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見えざる敵(二)
褒められた郷島は得意げに語った。
「正貴が殺されたのが葬式最後の食事会だったからさ、葬儀のやり方や風習、関係が有りそうなことを一通り調べてみたんだよ。とはいっても、馬参道町出身の警官に聞きまくっただけなんだけどな」
「えっ、署の警官ですか!?」
「ああ。交通課だけれど気が合って、たまに一緒にメシする仲なんだ。いいヤツだぞ。おまえにも紹介しようか?」
凜々花は冷や汗を垂らしながら鈴木を見た。彼の笑顔は引き攣っていた。
「郷島さん、情報を得ることは良いとして、流しては駄目ですよ」
「心得ております。うかつに話した内容がマスコミに流れたら大変ですからね。こちらの捜査状況は警官にも一般人にも決して漏らしません」
(本当に頼みますぞ。マスメディアよりも、木条一族にこちらの動きがバレた方が困るのです。課長もきっと、捜査の進捗状況をあやふやに誤魔化して署長へ伝えてます)
「郷島先輩、早見先輩へホイホイ男を紹介するのやめて下さい。この人は男慣れしてないんですから、動揺して捜査に支障をきたしますよ」
「交通課の知り合いは女だぞ?」
「俺に紹介して下さい」
道庭と郷島の心底どうでもいいやり取りを鈴木はスルーした。
「ところで早見さんは、どうして寝ずの番に注目しているんです?」
「それなんですが、配偶者の居ない未亡人が亡くなった場合は、誰が番をするのか気になって」
「その場合は喪主が子供になりますね……。だったら更にその子供、未亡人にとって孫に当たる人物が寝ずの番に就くんじゃないですか?」
(孫……!)
凜々花は恐ろしい結論を導き出そうとしていた。
「孫の場合も長子……、初孫がやるのでしょうか?」
「おそらく。どうしてそんなことが気になるんですか?」
「正貴さんの事件に当てはめてみたんです。未亡人の雪子さんが殺されて、子の正継さんが喪主になって、孫の正貴さんが寝ずの番をした。その結果、正貴さんは屋敷に一泊して犯人に隙を見せることになりました」
(私の推理は馬鹿げている。だけれどこれだって可能性の一つ)
意を決して、凜々花は自分の考えを口にした。
「木条邸で起きた事件は同一犯による連続殺人事件で、犯人は正貴さんを屋敷で殺害する状況を作る為に、雪子さんを手に掛けたのではないでしょうか?」
凜々花以外の全員の目が大きく見開かれた。思いもしなかった仮説を披露されたのだ。
「は……はぁ!? 何スかそれ。雪子サンはついでで、真のターゲットは正貴だったてこと!?」
「……異常だろ。正貴をおびき寄せる為だけに、下準備で罪の無い雪子を殺したっておまえは言いたいのか?」
異常。そんなことをする奴が居たとしたら確かに異常だ。
「この線は無いですかね……」
自信を無くした凜々花は自分の主張を下げようとしたが、
「いいえ、無くはない説です」
鈴木が背中を押してくれた。
「殺人を、しかも計画して起こすような者の心理は、通常の人間とはだいぶ異なりますから」
「……まぁ、そうですね。でも本当に犯人が、早見の推測通りの動機で雪子を殺していたら怖いですよ」
「ええ怖いです。そして頭が良くて用意周到な人物。屋敷には常に複数の人の眼が在ったというのに、二つの事件はどちらも目撃者が居ません」
道庭がパイプイスの背にもたれた。
「二つ目の事件は悔しいっスね。警戒中だったのに僅かな隙を突かれたって感じ。犯人は鋼の心臓の持ち主で、まるで警察に挑戦しているみたいだ」
「挑戦……」
鈴木の片眉が上がった。
「挑戦か……」
再び呟いて鈴木は黙り込んでしまった。どうしたというのだろうか。他の刑事のように悔しがっている風には見えないが。
凜々花が鈴木に声をかけようとした時、四人の居る第二会議室に課長が入ってきた。危険を考慮して捜査官は二人以上での行動を推奨されているが、この日の課長は一人で外出していた。
お帰りなさいと皆が言う前に、課長が驚きの第一声を発した。
「望が落ちたぞ」
「えっ?」
警察で「落ちる」とは、自供したという意味の隠語だ。
「課長、若妻のトコに行ってたんスか? いやそれよりも、あの若妻が犯人だったんスか!?」
驚く部下達へ課長は手をヒラヒラ振って否定した。
「違う違う。望が正貴と男女の仲だったってことを白状したんだ」
「はいぃ!?」
(あの真面目そうな正貴の方ですか!?)
凜々花も望が不倫している可能性は考えたが、想定した相手は忠之だった。
混乱する部下とは対照的に落ち着いた様子で、課長も空いていたパイプイスに腰かけて会議のテーブルへ着いた。そして自分が得た情報を報告したのだ。
「二人の交際は二年前からだそうだ。正貴が仕事で外回りに出た際に、ついでに望の家にも寄るというよく有るパターンで、二人は長らく密会を重ねていたんだとさ」
(ガチですか。二年も前から!?)
二年前というと、望が兄弟とアドレスを交換しようとして保正を怒らせた年だ。あの時に望のアドレスは正貴へ渡り、彼らはそれを使って睦事に励んだ。
(あーあ……、なんてこったい)
凜々花は男性不審に陥りそうだった。
(私をナンパした忠之氏を咎めてくれたのに、裏ではそんな破廉恥なことをしていたなんて。あの好青年オーラにまんまと騙されましたぞ)
凜々花は正貴に好印象を持っていた。彼の死に涙した。自分の人を見る目の無さに落ち込んだ。
(望どのの家は勝成氏の家でもありますよな。夫の居ない間に自宅でよくできたものです。まだお子様も小さいのに罪悪感とか無いのでしょうか。……あ~でも、勝成氏も従業員の女人とそういう仲でしたな)
互いを映す鏡と例えられるように、勝成と望は下劣な似た者夫婦だった。
「正貴が殺されたのが葬式最後の食事会だったからさ、葬儀のやり方や風習、関係が有りそうなことを一通り調べてみたんだよ。とはいっても、馬参道町出身の警官に聞きまくっただけなんだけどな」
「えっ、署の警官ですか!?」
「ああ。交通課だけれど気が合って、たまに一緒にメシする仲なんだ。いいヤツだぞ。おまえにも紹介しようか?」
凜々花は冷や汗を垂らしながら鈴木を見た。彼の笑顔は引き攣っていた。
「郷島さん、情報を得ることは良いとして、流しては駄目ですよ」
「心得ております。うかつに話した内容がマスコミに流れたら大変ですからね。こちらの捜査状況は警官にも一般人にも決して漏らしません」
(本当に頼みますぞ。マスメディアよりも、木条一族にこちらの動きがバレた方が困るのです。課長もきっと、捜査の進捗状況をあやふやに誤魔化して署長へ伝えてます)
「郷島先輩、早見先輩へホイホイ男を紹介するのやめて下さい。この人は男慣れしてないんですから、動揺して捜査に支障をきたしますよ」
「交通課の知り合いは女だぞ?」
「俺に紹介して下さい」
道庭と郷島の心底どうでもいいやり取りを鈴木はスルーした。
「ところで早見さんは、どうして寝ずの番に注目しているんです?」
「それなんですが、配偶者の居ない未亡人が亡くなった場合は、誰が番をするのか気になって」
「その場合は喪主が子供になりますね……。だったら更にその子供、未亡人にとって孫に当たる人物が寝ずの番に就くんじゃないですか?」
(孫……!)
凜々花は恐ろしい結論を導き出そうとしていた。
「孫の場合も長子……、初孫がやるのでしょうか?」
「おそらく。どうしてそんなことが気になるんですか?」
「正貴さんの事件に当てはめてみたんです。未亡人の雪子さんが殺されて、子の正継さんが喪主になって、孫の正貴さんが寝ずの番をした。その結果、正貴さんは屋敷に一泊して犯人に隙を見せることになりました」
(私の推理は馬鹿げている。だけれどこれだって可能性の一つ)
意を決して、凜々花は自分の考えを口にした。
「木条邸で起きた事件は同一犯による連続殺人事件で、犯人は正貴さんを屋敷で殺害する状況を作る為に、雪子さんを手に掛けたのではないでしょうか?」
凜々花以外の全員の目が大きく見開かれた。思いもしなかった仮説を披露されたのだ。
「は……はぁ!? 何スかそれ。雪子サンはついでで、真のターゲットは正貴だったてこと!?」
「……異常だろ。正貴をおびき寄せる為だけに、下準備で罪の無い雪子を殺したっておまえは言いたいのか?」
異常。そんなことをする奴が居たとしたら確かに異常だ。
「この線は無いですかね……」
自信を無くした凜々花は自分の主張を下げようとしたが、
「いいえ、無くはない説です」
鈴木が背中を押してくれた。
「殺人を、しかも計画して起こすような者の心理は、通常の人間とはだいぶ異なりますから」
「……まぁ、そうですね。でも本当に犯人が、早見の推測通りの動機で雪子を殺していたら怖いですよ」
「ええ怖いです。そして頭が良くて用意周到な人物。屋敷には常に複数の人の眼が在ったというのに、二つの事件はどちらも目撃者が居ません」
道庭がパイプイスの背にもたれた。
「二つ目の事件は悔しいっスね。警戒中だったのに僅かな隙を突かれたって感じ。犯人は鋼の心臓の持ち主で、まるで警察に挑戦しているみたいだ」
「挑戦……」
鈴木の片眉が上がった。
「挑戦か……」
再び呟いて鈴木は黙り込んでしまった。どうしたというのだろうか。他の刑事のように悔しがっている風には見えないが。
凜々花が鈴木に声をかけようとした時、四人の居る第二会議室に課長が入ってきた。危険を考慮して捜査官は二人以上での行動を推奨されているが、この日の課長は一人で外出していた。
お帰りなさいと皆が言う前に、課長が驚きの第一声を発した。
「望が落ちたぞ」
「えっ?」
警察で「落ちる」とは、自供したという意味の隠語だ。
「課長、若妻のトコに行ってたんスか? いやそれよりも、あの若妻が犯人だったんスか!?」
驚く部下達へ課長は手をヒラヒラ振って否定した。
「違う違う。望が正貴と男女の仲だったってことを白状したんだ」
「はいぃ!?」
(あの真面目そうな正貴の方ですか!?)
凜々花も望が不倫している可能性は考えたが、想定した相手は忠之だった。
混乱する部下とは対照的に落ち着いた様子で、課長も空いていたパイプイスに腰かけて会議のテーブルへ着いた。そして自分が得た情報を報告したのだ。
「二人の交際は二年前からだそうだ。正貴が仕事で外回りに出た際に、ついでに望の家にも寄るというよく有るパターンで、二人は長らく密会を重ねていたんだとさ」
(ガチですか。二年も前から!?)
二年前というと、望が兄弟とアドレスを交換しようとして保正を怒らせた年だ。あの時に望のアドレスは正貴へ渡り、彼らはそれを使って睦事に励んだ。
(あーあ……、なんてこったい)
凜々花は男性不審に陥りそうだった。
(私をナンパした忠之氏を咎めてくれたのに、裏ではそんな破廉恥なことをしていたなんて。あの好青年オーラにまんまと騙されましたぞ)
凜々花は正貴に好印象を持っていた。彼の死に涙した。自分の人を見る目の無さに落ち込んだ。
(望どのの家は勝成氏の家でもありますよな。夫の居ない間に自宅でよくできたものです。まだお子様も小さいのに罪悪感とか無いのでしょうか。……あ~でも、勝成氏も従業員の女人とそういう仲でしたな)
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