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毒(六)
「美織さんの高校卒業後の進路は決まっていたのですか?」
鈴木が美織について掘り下げる。
「いえ、香織様が女子には学問も就職も不要とのお考えですので。生きておられたら花嫁修業という名目で、見合い結婚までお屋敷でブラブラ過ごすことになったと思います。香織様ご自身が娘時代そうでしたから」
(……………………)
凜々花は再度暗い気持ちになった。彼女は美織と自分を重ねていた。
「美織さんが進学を希望して、香織さんと衝突したりはしませんでした?」
「まだ伊織様や美織様が幼い頃には、親子喧嘩はしょっちゅうでした。ですが大きくなられてからは、そういった場面を見ることは無くなりました。性格は違いましたが美織様は香織様を慕っていらしたし、見合い結婚にも納得されていたご様子でした」
(納得……できたのですか)
メモを取る凜々花のペンが止まった。
(それならば、進路のことで追い詰められて自殺した訳ではなさそうですな。十八歳の女の子が一人で水遊びは不自然だと思いましたが、美織どのの死は事件性の無い単純な事故だったのでしょうか?)
「そうですか。うーん…………」
鈴木が腕組みしたまま黙り込んでしまった。
「あの、鈴木さん?」
「すみません、ちょっと考えを整理したいんです。早見さん、あなたも知りたいことが有るのなら、今の内に植草さんに聞いておいて下さい」
鈴木からメイン質問権が譲渡された。急にスポットライトを浴びた凜々花は焦ったが、すぐにデキる女の空気を纏い直した。
「ええと、昼食会の席に望さんと彼女のお子さんの姿が在りませんでしたが、二人は今日の葬儀を欠席されたのですか?」
間抜けな質問だった。おおかた小さな子供がグズるから欠席、もしくは途中退席といったところだろう。
(せっかくの質問タ~イムに、こんなどうでもいいことを聞いてどうするのですか私は!!)
自己嫌悪に陥った凜々花であったが、
「良い質問です早見さん!」
思考中だったはずの鈴木が目を輝かせて絶賛してくれた。彼は植草に向き直って尋ねた。
「望さん母子は木条の姓を名乗ってはいますが、籍は入っていないのですよね? 本日欠席されたのはその辺りが影響しているのでしょうか?」
「え、そうだったのですか!?」
驚いたのは隣に座る凜々花だ。
(望どのは未婚の母だった!?)
鈴木が謝罪する。
「伝えてなくてすみません。僕もついさっき知ったんですよ。ほら、お屋敷に着いてすぐ、課長から電話が有ったでしょう?」
「はい」
署長が別の刑事を現場に入れようとしていると、警告をされたあの電話だ。
「その時に、資料に記載漏れした情報が有ったと教えられたんです」
「それが望さんについて……?」
「そうです」
「あの」
植草が遠慮がちに割り込んだ。
「警部さんは、望様のことをどこまでご存知なのですか?」
質問を質問で返されたが鈴木は答えた。
「望さんの本名が熊谷望で、現在は勝成さんと内縁状態にある、それしか知りません。望さんはこちらの出身ではありませんよね?」
「はい。出身は東北らしいのですが、勝成様とは東京で知り合ったそうです。勝成様には東京出張の際に立ち寄られるお店が有るのですが、望様はそちらで働かれていました。お二人は客とホステスという間柄だったのです」
凜々花の眉間に縦皺が刻まれた。
(望どのは働いていた当時、ちゃんと十八歳以上だったのでしょうか? 未成年だったから飲酒はしていませんよね? ……怪しいですぞ)
「就かれていた仕事が原因で、望さんは正式に結婚できなかったのですか?」
職業に貴賤は無いと言うが、木条の家が水商売に従事していた女性を受け入れるとは思えなかった。
「それも有ります」
「他にも要因が?」
「それが、その……」
積極的な証言を約束してくれたはずの植草が言い澱んだ。
「ここから先はとても下世話な話となります。勝成様には望様の前にも奥様が居られましたが、その方との離婚の時に一悶着有りまして……」
「前橋恵美子さんですね?」
鈴木が出した名前を、植草は頷いて肯定した。
恵美子の名前は凜々花も知っていた。資料の勝成の欄に前妻として載っていたから 。
「望さんと違って恵美子さんは、婚姻中、ちゃんと木条の籍に入っていましたよね?」
「はい。前橋家は木条家には及ばないものの、隣地区の名士の家柄でしたから。しかし結婚後十年経っても、お二人は子宝に恵まれませんでした。木条家の方々は、それを恵美子様だけのせいにしたのです」
医学知識の無い昔は、不妊原因は女性側に有ると頑なに信じられていた。と言うよりも、男性側がそう思いたかったのだろう。嫁のせいにすることで己のプライドを守ったのだ。
実際には男性と女性、半々の確率なのに。
「無知は罪ですね」
凜々花の冷たい一言が応接間に響いた。
コホンと咳払いをしてから植草が続けた。
「恵美子様はお強い方で、ただ黙って責められはしませんでした。勝成様との離婚が決まった時、恵美子様は自分の身体には異常が無いとの診断書を、木条の皆様の眼前へ叩き付けたのです」
(爽快です! 恵美子どのはよくぞやりました! ヒューヒュー!!)
「男女の相性も有るでしょうし、勝成様は受診されていませんのではっきりとは申せませんが、この日から不妊の原因は勝成様の方に有ったのではないかと、そういった噂が使用人達の間に流れました。……ですから勝成様がある日突然、身籠った望様をお連れになった時は非常に驚きました」
鈴木と凜々花は顔を見合わせた。気まずい視線が交差した。
鈴木が美織について掘り下げる。
「いえ、香織様が女子には学問も就職も不要とのお考えですので。生きておられたら花嫁修業という名目で、見合い結婚までお屋敷でブラブラ過ごすことになったと思います。香織様ご自身が娘時代そうでしたから」
(……………………)
凜々花は再度暗い気持ちになった。彼女は美織と自分を重ねていた。
「美織さんが進学を希望して、香織さんと衝突したりはしませんでした?」
「まだ伊織様や美織様が幼い頃には、親子喧嘩はしょっちゅうでした。ですが大きくなられてからは、そういった場面を見ることは無くなりました。性格は違いましたが美織様は香織様を慕っていらしたし、見合い結婚にも納得されていたご様子でした」
(納得……できたのですか)
メモを取る凜々花のペンが止まった。
(それならば、進路のことで追い詰められて自殺した訳ではなさそうですな。十八歳の女の子が一人で水遊びは不自然だと思いましたが、美織どのの死は事件性の無い単純な事故だったのでしょうか?)
「そうですか。うーん…………」
鈴木が腕組みしたまま黙り込んでしまった。
「あの、鈴木さん?」
「すみません、ちょっと考えを整理したいんです。早見さん、あなたも知りたいことが有るのなら、今の内に植草さんに聞いておいて下さい」
鈴木からメイン質問権が譲渡された。急にスポットライトを浴びた凜々花は焦ったが、すぐにデキる女の空気を纏い直した。
「ええと、昼食会の席に望さんと彼女のお子さんの姿が在りませんでしたが、二人は今日の葬儀を欠席されたのですか?」
間抜けな質問だった。おおかた小さな子供がグズるから欠席、もしくは途中退席といったところだろう。
(せっかくの質問タ~イムに、こんなどうでもいいことを聞いてどうするのですか私は!!)
自己嫌悪に陥った凜々花であったが、
「良い質問です早見さん!」
思考中だったはずの鈴木が目を輝かせて絶賛してくれた。彼は植草に向き直って尋ねた。
「望さん母子は木条の姓を名乗ってはいますが、籍は入っていないのですよね? 本日欠席されたのはその辺りが影響しているのでしょうか?」
「え、そうだったのですか!?」
驚いたのは隣に座る凜々花だ。
(望どのは未婚の母だった!?)
鈴木が謝罪する。
「伝えてなくてすみません。僕もついさっき知ったんですよ。ほら、お屋敷に着いてすぐ、課長から電話が有ったでしょう?」
「はい」
署長が別の刑事を現場に入れようとしていると、警告をされたあの電話だ。
「その時に、資料に記載漏れした情報が有ったと教えられたんです」
「それが望さんについて……?」
「そうです」
「あの」
植草が遠慮がちに割り込んだ。
「警部さんは、望様のことをどこまでご存知なのですか?」
質問を質問で返されたが鈴木は答えた。
「望さんの本名が熊谷望で、現在は勝成さんと内縁状態にある、それしか知りません。望さんはこちらの出身ではありませんよね?」
「はい。出身は東北らしいのですが、勝成様とは東京で知り合ったそうです。勝成様には東京出張の際に立ち寄られるお店が有るのですが、望様はそちらで働かれていました。お二人は客とホステスという間柄だったのです」
凜々花の眉間に縦皺が刻まれた。
(望どのは働いていた当時、ちゃんと十八歳以上だったのでしょうか? 未成年だったから飲酒はしていませんよね? ……怪しいですぞ)
「就かれていた仕事が原因で、望さんは正式に結婚できなかったのですか?」
職業に貴賤は無いと言うが、木条の家が水商売に従事していた女性を受け入れるとは思えなかった。
「それも有ります」
「他にも要因が?」
「それが、その……」
積極的な証言を約束してくれたはずの植草が言い澱んだ。
「ここから先はとても下世話な話となります。勝成様には望様の前にも奥様が居られましたが、その方との離婚の時に一悶着有りまして……」
「前橋恵美子さんですね?」
鈴木が出した名前を、植草は頷いて肯定した。
恵美子の名前は凜々花も知っていた。資料の勝成の欄に前妻として載っていたから 。
「望さんと違って恵美子さんは、婚姻中、ちゃんと木条の籍に入っていましたよね?」
「はい。前橋家は木条家には及ばないものの、隣地区の名士の家柄でしたから。しかし結婚後十年経っても、お二人は子宝に恵まれませんでした。木条家の方々は、それを恵美子様だけのせいにしたのです」
医学知識の無い昔は、不妊原因は女性側に有ると頑なに信じられていた。と言うよりも、男性側がそう思いたかったのだろう。嫁のせいにすることで己のプライドを守ったのだ。
実際には男性と女性、半々の確率なのに。
「無知は罪ですね」
凜々花の冷たい一言が応接間に響いた。
コホンと咳払いをしてから植草が続けた。
「恵美子様はお強い方で、ただ黙って責められはしませんでした。勝成様との離婚が決まった時、恵美子様は自分の身体には異常が無いとの診断書を、木条の皆様の眼前へ叩き付けたのです」
(爽快です! 恵美子どのはよくぞやりました! ヒューヒュー!!)
「男女の相性も有るでしょうし、勝成様は受診されていませんのではっきりとは申せませんが、この日から不妊の原因は勝成様の方に有ったのではないかと、そういった噂が使用人達の間に流れました。……ですから勝成様がある日突然、身籠った望様をお連れになった時は非常に驚きました」
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