでしまったのではないかと刑事が言っていました」
「……市警察の刑事ですよね?」
「はい」
鈴木は腕組をして口をへの字に結んだ。
木条家と懇意にしている警官が事件を担当していたなら、正しい捜査が行われていない可能性が高い。美織の件は後で洗う必要が有るかもしれない。
「美織さんは誰かに恨まれていたり、または何かを悩んでいるような素振りをしていませんでしたか?」
「そんな、人から恨まれるような方ではありません。私達使用人は陰で言い合ったものですよ、雪子様の優しさが美織様に隔世遺伝したと。お悩みについては存知かねます。いつも通り明るい挨拶の後に学校へ向かわれたのです。まさか帰り道に、あんな惨い目に遭われるなんて……。この時ばかりはさすがに香織様も泣かれていました」
香織にも母の心は存在していたようだと、少しだけ凜々花は救われた気持ちになった。
何をしても許される特別な環境に居る子供達にとって、世間の良識を説こうとする母は疎ましい存在でしかなかったのだ。子供達を愛しているからこそ、口うるさくしたのだろうに。
「雪子様も母屋で生活するようになったというのに、お子様達は雪子様のお部屋に寄り付きもしませんでした。ダイニングの食事で顔を合わせた際も、会話はほとんど無かったように記憶しております」
「……父親の保正さんは、子供達にどう接していたのですか?」
「保正様は子供に興味が無いご様子でした。家庭内はかなり冷え切っていたと思います」
(無理矢理お嫁さんにしたというのに、保正氏は雪子どののフォローを一切しなかったのでありますか……!)
二次元を愛する凜々花とて結婚に対する憧れは有る。雪子に深く同情してしまった。
(三人も子供をもうけておきながらノータッチとは。亡くなった相手にかける言葉ではありませんが……、保正、地獄へ落ちるがよろしい)
「それでもお子様達は、保正様の言う事には素直に従っておりました。当主は絶対的存在、それ以外は取るに足らない存在、そのような教育を正子様がされましたから」
「実の母親ですらその対象になるのですか?」
鈴木は明らかに呆れていた。
「そうでございます。お子様達は雪子様に対して無視……と申しますか、存在自体を否定する様な態度で……いつも……」
植草の肩が僅かに震えていた。彼の無念さが伝わってくる。
「保正さんが亡くなって遺産相続の話が出る前から、雪子さんとお子さん達の仲は悪かったのですね。大きな喧嘩に発展したことは有りましたか?」
「そうですね……」
植草は目を閉じて記憶を手繰り寄せた。
「……ございました。私が記憶している限りで一度だけ。穏やかな雪子様が、香織様を平手打ちされたのです」
(香織どのか。あやつなら折檻やむなし。性根が腐っておりますからな)
「後継順位が低いという理由で、香織様は自分のお子様達をぞんざいに扱われます。雪子様はそれが許せなかったのです」
「……達?」
植草は妙な複数形を付けた。
「香織さんのお子さんは、伊織さんだけではないのですか?」
「はい。二歳年下の妹君が居られました。美しく織ると書いて美織様です。十八歳で亡くなられました」
木条家の死者は他にも居たのか。
(母が香織、長男が伊織、長女が美織……)
鈴木がソファーから身を乗り出した。
「美織さんのことを詳しく教えて下さい。何故彼女は亡くなったのですか?」
「美織様は……、とても美しく聡明なお嬢様で、お顔も性格も伊織様によく似ていらっしゃいました」
「えぇ、あの伊織さんと似て聡明……?」
凜々花が失礼な台詞をうっかり口にしてしまった。植草が初めて笑みを見せた。
「伊織様は今ではすっかりやる気を失くされてしまいましたが、元々は快活な少年だったのですよ。忠之様とお歳が同じなせいで苦労なされたのです」
「どうして忠之さんと同い歳だと駄目なんですか?」
「あちらは本家、当主の家系ですから。分家筋の人間が、本家の人間より良い成績を取ってはならない、そう香織様に言われ続けて伊織様は萎縮してしまったのです。雪子様が香織様を怒ったのはこれが原因でした。素直に子供の頑張りを褒めてあげなさいと」
殿と家臣の間柄だから。香織はそう言っていた。
(あの女人、冗談ではなく本気で言っていたのですか。雪子どのから愛の鉄拳制裁を食らっても軌道修正しないとは。なんて業の深い……!)
「植草さん、美織さんの死亡時のことを教えて下さい」
鈴木が話を戻した。
「美織様は馬宿川で溺れて亡くなったのです。町の西外れに在る川です。水遊びの最中に、足を滑らしたのだろうと言われています」
凜々花のメモ長の情報が増えていく。
「お友達と一緒だったのですか?」
「いいえ、お一人でした」
「美織さんは普段から、川にはよく行かれたのですか?」
「いいえ。ただその日は、美織様が通われていた高校の卒業式が行われた日でした。式の後で気分が高揚して、はしゃいでしまったのではないかと刑事が言っていました」
「……市警察の刑事ですよね?」
「はい」
鈴木は腕組をして口をへの字に結んだ。
木条家と懇意にしている警官が事件を担当していたなら、正しい捜査が行われていない可能性が高い。美織の件は後で洗う必要が有るかもしれない。
「美織さんは誰かに恨まれていたり、または何かを悩んでいるような素振りをしていませんでしたか?」
「そんな、人から恨まれるような方ではありません。私達使用人は陰で言い合ったものですよ、雪子様の優しさが美織様に隔世遺伝したと。お悩みについては存知かねます。いつも通り明るい挨拶の後に学校へ向かわれたのです。まさか帰り道に、あんな惨い目に遭われるなんて……。この時ばかりはさすがに香織様も泣かれていました」
香織にも母の心は存在していたようだと、少しだけ凜々花は救われた気持ちになった。
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