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週が明けて第三日目 - ③
しおりを挟む思ったら、なんだかいろいろと腑に落ちたように感じてくる。
今まで千紘が見てきた一之瀬の言動を鑑みると、みんなが噂するような人間ではないように思えてきたのだ。
むしろどんな人よりもその人の心に寄り添い、わかろうとする繊細さを持っているのではないか。例え自分が犠牲になろうとも、それを気づかせずに相手を思いやる気持ちとさりげなさを持った人のような。
(そうじゃなかったら、あんな対応はしないよな)
自分は二の次で、擁護の姿勢を崩さなかったあの日の一之瀬を千紘は思い出す。
決してあってはならない出来事ではあったかもしれないが、あらゆる面で一之瀬は誰よりも人間らしい一面を見せてくれた。
本当にあの状況で、だ。
だからこそ、千紘は先ほどの赤澤の態度が気に入らなかった。
(それにしてもなんだったんだ、いったい)
気分が悪いなぁという思いを振り切れずに歩いていたら、いつの間にかC棟へ到着していた。
引きずった気持ちを切り替えたくて、ラウンジを覗いていこうかなとエントランスの扉をくぐりながら思い浮かんで、エレベーターではなく足をそちらへ向ける。
(芹沢…いるかな。いたらちょっと早いけど、飯に誘ってみよう)
毎週この時間に、芹沢はラウンジで班のメンバーとグループ課題をしている。たぶん芹沢も終わった頃だろう。
自販機コーナーの前を通ろうとしたら、向こう側から松島が来た。
「おっ、舛森。ちょうどいいところに」
千紘を見つけて笑顔になると、紙袋を下げて近寄ってきた。
「どうした?」
「呼びに行こうと思ってたところ。来週の中間の過去問、手に入ったぞ。…コレ」
そう言いながら、両手で紙袋の持ち手を広げて中身を見せた。クリアファイルと紙の束が入っていた。
「やった!」
幸先のいい情報に、気分の悪さが薄れた。
松島には感謝だ。
「それは、助かる。ありがたいな」
松島もお礼を言われて嬉しそうだ。
「だろ? 明日か明後日、時間ある? 残りも手に入りそうなのあるぞ」
「マジで?」
「うん。だからさ、ちょっと対策やろうよ」
「もちろん」
「自分の勉強の進捗、大丈夫そう?」
「平気。松島は?」
「俺も」
「何が、“俺も”なんだ?」
話している二人の横から、急に低い声が聞こえた。
二人して声の降ってきた方を向き、その声の主を見る。
「芹沢…!」
「驚かせるなよ~!」
「ごめん、ごめん。二人で紙袋の中を覗いてたから、なにが入ってるのか気になっちゃって」
グループ課題の検討が終わったらしい芹沢が立っていた。
「来週の過去問。芹沢もいる?」
「……松島、お前いいヤツだなぁ」
問いに答えた上に嬉しい提示までした松島に感激した顔を向けた芹沢が、しみじみと言う。
「もちろん、いる」
「俺らのところより、ないかもだけど」
クラスが違えば、教授が違い過去問が違うこともあるのだ。
「いいよ。大丈夫。俺もこれからもらう予定だから、松島にも渡すよ」
「そう? ありがとう」
「お互いさまだよ」
「どっちが先に、コピーする?」
松島に聞かれて、千紘は芹沢と顔を合わせた。
「じゃあ、今から一緒に行こう」
「おう」
千紘が提案し、芹沢が頷いた。
ふたりの成り行きを見ていた松島が千紘に言う。
「返すのは、対策会の時でいいよ」
「わかった」
松島から自分が聞き慣れない単語を聞いた芹沢が反応した。
「なに? そんな楽しそうな事やるの?」
「芹沢も、来る?」
「行こうかな」
松島の誘いに芹沢が乗り気をみせると、松島の声が弾んだ。
「え? ほんとに? 二人が来るとなると、人数増えそうなんだけど。空き教室を予約しようかな」
「なに言ってるの? 大げさだなぁ」
嬉しそうな顔をする松島に、千紘は驚いた様子を見せると呆れて否定した。
「いや、来る。お前ら知らないの? 自分たちが”既修ツートップ”って、言われてるの」
「なにそれ?」
「笑うんだけど」
松島の解説に思わず千紘と芹沢は顔を見合わせた。
「自分たちのことだから知らないのか。お前たち、成績もいいし、顔もいいだろ? 一緒にいること多いし。だからさ」
「知らなかった…。俺ら、そんな噂の的なのか。どうする? 舛森。モテてるみたい。…嬉しいなぁ」
芹沢が聞いてすぐに反応して切り返し、おちゃらけたように言った。
松島はハイハイと右から左へ聞き流す感じで、いつものことだから気にしていないという表情だ。
「まあ…芹沢はこんな感じだからまだしも、舛森はレア感あるみたいだよ」
「え? 俺?」
急に自分だけに話題を振られて、千紘は唖然となった。
「そうそう。舛森は、な」
松島はわざと芹沢を見ながら、お前はお呼びでないよと宣言するように言った。その顔には笑いが浮かび、松島も芹沢のノリに合わせているのがわかる。
人の懐に入るのが得意な芹沢は、自由自在に形を変えて人の心に入り込むのだ。
松島もまたそんな芹沢に負けず劣らず、形を変えた芹沢の形に自分から合わせていくのがうまい人種だった。
「いけずだなー。松島は」
さようですかと松島は芹沢に短く言うと、千紘をまた見て続けた。
「俺は隣だから、話やすいの知ってるけどさ。舛森は用事がないとそうそう話さないじゃん」
「……………」
「照れてる、照れてる」
赤くなって黙り込んだ千紘は芹沢に突っ込まれる。
こういう対応は慣れていない。芹沢みたいに軽く受け流せたらいいんだけれど。
「松島みたいに話しかけてもらえれば、普通に俺だって話すよ」
横から芹沢にからかわれ、千紘はご機嫌を損ねた様子を見せた。
芹沢はそんな千紘に物申す。
「松島が、レアなんだよ。コミュ強おばけだろ」
「なんだよ、それ」
「誰ともうまくやってくじゃん」
芹沢の思わぬ反撃に遭って、今度は松島が何も言えずに照れた表情をした。
芹沢が追い打ちをかける。
「まったく、なんでそれで検察官志望なんだよ。宝の持ち腐れだろ」
「……それ、俺の親父が聞いたら泣くぞ」
松島の父親は検察官なのだ。
検察官だって、世の冷たいイメージにかかわらず温かい気持ちの人もいるし、トーク力抜群の人だっている。
第一、人を理解しようとする姿勢や話す力はもちろん、話を聞き出す力がなかったらできない仕事だと思う。それこそ、コミュ強オバケは役に立つんじゃないだろうか。
「うーん…もしかしたら、親父に合わせて転校ばっかりだったからかもな」
言われたことの分析をすぐに開始して素早く普通の顔に戻った松島は、早くもそう結論づけようだ。
「苦労の、結果かぁ…」
せっかく真面目な感じで松島が答えたのに、芹沢がまたもや茶化すように言ったのを受けて松島が言う。
「……お前が弁護士志望なのが、よくわかるよ」
「それこそ、日本全国の弁護士に謝れ。いや、世界中だ」
「芹沢、そういうところだぞ」
千紘が口を挟んで芹沢をたしなめた。
「そうだよ。黙ってればいいのに」
もったいないないなぁと言外に漂わせて松島が付け足すように突っ込みを入れると、三人で弾けたように笑い合った。
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