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三音 爽香の訃報(一)
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9月17日、月曜日。ヒロの部屋の出来事から三日目の朝。
今日は敬老の日だ。俺が勤めている会社は基本的にカレンダー通りの勤務日程となっているので、国民の祝日は会社も休みとなる。金曜の夜の時点でこの祝日の存在を忘れていた俺は、もちろん月曜から会社に赴くつもりだったし、だからこそヒロへの別れの挨拶に「月曜日に、会社でな」という言葉を選んだのだ。
思い出して少し赤面したが、心は晴れやかだった。今日の休日はもともと与えられていた権利だったというのに、一度忘れたことによって一日多く休みを手にしたような、思いがけず得をした気分に俺はなっていた。錯覚なんだけどな。
さて、本日はどう過ごそうか。洗濯機が回っている間に予定を立ててしまおう。
昨日と一昨日は金曜日の疲れを癒す為に家に籠り切りだった。そろそろ陽《ひ》を浴びておきたい。冷蔵庫の食材が乏しいので散歩がてら、駅前のスーパーマーケットへ買い物に行こうか、それとも外食で済まそうか。どちらにしても外へ出かけなければならないので、俺はまばらに伸びた髭を剃った。
ツルツルになった顎を撫でながら、上機嫌で洗面所からリビングを兼ねた寝室へ戻ると、敷きっぱなしの布団の上に置いていた携帯電話の受信ライトが点滅していた。確認してみるとそれは、未登録アドレスからのメール受信を示していた。
【件名 おはようございます。相原蓮です。】
まん丸ちゃんである。晴れやかな気分が一気に吹っ飛んだ。何故だ、昨日撒いたはずなのに。どうしてコイツは俺を追えたんだ!?
激しい動悸を抑えつつ、俺はそのメールを選択して本文を読んだ。
【突然ごめんなさい。緊急事態でヒロくんからアドレスを教えてもらいました。メールではお伝えしにくいので、大鳥さんの都合の良い時に下記の番号までご連絡下さい。】
本文の最後には蓮の電話番号らしきものが明記されていた。文面こそ丁寧だが、人のアドレスを勝手に入手した上に電話を寄こせとは図々しい女だ。そしてヒロよ、おまえが俺を売ったのか。
目の前に居ない身勝手な二人への、行き場の無い怒りに俺はしばし震えていた。
ピルルルルルル!
突如、手に持ったままの携帯電話がけたたましく鳴り響いた。未登録番号からの、今度は電話着信だった。
「丸ちゃんか!?」
動揺した俺は携帯電話を取り落としそうになった。メールの最後に有った、蓮の電話番号が液晶画面に表示されていた。
おまえはよ、俺からの連絡を待つのではなかったのか。数分で自分の主張を覆しやがった。何をしたいんだろうコイツは。
無視を貫きたいところだが、奴は俺の個人情報を入手している。今回スルーしてもまた電話してくるだろう。仕方無く俺は出ることにした。糞が。
「……はい」
『あっ、ああ大鳥さん、相原です!』
「えーと、何の用?」
『えっ……、その、あのですね……』
俺のあからさまな不機嫌な声を聞き、蓮はたじろいた。しかしこれくらいでへこたれるタマではない。
『大鳥さん、これから出てこられますか?』
「無理です、忙しいんで」
『すっごく困ってるんですよ。大鳥さんの力を借りたいんです、お願いします!』
知るか。
「あ、洗濯物干さなくちゃー。シワシワになっちゃうー。切るね」
『待って、ヒロくんのアパートまで来てもらいたいんです!』
ヒロ……?
「ヒロに何か遭ったのか!?」
『あ、いえ、ヒロくんじゃなくて……』
蓮の語調が弱まっていった。
『あたしと藍理の幼馴染みが亡くなったんです。昨日、川で……。あたし達が生まれ育った田舎の川原で、爽香ちゃんの遺体が発見されたって……』
電話越しでも判る震え声で、蓮は俺にそれを告げた。
☆☆☆
高速で洗濯物を干した俺は電話から一時間も経たずに、ヒロのアパート前へ到着するというミッションをやり遂げていた。都内の同じ市内に住み私鉄の電車で一本、互いに駅から自宅まで徒歩七~八分の距離ということが幸いした。だからこそ、金曜日に会社帰りの宅飲みの誘いを受けた訳だが。
時刻は10時15分。明るい陽射しの下で見るヒロの住むアパートは、なかなかに年季の入った建物だったことが判明した。一階部分の外壁が苔でうっすら緑がかって、雨どいには亀裂が入った箇所が有った。部屋が綺麗だったのは内装をリフォームしたからだったんだな。
外階段を使って二階のヒロの部屋へ向かう途中、階段の踊り場で蓮と再会した。奴は階段に直に腰かけていた。汚いぞ。
「あ、大鳥さん……」
のっそり立ち上がり、蓮が俺に会釈をした。尻の埃はちゃんとはたいておけ。
「すみません、無理言って来てもらっちゃって」
「外で待っていてくれたんだ? 暑いんだから、部屋の中に居たら良かったのに」
玉の汗を光らせている丸ちゃんを気遣った。
「いえいえ、あたしがお呼びしたんですし当然です。それに、あの、部屋に居づらくて。藍理がちょっと……」
「園部さんか……」
蓮が電話で話した内容は以下の通りだった。
爽香と言う名の幼馴染みの訃報が昨夜届いた。蓮にとっては同級生の一人に過ぎないが、藍理と爽香は自他共に認める親友同士。通夜か告別式のどちらかにぜひ参加して欲しいと、藍理は爽香の遺族から懇願されたらしいのだが、何故か頑なにそれを拒んでいる。
困った藍理の母親が娘の説得役を蓮に依頼した。しかし金曜日の一件で、蓮は藍理とまともに話せる状態ではない。そこで蓮はヒロに橋渡しを頼んだそうだが……。
「藍理のヒスが爆発しちゃったんです……」
「園部さん、親友の死がショックだったんだろうね」
「そうですね。あたしは爽香ちゃんと親しくなかったけど、それでも知り合いが亡くなったのはやっぱりショックでした。藍理にとってはずっと仲良くしていた親友だったんだから、そりゃ取り乱しますよね……。でもだからこそ、きちんとお別れをするべきだと思うんですよ」
蓮の意見は正しい。だが人の気持ちとは、そう簡単に割り切られるものではない。
今日は敬老の日だ。俺が勤めている会社は基本的にカレンダー通りの勤務日程となっているので、国民の祝日は会社も休みとなる。金曜の夜の時点でこの祝日の存在を忘れていた俺は、もちろん月曜から会社に赴くつもりだったし、だからこそヒロへの別れの挨拶に「月曜日に、会社でな」という言葉を選んだのだ。
思い出して少し赤面したが、心は晴れやかだった。今日の休日はもともと与えられていた権利だったというのに、一度忘れたことによって一日多く休みを手にしたような、思いがけず得をした気分に俺はなっていた。錯覚なんだけどな。
さて、本日はどう過ごそうか。洗濯機が回っている間に予定を立ててしまおう。
昨日と一昨日は金曜日の疲れを癒す為に家に籠り切りだった。そろそろ陽《ひ》を浴びておきたい。冷蔵庫の食材が乏しいので散歩がてら、駅前のスーパーマーケットへ買い物に行こうか、それとも外食で済まそうか。どちらにしても外へ出かけなければならないので、俺はまばらに伸びた髭を剃った。
ツルツルになった顎を撫でながら、上機嫌で洗面所からリビングを兼ねた寝室へ戻ると、敷きっぱなしの布団の上に置いていた携帯電話の受信ライトが点滅していた。確認してみるとそれは、未登録アドレスからのメール受信を示していた。
【件名 おはようございます。相原蓮です。】
まん丸ちゃんである。晴れやかな気分が一気に吹っ飛んだ。何故だ、昨日撒いたはずなのに。どうしてコイツは俺を追えたんだ!?
激しい動悸を抑えつつ、俺はそのメールを選択して本文を読んだ。
【突然ごめんなさい。緊急事態でヒロくんからアドレスを教えてもらいました。メールではお伝えしにくいので、大鳥さんの都合の良い時に下記の番号までご連絡下さい。】
本文の最後には蓮の電話番号らしきものが明記されていた。文面こそ丁寧だが、人のアドレスを勝手に入手した上に電話を寄こせとは図々しい女だ。そしてヒロよ、おまえが俺を売ったのか。
目の前に居ない身勝手な二人への、行き場の無い怒りに俺はしばし震えていた。
ピルルルルルル!
突如、手に持ったままの携帯電話がけたたましく鳴り響いた。未登録番号からの、今度は電話着信だった。
「丸ちゃんか!?」
動揺した俺は携帯電話を取り落としそうになった。メールの最後に有った、蓮の電話番号が液晶画面に表示されていた。
おまえはよ、俺からの連絡を待つのではなかったのか。数分で自分の主張を覆しやがった。何をしたいんだろうコイツは。
無視を貫きたいところだが、奴は俺の個人情報を入手している。今回スルーしてもまた電話してくるだろう。仕方無く俺は出ることにした。糞が。
「……はい」
『あっ、ああ大鳥さん、相原です!』
「えーと、何の用?」
『えっ……、その、あのですね……』
俺のあからさまな不機嫌な声を聞き、蓮はたじろいた。しかしこれくらいでへこたれるタマではない。
『大鳥さん、これから出てこられますか?』
「無理です、忙しいんで」
『すっごく困ってるんですよ。大鳥さんの力を借りたいんです、お願いします!』
知るか。
「あ、洗濯物干さなくちゃー。シワシワになっちゃうー。切るね」
『待って、ヒロくんのアパートまで来てもらいたいんです!』
ヒロ……?
「ヒロに何か遭ったのか!?」
『あ、いえ、ヒロくんじゃなくて……』
蓮の語調が弱まっていった。
『あたしと藍理の幼馴染みが亡くなったんです。昨日、川で……。あたし達が生まれ育った田舎の川原で、爽香ちゃんの遺体が発見されたって……』
電話越しでも判る震え声で、蓮は俺にそれを告げた。
☆☆☆
高速で洗濯物を干した俺は電話から一時間も経たずに、ヒロのアパート前へ到着するというミッションをやり遂げていた。都内の同じ市内に住み私鉄の電車で一本、互いに駅から自宅まで徒歩七~八分の距離ということが幸いした。だからこそ、金曜日に会社帰りの宅飲みの誘いを受けた訳だが。
時刻は10時15分。明るい陽射しの下で見るヒロの住むアパートは、なかなかに年季の入った建物だったことが判明した。一階部分の外壁が苔でうっすら緑がかって、雨どいには亀裂が入った箇所が有った。部屋が綺麗だったのは内装をリフォームしたからだったんだな。
外階段を使って二階のヒロの部屋へ向かう途中、階段の踊り場で蓮と再会した。奴は階段に直に腰かけていた。汚いぞ。
「あ、大鳥さん……」
のっそり立ち上がり、蓮が俺に会釈をした。尻の埃はちゃんとはたいておけ。
「すみません、無理言って来てもらっちゃって」
「外で待っていてくれたんだ? 暑いんだから、部屋の中に居たら良かったのに」
玉の汗を光らせている丸ちゃんを気遣った。
「いえいえ、あたしがお呼びしたんですし当然です。それに、あの、部屋に居づらくて。藍理がちょっと……」
「園部さんか……」
蓮が電話で話した内容は以下の通りだった。
爽香と言う名の幼馴染みの訃報が昨夜届いた。蓮にとっては同級生の一人に過ぎないが、藍理と爽香は自他共に認める親友同士。通夜か告別式のどちらかにぜひ参加して欲しいと、藍理は爽香の遺族から懇願されたらしいのだが、何故か頑なにそれを拒んでいる。
困った藍理の母親が娘の説得役を蓮に依頼した。しかし金曜日の一件で、蓮は藍理とまともに話せる状態ではない。そこで蓮はヒロに橋渡しを頼んだそうだが……。
「藍理のヒスが爆発しちゃったんです……」
「園部さん、親友の死がショックだったんだろうね」
「そうですね。あたしは爽香ちゃんと親しくなかったけど、それでも知り合いが亡くなったのはやっぱりショックでした。藍理にとってはずっと仲良くしていた親友だったんだから、そりゃ取り乱しますよね……。でもだからこそ、きちんとお別れをするべきだと思うんですよ」
蓮の意見は正しい。だが人の気持ちとは、そう簡単に割り切られるものではない。
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