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見えざる敵(五)
郷島が顎を掻いた。まだ正午だが毛深い彼はもう薄っすらと髭が伸びていた。
「木条の中核を担う人物の死……。警察が本丸に介入せざるを得なくなったのですか」
「そういうことだ。更に正継と勝成が仲違いして騒ぎが拡大している。もう奴らは穏便に事を進めることができないだろう。従業員も職を失うことを恐れず、積極的に証言しているようだしな」
植草のことだ。
「木条の屋台骨がグラついた今なら、少ない労力で木条帝国を倒せるかもしれないと本部は判断したんだ。獅子原から昨日、木条と汚職議員については徹底的にやれと指示が出た」
「木条と議員については? 彼らだけですか?」
冷たい鈴木の眼。課長が肩を竦めてみせた。
「……買収されていた警官にも何らかの処分が下るだろう。木条と言う地方の大地主のスキャンダルが、マスメディアを賑わせている間にひっそりとな」
(本部は警官不祥事の醜聞を世間から隠す為に、木条家を煙幕代わりに使うおつもりですか……!)
凜々花は憤った。事件を解決してもすっきりしない結末になりそうだ。
(でも課長を責められません。彼もギリギリまで本部と交渉してくれたのでしょうから……)
課長の疲弊した顔を見れば彼も苦労したのだと解る。鈴木と凜々花が思っていたよりも事態は複雑だったのだ。
「取り敢えず僕達は、目の前の殺人事件に集中しましょう」
鈴木が仕切り直した。
「皆さん、課長の説明を聞いて既視感を抱きませんでしたか?」
「? 何に対してです?」
「一ヶ月半前に本部へ届いた脅しめいた告発状。そして木条邸で起きた、警察を挑発するかのような短期間での連続殺人」
警察への挑戦的行為……、鋼の心臓……。まさか。
「告発状を送り付けた人物と、殺人犯は同一人物!?」
いち早く凜々花が叫んだ。
手を振って「声を抑えて」のジェスチャーの後に、鈴木は頷いた。
「僕もそうじゃないかと思ったんです」
凜々花が同じ結論に辿り着いたので鈴木は嬉しそうだった。
(多少の誘導された感が有るのは黙っておきましょう)
郷島が「うーむ」と唸った。
「同一人物だとして、ホシは何だってそんなことを。捕まる確率が増えるだけなのに。ホシは警察に挑戦して、勝つ自信が有るんでしょうか?」
「有るんでしょうね」
「でもそれなら、犯行予告で済んだのでは? どうして長い告発文が必要だったったのか疑問です」
「事件を大きくする必要が有ったんですよ。隠蔽されないように」
鈴木は集中する為に目を瞑って、ぼやけている犯人像を追った。
「犯人は木条一族に深い恨みを抱いています。殺害だけでは飽き足らず、悪行を広く世間に流そうと思ったんです。だけれど地元の警察やマスコミは、木条のスキャンダルをきっと握り潰してしまう。今までがそうだったから。それで県警本部を巻き込むことにしたんです」
言い終わった鈴木は瞼を開けた。
「俺もそう思うよ」
課長が同意し、他の刑事も納得した。
探していたパズルのピースがはまったような達成感が有った。謎だった犯人の異常行動、その心理の断片を覗けた気分だった。
「出向してきた僕は、まんまと犯人に利用されたみたいですね」
鈴木がクスリと笑った。それは自嘲だった。
道庭が遠慮なく言う。
「犯人は殺人劇を外へ伝達してくれる、極上の観客が欲しかったんスね。自分の招待に応じて本部からノコノコやって来た鈴木サンを見て、さぞかし喜んだことでしょう」
「ふふふ。こん畜生ですね。この僕を道具に使うなんていい度胸です。逮捕したら尻の穴に警棒ねじ込んでやる」
下劣な言葉が鈴木の形良い唇から発せられた。皆は聞かなかったことにした。
プライドを傷付けられたエリートが鼓舞する。
「皆さん、舞台を用意したのは犯人だけれど、殺人劇の幕を下ろすのは僕達ですよ!」
「お、おう。鈴木さんは、もう犯人の目星を付けてるんですか?」
「ズバリ従業員です!!」
郷島の問いに、鈴木は鼻息荒く即答した。どこか彼方へ向かって人差し指を突き出して。
「屋敷の?」
「そう。先祖の偉業と財産の恩恵を受けて暮らす木条一族が、自分達の悪行を外に流す訳がありません。あの強欲な俗物どもが自ら利権を手放すもんですか。故に犯人は木条の人間じゃない。犯人は、木条一族の傍で彼らの行動を把握して、屋敷で事件を起こせる者に限られます!」
消去法で考えたらそうなる。
「なるほど。従業員しか居ないですね……」
「問題は、彼らの内の誰かということですが」
凜々花はメモ帳をざっと見返した。
「雪子さんが殺害された時にアリバイが無かった従業員は、戸田さんただ一人です」
戸田倫子。勝成との不倫疑惑が有る四十ニ歳の女性だ。
「戸田ねぇ……」
課長が事件発生初日に会った、動揺してまともに証言できなかった女のことを思い出して感想を述べた。
「非力そうな女だったな。腕力が無いから雪子を殺すのに手間取って、正貴の時は毒殺を選んだ……。そこだけ見れば犯人像に合致するが、告発状を出した人物とは思えんな」
課長はこの中で唯一告発状を読んでいる。
「理路整然とした文章でさ、プロファイラー曰く、知能指数の高い成人男性が書いた物だって」
(じゃあ違いますな)
性別は別にしても、勝成と不倫する戸田の知能指数が高いとは到底思えなかった。
「木条の中核を担う人物の死……。警察が本丸に介入せざるを得なくなったのですか」
「そういうことだ。更に正継と勝成が仲違いして騒ぎが拡大している。もう奴らは穏便に事を進めることができないだろう。従業員も職を失うことを恐れず、積極的に証言しているようだしな」
植草のことだ。
「木条の屋台骨がグラついた今なら、少ない労力で木条帝国を倒せるかもしれないと本部は判断したんだ。獅子原から昨日、木条と汚職議員については徹底的にやれと指示が出た」
「木条と議員については? 彼らだけですか?」
冷たい鈴木の眼。課長が肩を竦めてみせた。
「……買収されていた警官にも何らかの処分が下るだろう。木条と言う地方の大地主のスキャンダルが、マスメディアを賑わせている間にひっそりとな」
(本部は警官不祥事の醜聞を世間から隠す為に、木条家を煙幕代わりに使うおつもりですか……!)
凜々花は憤った。事件を解決してもすっきりしない結末になりそうだ。
(でも課長を責められません。彼もギリギリまで本部と交渉してくれたのでしょうから……)
課長の疲弊した顔を見れば彼も苦労したのだと解る。鈴木と凜々花が思っていたよりも事態は複雑だったのだ。
「取り敢えず僕達は、目の前の殺人事件に集中しましょう」
鈴木が仕切り直した。
「皆さん、課長の説明を聞いて既視感を抱きませんでしたか?」
「? 何に対してです?」
「一ヶ月半前に本部へ届いた脅しめいた告発状。そして木条邸で起きた、警察を挑発するかのような短期間での連続殺人」
警察への挑戦的行為……、鋼の心臓……。まさか。
「告発状を送り付けた人物と、殺人犯は同一人物!?」
いち早く凜々花が叫んだ。
手を振って「声を抑えて」のジェスチャーの後に、鈴木は頷いた。
「僕もそうじゃないかと思ったんです」
凜々花が同じ結論に辿り着いたので鈴木は嬉しそうだった。
(多少の誘導された感が有るのは黙っておきましょう)
郷島が「うーむ」と唸った。
「同一人物だとして、ホシは何だってそんなことを。捕まる確率が増えるだけなのに。ホシは警察に挑戦して、勝つ自信が有るんでしょうか?」
「有るんでしょうね」
「でもそれなら、犯行予告で済んだのでは? どうして長い告発文が必要だったったのか疑問です」
「事件を大きくする必要が有ったんですよ。隠蔽されないように」
鈴木は集中する為に目を瞑って、ぼやけている犯人像を追った。
「犯人は木条一族に深い恨みを抱いています。殺害だけでは飽き足らず、悪行を広く世間に流そうと思ったんです。だけれど地元の警察やマスコミは、木条のスキャンダルをきっと握り潰してしまう。今までがそうだったから。それで県警本部を巻き込むことにしたんです」
言い終わった鈴木は瞼を開けた。
「俺もそう思うよ」
課長が同意し、他の刑事も納得した。
探していたパズルのピースがはまったような達成感が有った。謎だった犯人の異常行動、その心理の断片を覗けた気分だった。
「出向してきた僕は、まんまと犯人に利用されたみたいですね」
鈴木がクスリと笑った。それは自嘲だった。
道庭が遠慮なく言う。
「犯人は殺人劇を外へ伝達してくれる、極上の観客が欲しかったんスね。自分の招待に応じて本部からノコノコやって来た鈴木サンを見て、さぞかし喜んだことでしょう」
「ふふふ。こん畜生ですね。この僕を道具に使うなんていい度胸です。逮捕したら尻の穴に警棒ねじ込んでやる」
下劣な言葉が鈴木の形良い唇から発せられた。皆は聞かなかったことにした。
プライドを傷付けられたエリートが鼓舞する。
「皆さん、舞台を用意したのは犯人だけれど、殺人劇の幕を下ろすのは僕達ですよ!」
「お、おう。鈴木さんは、もう犯人の目星を付けてるんですか?」
「ズバリ従業員です!!」
郷島の問いに、鈴木は鼻息荒く即答した。どこか彼方へ向かって人差し指を突き出して。
「屋敷の?」
「そう。先祖の偉業と財産の恩恵を受けて暮らす木条一族が、自分達の悪行を外に流す訳がありません。あの強欲な俗物どもが自ら利権を手放すもんですか。故に犯人は木条の人間じゃない。犯人は、木条一族の傍で彼らの行動を把握して、屋敷で事件を起こせる者に限られます!」
消去法で考えたらそうなる。
「なるほど。従業員しか居ないですね……」
「問題は、彼らの内の誰かということですが」
凜々花はメモ帳をざっと見返した。
「雪子さんが殺害された時にアリバイが無かった従業員は、戸田さんただ一人です」
戸田倫子。勝成との不倫疑惑が有る四十ニ歳の女性だ。
「戸田ねぇ……」
課長が事件発生初日に会った、動揺してまともに証言できなかった女のことを思い出して感想を述べた。
「非力そうな女だったな。腕力が無いから雪子を殺すのに手間取って、正貴の時は毒殺を選んだ……。そこだけ見れば犯人像に合致するが、告発状を出した人物とは思えんな」
課長はこの中で唯一告発状を読んでいる。
「理路整然とした文章でさ、プロファイラー曰く、知能指数の高い成人男性が書いた物だって」
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