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週が明けて第三日目 - ②
しおりを挟む「舛森君、待って!」
四限の授業後にA棟を出たところで、千紘は後ろから声を掛けられた。
振り返ると、息を切らした赤澤が立っていた。
「めちゃくちゃ足、速くない?」
「…そんな事ないと思うけど」
名指しで声を掛けられた手前仕方がないので、気はあまり進まなかったが千紘は立ち止まって向き合う。
そんなに走ったとは思えないのにわざとらしく息を弾ませたまま、赤澤は胸に手を当てて深呼吸しつつ呼吸を整える姿勢を示した。
「…ねぇ、今日はこれで授業終わりだよね?」
まとわりつくような声音で断定的に同意を求める一方的な赤澤の言い方に、イヤな予感が千紘の胸によぎった。昼休みの一之瀬の態度と、赤澤の絡み方を思い出す。
「なんで……知ってるの?」
「向井君に聞いた。行政総合のあと今日は何もないって。二人は授業ほとんど被ってるよね?」
そうなのだ。授業は名簿順に振り分けられるので、不本意だが同じ"ま行"で苗字の近い向井とはすべて授業が一緒なのだ。二分割も三分割も四分割さえもだ。あいうえお順の最後の方に位置する苗字なのが災いしていた。
赤澤は千紘と同じ既修二年なのだが、逆に赤澤とは"ま行"と"あ行"で離れているので、全体授業や選択でない限り一緒にはならない。
「まあ、そうだけど…」
「ちょっと座ろうよ。運動不足のせいか、疲れちゃった」
千紘は認めたくない気持ちを言外に滲ませたつもりだったが、まったく通じない。
赤澤は、私の言う事を聞くのは当然とばかりに近場のベンチを指し、こちらの予定を聞きもしないで腰掛けた。
強制的な態度に半ば呆れつつ、諦めて言われるがままに千紘は少し離れて横に座る。
「ていうか、暑いよね」
「もう、夏だしね」
千紘が言われたことに沿うようになにげなく答えると、赤澤は横から千紘の顔をのぞき込むようにして聞いてきた。
「夏、大丈夫な人?」
「わりと大丈夫かも」
千紘の答えに信じられないという顔をして、大げさに赤澤は言う。
「あたしはダメー。メイク崩れるし、アイスばっかり食べちゃうから体重心配だし。外歩くのも大変じゃない? 汗かくから洋服崩れるし。溶けちゃうよね? ずっと涼しい室内にいたいよね」
「気持ちはわからなくもないけど…」
千紘が赤澤の物言いに同意を匂わせると、途端に赤澤は豹変し笑みを浮かべ、獲物が引っ掛かった時の尊大な態度になった。
「じゃあさ、エクスターンシップ、あたしと代わってもらえない?」
上目遣いでにっこりお願い顔をして、両手を合わせながら赤澤が言った。男の人はみんな私を好きになるよね? という声が聞こえた気がした顔だった。
突然の話の展開に、なにがなんやら少しもわからずに千紘は聞き返す。
「え? 何?」
赤澤は、どうしてわからないの? という不思議そうな顔をして、じゃあわかりやすく教えてあげるね、というニュアンスを漂わせ続けた。
「暑い夏をやり過ごすためには、活力と癒やしが必要だと思うの」
「う? …ん?」
もっと話が飛んだぞ?
「清涼剤代わりになるものがあったら、楽に夏は乗り越えられるよね」
「……?」
「それに女性の方が、受け入れ先の人たちも嬉しいよね」
やっと、何を言いたいのかわかってきた。
赤澤は一之瀬のいる事務所へ、エクスターンシップへ行きたいのだ。
月曜日に発表になったエクスターンシップ先の法律事務所が自分の希望と違うところだったから変われと、要求しているのだ。
確かに、一之瀬の所属事務所の配属欄には千紘ともう一人…驚いた事に、芹沢の名しかなかった。
「でも、学校側が決めることだから」
遠回しに角を立てないように、千紘は断りを入れた。
誰がどう考えたって、できないあり得ない事に決まっている。どんな理由をつけて弁解しても、行かない事はまだしも、特定の人に代わるなんて。
「そんなの、適当に理由つけちゃえばいいじゃん」
「無理だよ」
「なんで? あたしが、お願いしてるのに」
そう言う赤澤は、どうして聞いてもらえないのか、本当にわかっていない顔だった。常識がないのか、何でも自分の思い通りにいく環境にいたのかわからないが、人はすべて自分の言う事を聞くと思っている節がある。
千紘は絶句してしまった。
「……………」
赤澤は、世間一般的に言えばキレイと言われる部類なのだろう。でも化粧も手伝って、二分すれば…のレベルのような気がする。自己肯定感が強いのだろうか。
「芹沢君にも、ダメって言われたんだよね。だからもう、舛森君しかお願いできないの」
「……無理だよ。俺も」
「そこを、何とか」
「どうして、そんなに行きたいの?」
こんな手段に出るなんて、よっぽどなにか行きたい理由があるのだろうか。
純粋に疑問に思って聞いてみる。
「うん? あたしが行くべきだと思うから」
もうワケがわからない。
「とにかく、俺にはどうしようもないから」
(マジメに聞いて損した…)
「……なんか舛森君、一之瀬先生と仲良さそうだよね? もともと、知り合いなの?」
今度は疑り深そうな視線を向けてきた。
「そんなこと…ないけど…」
いきなりの質問で、少ししどろもどろの返答になってしまった。もともとではないが、少しはみんなよりはお知り合いになったかもしれない。でも一之瀬としては、不本意だろうけれども。千紘も意図したものでもない。
「怪しい…」
「怪しくない。とにかく、できないから」
話はここまでと断固な態度で千紘は立ち上がった。
「どうしても?」
「どうしても。じゃあ行くよ」
千紘を見つめ続ける赤澤の粘りつくような視線を振り切るように、千紘はC棟へ足を向けた。
一之瀬の周りはどうしてこんな厄介なヤツばかりなんだ? 関わってすぐに次々と降りかかる出来事に驚くばかりだ。
なんだか…気の毒にもなってきた。
裏を返せば、一之瀬はそれに対処し対応している事になる。
尊敬の念を抱かずにはいられないなと、思う千紘だった。
(あれ? もしかして…俺と似てる?)
一之瀬もハズレくじを引く側の人間なんだろうか?
あんなに何でも思い通りになっています、という雰囲気と見た目なのに?
同じ不運を悩む界隈の住人なのかも…しれないのだろか。
そう一瞬、千紘は思った。
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