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第二日目 - ①
しおりを挟む(……やられた)
芹沢の予想の通りだった。
民事系演習Ⅲ、その名の通り演習授業だ。問題を当てられた生徒が持ち回りでレジュメを作成し、授業前に配布することになっていた。人によって手渡しの時もあれば自習室の机に置かれていることもあり、授業時に机に置かれている事もある。今回は授業時かと思っていたが、いざ行ってみるとそれが千紘の席にはなかったのだ。
こういう地味な嫌がらせがたまにある。芹沢曰く、顔も成績がいいのも気に入らないのだそうだ。なので褒め言葉として、それ以来ありがたく受け取っておくことにした。
周りの生徒は何も気にしていない様子で、机の上にもそれらしく置かれた紙もない。もしかしたら、授業前に手渡ししたのかもしれない。これはみんなにはバレないように心を抉ってくるパターンだった。
まあ、そんなことは知ったことではない。気にしないで正々堂々と対処すればいいと、手口に慣れてきた千紘は判断した。
該当学生へレジュメをもらいに行こうとしたら、入り口から一之瀬が入ってきた。
突然の出来事に、千紘も周りの学生も驚いた空気になり、おしゃべりが止まった。
学生の一人が大きな声で叫んで聞いた。
「先生!? 岩田先生はどうされたんですか?」
「岩田教授は、昨日怪我をされて入院された。心配しなくてもいい。命に関わるものではないと聞いている。少し長くかかりそうだから、他の講師が持ち回りで授業を担当することになった。今日は私が、代わりに授業を行う」
「「えーっ」」
「「きゃー」」
突然降ってきた幸運に、女学生達は見るからにはしゃいでいる。彼女たちは確か選択科目が違うはずだ。初めて近くでイケメンと噂の一之瀬を見られた上、評判の授業も受けられるのだ。
(その気持ちはわかる)
自然とそう思って、自分自身に驚いた。わかるのか、俺。
「じゃあ、始めようか。席に着いて」
この必修授業は十人程度の少人数制で、このクラスは千紘から学籍番号が始まる。学生はコの字型に座り、教授はその間に一人座って四角形ができあがる並び順になる座席配置だ。必然的に千紘は一之瀬の一番近くに座ることになる。
「「「はーい!」」」
みんなが一斉に返事をし、席に着いた。
「今日は、向井君の担当だね」
「はい」
「では、始めて」
一之瀬の合図でみんなはレジュメをのぞき込むが、当然千紘の元にはそれがない。仕方ないので、取り出したルーズリーフとにらめっこをしていた。
「舛森君、レジュメは?」
向井が問題を読み終わったところで、突然一之瀬に声を掛けられた。
「まだ貰っていません」
それを聞くとすぐに一之瀬が向井に声を掛ける。
「向井君、まだある?」
「あっ、はい!」
二人を問いただして攻めるのでもなく理由を聞くのでもなく、核心だけ突いた向井への対処の仕方に千紘は一之瀬の普段の仕事ぶりを垣間見た気がした。
向井は慌てて、鞄の中からクリアファイルに入った紙を勢いよく取りだした。
(あるなら始めから渡せばいいのに。俺の分は用意しないって勇気もないくせに)
向井の動作をなにげなく見ながら千紘は思う。
走るように持ってきて千紘に渡す時、向井は千紘をひと睨みしていった。一之瀬への態度との違いに思わず笑いそうになった。
主導権を自然と一之瀬に握られ、いつもとは違う展開に向井はペースを崩された自分を認めたくなかったのだろう。前に同じ事をされた時はそのまま授業が終わり、その企みは成功したからだ。
授業はつつがなく終わり、隣の松島から声を掛けられた。
「舛森、ちょっと時間がある時に教えてもらいところがあるんだけど。いい?」
「うん。何?」
「刑訴」
「勉強会にする?」
「なら、助かる。後でLINEするからよろしく」
「わかった」
話している間に一之瀬は部屋を出て行ってしまった。レジュメの礼を述べたいような気がしていたが、学生の身としてはおこがましい気もしていたので、迷いが割り切れてちょうど良かったのかもしれない。
千紘は次の授業の前に飲み物を仕入れていこうと自販機コーナーに立ち寄った。
本当に偶然というものは恐ろしいもので、そこに一之瀬がいた。
「ああ。舛森君」
気付いた一之瀬に笑いかけられた。昨日のことなど何もなかったようにおくびにも出さない。
千紘の方が緊張してしまい、ぎこちなく頭を下げた。
「あの……先生、先ほどはありがとうござました」
「うん? …レジュメのことか」
「はい」
「まだあんなことあるんだね。気にするな」
「気付いて…」
ちゃんと向井の意図に気付いていた事に千紘は驚き、途中で言葉を止めた。
「一緒に頑張る方がいいって、そのうちにわかるさ」
「……はい」
素直に千紘は頷いた。
「何を買うんだ?」
「コーヒーです」
千紘の希望を聞くと、一之瀬はすぐにコーヒーを購入し手渡してくれた。しかも、ちゃんと千紘の好きなブラックだった。
「ほら」
「いいんですか? ありがとうございます」
「次の授業は?」
「要件事実です」
「それは、重要だ。しっかりな」
一之瀬はそう言って、千紘の頭をぽんと軽く叩くと颯爽と去って行った。
あまりにも自然な動作だったので、あとからじわじわと、顔がなぜか火照るのを感じた。
(絶対赤くなってるよ…コレどうしてくれるんだよ?!)
千紘は教室に行く前に、急いでトイレへ駆け込んだ。
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