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毒(七)
「保正様が望様の身辺調査をさせたところ、望様は東北の高校を中退後に上京されたのですが、あの、地元でも東京でも、軽犯罪で何度も警察に補導されていたそうです」
万引き、家出、あとは未成年者の深夜徘徊といったところか。
話す植草は何度も溜め息を吐いている。
「加えて、異性関係も派手だった模様で」
(純粋な交際ですかね? パパ活なんじゃ……)
「先代当主・保正様に大反対され、望様は木条の人間に加えられませんでした」
望のやってきたことを考えたら、一般家庭の縁談でもお断りされるだろう。
「生まれて来た子供、晴臣さんは今どういった立場に居るのですか?」
「お可哀想に、認知もされておりません」
(認知すら……。子供に罪は無いのに)
「保正様が、親子関係が証明できない限りは、入籍も認知もさせないと言い張られまして。そういった検査が有るそうですね」
「親子のDNA鑑定ですね。勝成さんと望さんは検査をしなかったのですか?」
「はい。勝成様が、妻と子を疑うような真似はしたくないと仰られて」
それだけ聞くと妻子を護る頼もしい夫だが、本当は勝成も検査結果を恐れているのだろう。
「そういった訳で、望様と晴臣様は木条一族として、他の皆様から認められていない状態なのです。ですから法事を含めた木条家でのイベントを、お二人はいつも欠席なさっています」
昨日、望が居たのは警察に呼ばれた故だった。
「正継さんや香織さんは、望さんに良い印象を持っていないのでしょうね?」
「だと思われます。香織様は勝成様に会われる度に、望様との離縁を勧めておられます。正継様に至っては、望様を木条の毒だと明言されておいでです」
毒というワードに凜々花はドキリとさせられた。
木条の毒と呼ばれた望。正貴の命を奪ったのも毒だった。それが心に引っ掛かって、凜々花は植草に尋ねた。
「親世代が望さんを排除したいと考えていて、子供達はどうなのでしょう? 伊織さんに忠之さんに、……亡くなった正貴さん。彼らと望さんとの間に交流らしきものは有ったのでしょうか?」
「望様はお屋敷にほとんど来られませんから、交流と呼べるものは……いや、待てよ」
植草は何かを思い出したようだ。
「二年位前までは望様も、晴臣様を連れてお屋敷によく顔を出されていたのです。晴臣様が血の繋がった孫かもしれないという可能性が有る限り、保正様もあまり無下にはできなかったのでしょうね」
優しい雪子の執り成しが有ったのかもしれない。
「ですが望様が、正貴様や忠之様と携帯電話のアドレスを交換されようとなさいまして、その行為が保正様の逆鱗に触れたのです。子供を持つ母親が独身男に媚びを売るとは何事かと、保正様は大層なお怒りでした。それから望様と晴臣様はお屋敷に出入り禁止となったのです」
望にしてみればただ単に、知らない土地に嫁いできた寂しさを紛らわす為に、同世代の若い友人が欲しかっただけかもしれない。だけれど異性にだらしなかったという過去が、今の彼女から信用を失わせた。
「結局アドレスは交換できたのでしょうか?」
「そこまでは判りかねます」
「アドレスが渡ったとしたら、後で連絡を取り合って、屋敷の外で彼らが会っていたという線が出てきますね」
(望どのとあの兄弟達に親交が有ったとしたら……)
凜々花は仮説を頭の中に立ててみた。
(軽い性格の忠之氏は望どのと気が合いそうですな。昨日、だいぶ年上の私をナンパするくらい見境が無い男子ですから)
意気投合した忠之と望は陰でコッソリ付き合い始めた。それを知った真面目な性格の正貴が二人を咎めた。別れるようにと。
根に持った望が正貴に毒を盛って……。
(だけれど今日欠席している望どのに、毒を料理に仕込む時間は無いですな)
では忠之が兄をその手に掛けた。
(いやいや、それは無いでしょう)
先程の兄を亡くした忠之の嘆き、あれが演技なら有名映画祭で主演男優賞を獲れる。
「……早見さん、お顔が怖いです」
凜々花を見る鈴木が困った顔をしていた。脳内で一人ノリツッコミをしている間に、どうやら彼女は珍しく百面相をしていたようだ。
「考えがまとまりませんよね、僕もです。今日はもう署に戻って情報を整理しましょう」
(それがいいですな。鑑識チームの調査結果も合わせて考えたいですし)
二人はソファーを立ち植草に一礼した。
「ご協力ありがとうございました。情報提供者としてのあなたの名前は、木条の方々には決して漏らしませんので」
植草も立ち上がって応じた。
「私のことはお気になさらず、どうせ辞める身です。最後に騎馬将軍の一族に一矢を報いてやる所存ですよ」
やつれた頬をした男は、瞳に意志の炎を灯し朗らかに笑った。戦場で虎視眈々と大将首を狙う雑兵は、こんな顔をしていたのかもしれない。
(植草氏、傍観者のままでいてくれるでしょうか。雪子どのの為に復讐の鬼とならなければ良いのですが)
この地域で栄華を極めた木条一族は今、大きな岐路に立たされていた。
事件捜査は市警察の担当と表面上はなっているが、鈴木が前面に出て指揮を執るということは、事実上の県警本部の介入である。
地元警察や議会と癒着し、これまで木条一族が闇に葬ってきた後ろ暗い過去が、ついに白日の元に晒されようとしていた。
(スキャンダルが木条を倒すのでしょうか)
盛者必衰とは世の理。木条に滅びの時が訪れるとしたら、それは今なのかもしれない。
時代が移り変わる度に、この国では多くの血が流れてきた。果たして、木条という古い支配制度が終焉を迎える時、ここ馬参道町では何が起きるのだろう。
一抹の不安を残しながら、鈴木と凜々花は屋敷を後にしたのであった。
四月四日 木条正貴 死亡(享年二十七歳)
万引き、家出、あとは未成年者の深夜徘徊といったところか。
話す植草は何度も溜め息を吐いている。
「加えて、異性関係も派手だった模様で」
(純粋な交際ですかね? パパ活なんじゃ……)
「先代当主・保正様に大反対され、望様は木条の人間に加えられませんでした」
望のやってきたことを考えたら、一般家庭の縁談でもお断りされるだろう。
「生まれて来た子供、晴臣さんは今どういった立場に居るのですか?」
「お可哀想に、認知もされておりません」
(認知すら……。子供に罪は無いのに)
「保正様が、親子関係が証明できない限りは、入籍も認知もさせないと言い張られまして。そういった検査が有るそうですね」
「親子のDNA鑑定ですね。勝成さんと望さんは検査をしなかったのですか?」
「はい。勝成様が、妻と子を疑うような真似はしたくないと仰られて」
それだけ聞くと妻子を護る頼もしい夫だが、本当は勝成も検査結果を恐れているのだろう。
「そういった訳で、望様と晴臣様は木条一族として、他の皆様から認められていない状態なのです。ですから法事を含めた木条家でのイベントを、お二人はいつも欠席なさっています」
昨日、望が居たのは警察に呼ばれた故だった。
「正継さんや香織さんは、望さんに良い印象を持っていないのでしょうね?」
「だと思われます。香織様は勝成様に会われる度に、望様との離縁を勧めておられます。正継様に至っては、望様を木条の毒だと明言されておいでです」
毒というワードに凜々花はドキリとさせられた。
木条の毒と呼ばれた望。正貴の命を奪ったのも毒だった。それが心に引っ掛かって、凜々花は植草に尋ねた。
「親世代が望さんを排除したいと考えていて、子供達はどうなのでしょう? 伊織さんに忠之さんに、……亡くなった正貴さん。彼らと望さんとの間に交流らしきものは有ったのでしょうか?」
「望様はお屋敷にほとんど来られませんから、交流と呼べるものは……いや、待てよ」
植草は何かを思い出したようだ。
「二年位前までは望様も、晴臣様を連れてお屋敷によく顔を出されていたのです。晴臣様が血の繋がった孫かもしれないという可能性が有る限り、保正様もあまり無下にはできなかったのでしょうね」
優しい雪子の執り成しが有ったのかもしれない。
「ですが望様が、正貴様や忠之様と携帯電話のアドレスを交換されようとなさいまして、その行為が保正様の逆鱗に触れたのです。子供を持つ母親が独身男に媚びを売るとは何事かと、保正様は大層なお怒りでした。それから望様と晴臣様はお屋敷に出入り禁止となったのです」
望にしてみればただ単に、知らない土地に嫁いできた寂しさを紛らわす為に、同世代の若い友人が欲しかっただけかもしれない。だけれど異性にだらしなかったという過去が、今の彼女から信用を失わせた。
「結局アドレスは交換できたのでしょうか?」
「そこまでは判りかねます」
「アドレスが渡ったとしたら、後で連絡を取り合って、屋敷の外で彼らが会っていたという線が出てきますね」
(望どのとあの兄弟達に親交が有ったとしたら……)
凜々花は仮説を頭の中に立ててみた。
(軽い性格の忠之氏は望どのと気が合いそうですな。昨日、だいぶ年上の私をナンパするくらい見境が無い男子ですから)
意気投合した忠之と望は陰でコッソリ付き合い始めた。それを知った真面目な性格の正貴が二人を咎めた。別れるようにと。
根に持った望が正貴に毒を盛って……。
(だけれど今日欠席している望どのに、毒を料理に仕込む時間は無いですな)
では忠之が兄をその手に掛けた。
(いやいや、それは無いでしょう)
先程の兄を亡くした忠之の嘆き、あれが演技なら有名映画祭で主演男優賞を獲れる。
「……早見さん、お顔が怖いです」
凜々花を見る鈴木が困った顔をしていた。脳内で一人ノリツッコミをしている間に、どうやら彼女は珍しく百面相をしていたようだ。
「考えがまとまりませんよね、僕もです。今日はもう署に戻って情報を整理しましょう」
(それがいいですな。鑑識チームの調査結果も合わせて考えたいですし)
二人はソファーを立ち植草に一礼した。
「ご協力ありがとうございました。情報提供者としてのあなたの名前は、木条の方々には決して漏らしませんので」
植草も立ち上がって応じた。
「私のことはお気になさらず、どうせ辞める身です。最後に騎馬将軍の一族に一矢を報いてやる所存ですよ」
やつれた頬をした男は、瞳に意志の炎を灯し朗らかに笑った。戦場で虎視眈々と大将首を狙う雑兵は、こんな顔をしていたのかもしれない。
(植草氏、傍観者のままでいてくれるでしょうか。雪子どのの為に復讐の鬼とならなければ良いのですが)
この地域で栄華を極めた木条一族は今、大きな岐路に立たされていた。
事件捜査は市警察の担当と表面上はなっているが、鈴木が前面に出て指揮を執るということは、事実上の県警本部の介入である。
地元警察や議会と癒着し、これまで木条一族が闇に葬ってきた後ろ暗い過去が、ついに白日の元に晒されようとしていた。
(スキャンダルが木条を倒すのでしょうか)
盛者必衰とは世の理。木条に滅びの時が訪れるとしたら、それは今なのかもしれない。
時代が移り変わる度に、この国では多くの血が流れてきた。果たして、木条という古い支配制度が終焉を迎える時、ここ馬参道町では何が起きるのだろう。
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