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三音 爽香の訃報(二)
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「お葬式に出るとさ、親友の死を認めることになってしまうから。それが嫌で園部さん、出たくないって言っているんじゃないかな?」
「ああ……そっか……」
蓮は大きく目を見開いた。
「そういうことだったんだ……。あたし馬鹿だな、式に出た方がいいよだなんて、深く考えないで藍理に勧めちゃった。無神経だった……」
「仕方が無いよ。園部さんのお母さんに頼まれたんだから」
「はい……でも……」
「とりあえずヒロの部屋に入れてもらおう。こんな所に長く居ると熱中症になるよ?」
階段を上ろうとする俺を、蓮の巨体が阻んだ。俺より背が低いというのに凄い威圧感だ。
「あの……大鳥さん、藍理を説得するの、あたしもうやめます」
「ん? 俺は帰っていいってこと?」
「いえ、藍理とは彼女が納得できるように、きちんと話し合います。その為に大鳥さんには居て欲しいんです。電話でも言ったけど第三者的存在が居てくれた方が、あたしも藍理もヒロくんも、みんな冷静になれると思うんです」
まぁ俺はヒロの上司に当たる立場の人間だし、四人の中じゃ一人だけ年が離れているからな。今年34歳の俺に対して蓮と藍理が26歳、ヒロに至ってはまだ23歳だ。年長者として場を収めたいという気持ちは有るには有るが……。
「金曜のことを考えると、俺で役に立てるか自信が無いな」
「居てもらえるだけで助かります。あたしが藍理と話します!」
勇ましく宣言した蓮は、俺を先導する形で階段を上って行った。
打ち明けると実は俺、蓮や藍理の為にここへ来た訳ではない。冷たいと言われようが、所詮は知り合ったばかりの女達だ。まだ一緒に遊びに行く仲間にもなっていない。
俺が心配しているのは職場の後輩であるヒロだ。ここへは彼の様子を見にきたのだ。蓮の説明によると藍理は今、金曜の夜と同じかそれ以上の興奮状態にあるらしい。そんな恋人へのフォローで、ヒロはもうヘトヘトに疲れ切っているのではないだろうか。
蓮が203号室のドアチャイムを鳴らした。数秒後にドアの向こうで人の気配がして、ノブが回って中に居た住人が顔を出した。当然それはヒロであったのだが、俺の知る明るい後輩とはあまりにも様子が違っていた。
「大鳥さん……。すみません、休みの日に……」
力の無い声で俺を出迎えたヒロは頬の血色が悪く、目の縁にはクマができて瞳だけがギラギラしていた。わずか数日の間に人はここまで面差しが変わるものなのかと、俺が想像していた上をいくやつれ振りだった。
「おまえ大丈夫か!? ちゃんと寝てるのか?」
俺の問いにヒロは答えず、苦笑しただけだった。
「散らかってますけど中へどうぞ。蓮ちゃんもずっと付き合わせてごめんね」
「いやっ、そんな、そもそもあたしが……」
蓮は言葉を詰まらせた。自分が藍理を怒らせたことが原因なのにヒロから優しくされて、いたたまれない気持ちになったのだろう。
「さ、二人とも入って。冷たい飲み物を入れますよ」
再度ヒロに促されて俺達は室内に入った。冷房が効いた部屋の中央に置かれたテーブルに、上半身を突っ伏した藍理が居た。金曜日の夜を再現したかのような情景に慄き、俺と蓮は顔を見合わせた。
立ったままではいられないので、とりあえず俺達は尻をクッションに沈めた。藍理を含めた三者の間に言葉は無かった。ヒロがコーラを運んでくるまでの数分間が、非常に長く気まずい時間となった。
「どうぞ。こんなものしか無いですけど」
予《あらかじ》めテーブルに置いてあったコルクコースターの上に、ヒロがグラスをセットした。
「炭酸好きだから嬉しいよ、いただきます」
グラスの中のコーラを半分ほど一気に飲んだ。キンキンに冷えていて美味い。蓮は手を付けないでいた。
「相原さんも飲んだら? 外に居て汗いっぱい掻いたろ?」
奴の身体からは若干酸っぱい香りがする。
「あ、はい……」
歯切れが悪かった。外では自分が話すと毅然と言い放った彼女であったが、いざ藍理を前にしたら意志が揺らいでしまったようだ。やはり俺が蓮の期待通りに第三者として場を和らげ、話しやすい雰囲気を作らなければならないのか?
「藍理、大鳥さんも来てくれたことだし昼は外に食べに行こうよ。ちょっとは気分転換しないと」
おそらくは精一杯の明るい声で、ヒロが恋人に声をかけた。げっそりとした外見との落差が痛々しかった。
「………………」
藍理からの返答は無かった。俺はというとかける言葉が思い浮かばす、グラスに残った液体をちびちび飲んでいた。
「夕べもほとんど食べてなかったし、腹空いてるだろ?」
「………………」
「あのねっ、藍理」
ここで意を決した蓮が発言した。
「あたし考え無しだったよ。ごめんね、ショックを受けてるあなたに対して配慮が足りなかった」
おお、全ての感情表現をヤバイで済ますお馬鹿ギャルかと思っていたら、けっこう難しい言葉も使えるんだな。その調子だ、頑張れ。
「藍理がそんなに嫌なら葬儀に出なくてもいいと思う。おばさんにはあたしから言っておくから」
つい、と藍理が顔を上げた。泣き腫らした目……を想像していたのだが、意外にも普通の顔色だった。表情は無かったが。
「……母を説得してくれるの?」
数日振りに聞いた藍理の声はとても低かった。怖い。ヒロは心配だが帰りたくなった。
「う、うん。せめてもの罪滅ぼし。あたし本当に無神経だったから。悲しんでるあなたの気持ちを無視してた。今はそっとしておいてあげてって、おばさんに連絡しておくね。でも落ち着いたら藍理からもおばさんに電話してあげて。おばさん、最近は簡単なメールばかりで、藍理の声が聞けてないって心配してたから」
「私は悲しんでなんかないよ」
「へっ!? ……今何て?」
間の抜けた顔と声で蓮が聞き返した。
「悲しんでなんかないって言ったの。私、爽香が死んで嬉しいんだから」
「!……」
思いもよらない藍理の告白に、蓮は藍理を信じられないものでも見るような眼で見つめた。それは俺も同じだ。
「あいつのこと、大嫌いだった……!」
能面でも被っているかの如く、藍理の表情はまるで動かなかった。声には憎悪という感情がハッキリと含まれているのに。
「ああ……そっか……」
蓮は大きく目を見開いた。
「そういうことだったんだ……。あたし馬鹿だな、式に出た方がいいよだなんて、深く考えないで藍理に勧めちゃった。無神経だった……」
「仕方が無いよ。園部さんのお母さんに頼まれたんだから」
「はい……でも……」
「とりあえずヒロの部屋に入れてもらおう。こんな所に長く居ると熱中症になるよ?」
階段を上ろうとする俺を、蓮の巨体が阻んだ。俺より背が低いというのに凄い威圧感だ。
「あの……大鳥さん、藍理を説得するの、あたしもうやめます」
「ん? 俺は帰っていいってこと?」
「いえ、藍理とは彼女が納得できるように、きちんと話し合います。その為に大鳥さんには居て欲しいんです。電話でも言ったけど第三者的存在が居てくれた方が、あたしも藍理もヒロくんも、みんな冷静になれると思うんです」
まぁ俺はヒロの上司に当たる立場の人間だし、四人の中じゃ一人だけ年が離れているからな。今年34歳の俺に対して蓮と藍理が26歳、ヒロに至ってはまだ23歳だ。年長者として場を収めたいという気持ちは有るには有るが……。
「金曜のことを考えると、俺で役に立てるか自信が無いな」
「居てもらえるだけで助かります。あたしが藍理と話します!」
勇ましく宣言した蓮は、俺を先導する形で階段を上って行った。
打ち明けると実は俺、蓮や藍理の為にここへ来た訳ではない。冷たいと言われようが、所詮は知り合ったばかりの女達だ。まだ一緒に遊びに行く仲間にもなっていない。
俺が心配しているのは職場の後輩であるヒロだ。ここへは彼の様子を見にきたのだ。蓮の説明によると藍理は今、金曜の夜と同じかそれ以上の興奮状態にあるらしい。そんな恋人へのフォローで、ヒロはもうヘトヘトに疲れ切っているのではないだろうか。
蓮が203号室のドアチャイムを鳴らした。数秒後にドアの向こうで人の気配がして、ノブが回って中に居た住人が顔を出した。当然それはヒロであったのだが、俺の知る明るい後輩とはあまりにも様子が違っていた。
「大鳥さん……。すみません、休みの日に……」
力の無い声で俺を出迎えたヒロは頬の血色が悪く、目の縁にはクマができて瞳だけがギラギラしていた。わずか数日の間に人はここまで面差しが変わるものなのかと、俺が想像していた上をいくやつれ振りだった。
「おまえ大丈夫か!? ちゃんと寝てるのか?」
俺の問いにヒロは答えず、苦笑しただけだった。
「散らかってますけど中へどうぞ。蓮ちゃんもずっと付き合わせてごめんね」
「いやっ、そんな、そもそもあたしが……」
蓮は言葉を詰まらせた。自分が藍理を怒らせたことが原因なのにヒロから優しくされて、いたたまれない気持ちになったのだろう。
「さ、二人とも入って。冷たい飲み物を入れますよ」
再度ヒロに促されて俺達は室内に入った。冷房が効いた部屋の中央に置かれたテーブルに、上半身を突っ伏した藍理が居た。金曜日の夜を再現したかのような情景に慄き、俺と蓮は顔を見合わせた。
立ったままではいられないので、とりあえず俺達は尻をクッションに沈めた。藍理を含めた三者の間に言葉は無かった。ヒロがコーラを運んでくるまでの数分間が、非常に長く気まずい時間となった。
「どうぞ。こんなものしか無いですけど」
予《あらかじ》めテーブルに置いてあったコルクコースターの上に、ヒロがグラスをセットした。
「炭酸好きだから嬉しいよ、いただきます」
グラスの中のコーラを半分ほど一気に飲んだ。キンキンに冷えていて美味い。蓮は手を付けないでいた。
「相原さんも飲んだら? 外に居て汗いっぱい掻いたろ?」
奴の身体からは若干酸っぱい香りがする。
「あ、はい……」
歯切れが悪かった。外では自分が話すと毅然と言い放った彼女であったが、いざ藍理を前にしたら意志が揺らいでしまったようだ。やはり俺が蓮の期待通りに第三者として場を和らげ、話しやすい雰囲気を作らなければならないのか?
「藍理、大鳥さんも来てくれたことだし昼は外に食べに行こうよ。ちょっとは気分転換しないと」
おそらくは精一杯の明るい声で、ヒロが恋人に声をかけた。げっそりとした外見との落差が痛々しかった。
「………………」
藍理からの返答は無かった。俺はというとかける言葉が思い浮かばす、グラスに残った液体をちびちび飲んでいた。
「夕べもほとんど食べてなかったし、腹空いてるだろ?」
「………………」
「あのねっ、藍理」
ここで意を決した蓮が発言した。
「あたし考え無しだったよ。ごめんね、ショックを受けてるあなたに対して配慮が足りなかった」
おお、全ての感情表現をヤバイで済ますお馬鹿ギャルかと思っていたら、けっこう難しい言葉も使えるんだな。その調子だ、頑張れ。
「藍理がそんなに嫌なら葬儀に出なくてもいいと思う。おばさんにはあたしから言っておくから」
つい、と藍理が顔を上げた。泣き腫らした目……を想像していたのだが、意外にも普通の顔色だった。表情は無かったが。
「……母を説得してくれるの?」
数日振りに聞いた藍理の声はとても低かった。怖い。ヒロは心配だが帰りたくなった。
「う、うん。せめてもの罪滅ぼし。あたし本当に無神経だったから。悲しんでるあなたの気持ちを無視してた。今はそっとしておいてあげてって、おばさんに連絡しておくね。でも落ち着いたら藍理からもおばさんに電話してあげて。おばさん、最近は簡単なメールばかりで、藍理の声が聞けてないって心配してたから」
「私は悲しんでなんかないよ」
「へっ!? ……今何て?」
間の抜けた顔と声で蓮が聞き返した。
「悲しんでなんかないって言ったの。私、爽香が死んで嬉しいんだから」
「!……」
思いもよらない藍理の告白に、蓮は藍理を信じられないものでも見るような眼で見つめた。それは俺も同じだ。
「あいつのこと、大嫌いだった……!」
能面でも被っているかの如く、藍理の表情はまるで動かなかった。声には憎悪という感情がハッキリと含まれているのに。
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