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第20話 この館は、なぜモフモフうさぎの聖地になっているの?(2/2)

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≪約80字あらすじ・主人公・唯花は異世界にトリップし、言葉を話すうさぎと仲よくなるものの謎の男たちにからまれてしまう。そこへ現れたロエルという青年が謎の男たちを追い払ってくれたが……≫

「そもそもあの5人は……どういう集団なの? なんでこの屋敷にいたの?」

 私の質問にロエルは答えた。

「彼らは、聖兎と呼ばれる存在を尊いとあがめている集団だ」

「『尊い』……『あがめている』って……宗教か何かなの? そういえば、私に、巫女ではない者がこの中庭に入るとは――みたいなことを言っていたような――」

 ロエルは、ああ、そのことか、といった様子で説明した。

「宗教というより、まるで信仰の一種のように熱狂的な、愛好家集団だな。巫女というのは、愛好家集団に所属している女性のことだ。本当に巫女としての役目をおっている者たち、というわけではない」

 ……熱狂的な、愛好家たちの集団……。
 その集団に属している女性が巫女?

「本当の巫女ではないなら……。なのになぜ、その女の人たちは巫女と呼ばれているの?」

「それについては、オレはあまり詳細には知らないが……。どうも、聖兎の多くは、人間の男よりも女のほうがすきらしい。それで女性とばかり仲よくなりたがる聖兎が多かったため――。ある聖兎愛好家の男が、他の男の聖兎愛好家をなだめるために言いだした言葉がきっかけだったと言われている」

「……いったいその人は、なんて言ったの?」

「『彼女たちは、我らと聖兎さまをつなぐかけ橋のような、そう、巫女のような存在なのだ。今後は我らも彼女たちのことを巫女と呼ぼう』と――。以後、巫女はあの泉のそばでは巫女の装束を身にまとうようになったそうだ。聞いた話なので確証はないが、そういうことらしい」

「……巫女の、装束?」

「彼らがそう言っているだけで、すくなくともこの国の巫女が着る服とは、だいぶちがうな。かなり変わった衣服を、なぜか、彼らは聖兎を尊ぶ巫女のための装束と言っている」

 そういえば……あの5人――。

 私のこと、巫女装束を着た巫女でもないのに中庭に入ったとかなんとか、文句言ってたな。
 巫女の装束っていうと、私はつい、上が白衣で下が赤い袴《はかま》、日本の巫女さんの装束を頭に思いうかべてしまうけれど。

 ものしりなうさぎさん、ティコティスの話によれば、ここは産業革命まえのヨーロッパ……っぽい世界らしいから、いわゆる日本の巫女さんの格好とは全然ちがうはず。
(ジャポニズムブームで、日本のキモノや浮世絵がヨーロッパで大流行……って、いうのは、たしか19世紀の話だよね)

 たぶん、このチョーカーの翻訳機の訳で、「巫女」と訳されたのはヨーロッパ的な巫女さんのことだろう。

 ……うーん、ヨーロッパ的な世界観の巫女さんというと――。

 おおまかなイメージだけど、ギリシャやローマの神殿にいる、神々に仕える女性……という感じ?
 でも、それってなんだか古代のヨーロッパのイメージだなぁ。

 このお屋敷自体は、外観も内部も、17世紀から18世紀中頃までに建てられた、ヨーロッパの邸宅って雰囲気なのに。
 この世界は、私がいた地球とは別の世界だけど、この国では――。

 地球の欧州の、17世紀から18世紀中頃までにかけての文化に似通った文化 (中世より後、産業革命より前の時代の文化) を持ちつつ――古代からある神殿も忘れさられていない。
 そこには本物の巫女さんもいる、ということ?

 うーん、まだ私は館の外には一歩もでていないから、よくわからない。
 でも建築にくわしくない私でも、この屋敷は、中世 (5~15世紀) よりも、もっと後の時代につくられた建物にみえる。いまも、さっきも、そう思っている。

(今日トリップしてきたばかりの私には、この国、ノイーレ王国のことは、わからないことだらけだ……)

 そもそも、この国の人たちの大多数は、一神教なのか、多神教なのかも知らない。

 私は12月にはクリスマスを祝って、大晦日は除夜の鐘を聞いて年を越し、元日におみくじをひく……そんな年末年始を20年以上すごしてきたけど。

 あ、無宗教の人が多い日本だって、宗教と政治と野球の話はやめておいたほうが無難だっていうよね。
 この世界に、野球なるものが存在するのかはわからないけれど、野球の話もやめておこう。

 それにしても、あの5人の集団は――。
 おしゃべりできるうさぎさんを愛好する人たちのあつまり……。
 そうだとわかると一気に庶民的な集団に感じられた。

「……あれ? でも、なんで聖兎と呼ばれるうさぎを愛好する集団がロエルの館の中庭にいたの?」

 次から次へと く私の疑問に、ロエルは面倒くさがらずに答えてくれた。

「聖兎は、中庭にある、あの泉のそばからあらわれることが比較的多いんだ。この館には強い魔力が宿っているから、その魔力を目印に聖兎が出没するらしい。祖父が生きていたころ、あらかじめ申請をすれば、あの集団は館の中庭に入ってもいいと許可したんだ」

 ロエルの説明によると、彼のおじいさんがご存命のころ――。
 聖兎出現の瞬間をみたがる愛好家たちが、毎日のように、この館につめかけてきては、中庭に入れてくれるように 懇願こんがんしたらしい。

 対応に追われる多忙な執事を 見兼みかね、おじいさんは、愛好家集団に対して、月に2回ほど、泉のある中庭への立ち入り許可日を設けるから、中庭に入りたい場合は、あらかじめ希望日を申請して、その日にくるように――と言ったそうだ。

 なお応募者多数の場合は抽選となります……だったそうで、あたった人とあたらない人のあいだで、いざこざが起きそうになったこともあり、現在は月に4回、聖兎を愛好する集団に対して、中庭に入る権利があたえられているという。

「――と言っても、他の場所よりは比較的聖兎があらわれやすいというだけで、たとえ1年間あの泉のそばで生活したからといって、聖兎に会えるとは限らない」

 そうだったのか!
 だからあの5人はティコティスの足をみただけでも、あんなに興奮してたんだ。

 おしりからうさぎさんの特徴である丸いしっぽがみえていたとはいえ、上半身が隠れた状態で、なんでうさぎだとわかったのだろうと、ずっと不思議だった。
 だけど、泉のそばから不思議な光を通して聖なるうさぎが入退場することを、あの人たちはあらかじめ知っていたのかぁ。
 そしてこの館には強い魔力が宿っているんだということを初めて知る。

 ――それにしても、ロエルのおじいさんも、おじいさんの執事さんも、ロエルも、自分の家の庭が聖地状態なおかげで、熱心な愛好家の人たちの対応におわれてしまうなんて、すごく大変だっただろう。

 私の口から、本音がポロッとこぼれる。

「……今日が、愛好家の人たちを中庭に入れる日だったのね。月に4回ってことは、ほぼ毎週……。あの人たちが帰ったころには、どっと疲れそう……」

 ロエルがクスッとわらった。

「オレが普段生活している館は別にある。今日は、たまたま立ちよっただけだ。オレが聖兎や黒ずくめの、あの集団と会うことは、あまりない」

「……あまりないってことは、ロエルも聖兎に会ったことがあるの?」

「ああ、オレが会った聖兎は、薄茶色や灰色、あと白色や黒色をしていたな」

 ロエルの口調が少し懐かしげになる。
 彼は昔会った聖兎のことでも思いだしているのかもしれない。
 ……あまりないって言うわりには、聖獣と言われる存在に、ロエルは、けっこう会っているような。

 あ、そういえば、ティコティスは、この国に、うさぎはいっぱいいるって言っていた。
 あれは、ティコティスのように、この世界とは別の世界からきた言葉を話すうさぎのことだったのかも。

「……それにしても、どうしてロエルは私がこの世界とも聖兎の住む世界とも、別の世界からやってきたと思ったの?」

 ロエルは私の目をじっとみつめ、答える。青い瞳に吸い込まれそうになり、ドキリとする。

「きみは、人の言葉を話すうさぎにはみえないからな」

(うん、まあ、そうだよね)

「きみはオレとおなじく、人間にみえる。性別はオレとちがい女性だし、年齢はオレのほうが上だろうがな」

 年齢、年齢……。そうだ、私、ロエルに大事なことを聞かなくっちゃ!
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