【本編完結】水曜日の迷いごと

咲月千日月

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週が明けて第三日目 - ④

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『ポコン』

 笑い合っている最中に、芹沢が手に持っていたスマホのLINEの着信音が鳴った。

「誰だろ?」
 
 みんなの前で画面を見ることに断りを入れるようなひとりごとを呟くと、芹沢が内容を確認して、松島の顔を見て言った。

「松島。…手に入った。相馬からだ」

 久しぶりの名前を聞いて、松島が目を見開いたあと嬉しそうに目尻を下げ目を細める。

「お~ぉ! 相馬! 懐かしいな。元気なのか?」
「元気っぽい。実務修習中で忙しいみたいだから、普段はあんま連絡しないんだけどさ」

 法曹コースを選択し、三年で大学を卒業して一足先に大学院に入った相馬は、去年在学中に合格した元同級生だった。

「そっかー。どこに行ってるんだ?」
「福岡」
「九州?! なんで? 福岡?」
「食いだおれ、したかったって」
「そこ、大阪じゃないんだ?」
「…あははっ! 確かに!」
「でもメジャーなとこ行けるあたり、やっぱ優秀なんだな」

 裁判官志望だった相馬は、それに有利な第一志望の国立大に風邪を引き落ちてしまいここへ来た。出世にも響くからと、とにかく早い期生になりたかったらしく、学校に住んでいるのかと思うほど図書館と自習室で勉強していたのを思い出す。情報収集も上手く、受験予備校データなどで千紘もお世話になった。

「今年、松島は受けなくてよかったのか?」

 相馬の話題が出て、同じように早目に受けるものだと思っていた松島に、芹沢が疑問に思ったままの突っ込んだ質問をした。願書を出さなかったことを知っているのだ。

「松島だって、早く合格した方がいいだろ?」
「いや…いいんだ。どうしても検察官って、わけじゃないから」

 いつも人と話すときには笑顔を絶やさない松島の顔が、めずらしく少し暗くなって曇った。誰にでもいろいろと事情があるんだろう。いつも明るく穏やかな松島にも。

「そっか。……こっちは、PDFだ」

 芹沢は松島の表情を見て、さらりと流して自分の話に話題を変えた。

「夜に、送ってくれるって。後で松島の学校のメアドに、転送しとくな」

 遠慮なくぶち込むクセに、さらりと相手の気配を読んで引く芹沢に千紘は感心する。こういうことは自分にはできないなぁと。

「おっ、サンキュ。コピーの手間が省けるな。わざわざ取り込んで整理してくれたんだ。いや…相馬のことだから、したんだな。…感謝だな」
「だな。……舛森にもな」

 千紘を見て、当然いるだろ? というように芹沢がほほ笑む。

「うん。ありがと。よろしく」

 芹沢にお礼を言いながら、ありがたいなぁと思った千紘は自然と笑顔になった。なにも言わなくても、ちゃんとこうやって自分を頭数に入れてくれていて、本当にありがたいし、嬉しい。

「ん? どうした? なんだか嬉しそうだな、舛森」
「え? ああ…協力のし合い、勉強の助け合い、教え合い。これこそ本来のあるべき姿だよなぁとか、思っちゃって」
「……向井達に、またなんかされたのか?」

 笑顔で言ったにもかかわらず千紘の話を聞いて、芹沢が険しい顔になった。本当に芹沢は鋭い。表情からよく人の感情に気づく。

「……芹沢の予想通り、レジュメもらえなかった」
「あ~、またか…。ったく、クラウド保存にすればいいのにな」
「なに? 舛森、そうだったの?」
「うん」
「ごめん、俺…隣なのに全然気づかなかった」

 松島が自分が犯人とばかりに、申し訳なさそうに謝った。

「いや、大丈夫。一之瀬先生が言ってくれたから」
「あ、先週! …これからは遠慮せずに、俺に言えよ。そんな事あったって知らなかったよ。協力するし」
「うん。ありがとう」

 頼もしい言葉に緩んだ頬から嬉しさが広がって、千紘が満面の笑顔になる。

「なんだかなぁ……めちゃくちゃかわいい笑顔だな。女子の気持ちがわかるよ」

 千紘の笑顔でのお礼に、松島が見惚れて思わず言った。

「なにっ…言ってるんだよ!」

 千紘の顔が、ほんのり赤くなり照れる。
 芹沢がそんな千紘をじっと見つめた。

「……うん、うん。舛森は、本当にかわいいよなー」
「芹沢まで!」
「冗談だよ」
 
 ひとしきりまた三人で笑った後に、松島が心配そうに言った。

「ホントに、言ってよ? 遠慮しないで。ただでさえ、ストレス漬けの毎日なんだからさ」
「松島、母親みたいだな」

 芹沢が横から突っ込みを入れた。
 そのひと言に松島の頬が少し膨れる。

「それはさすがに傷つくんですけど? …でもすぐ隣の俺が気づかなかったのに、よく一之瀬先生わかったよな。なんか…あの先生ってさ、"先生"らしくないよな」
「……? どういう意味で?」

 千紘以外でもいるんだと、一之瀬の本質をうがって見ているような松島の言葉に興味を引かれた。

「うーん、教授らしくないって感じ。そういうところ気づくところとか、授業もさ。俺、選択は労働だから先週初めてだったんだけど。なんか違う。やっぱ実務家なんだろうな」

 そういう見方があるのかと、松島の意見に感心した。

「すごいな、松島」
「なんだよ。舛森。もう、何もでないぞ」
「ははっ! 今回ので充分だよ」
「まあ…来週週末の二日間、乗り切ろうぜ」
 
 芹沢がカッコつけて言った。
 そう、来週末は二日間テスト漬けだ。いつもの授業より短い五十分編成で、次々と試験をこなさなければならない。

「ぷっ。…そうだな。その後はエクスターンシップだ」
「あっ…」

 笑いながら言った松島の言葉で思い出した。

「どうしたんだよ? 舛森」

 芹沢に聞かれる。

「あのさ…さっき赤澤さんに呼び止められたんだけど」
「あー、俺んとこも来た」
「なに? なにかあったの?」

 一人部外者の松島が、顔をクエスチョンマークにして二人の顔を交互に見ながら聞く。

「う…ん。エクスターンシップの研修先を自分と変われって、言うんだよ」
「確か、一之瀬先生のいる事務所…」
「そうなんだよ」
「無理ゲーもいいところだ」

 芹沢が憤慨した口調で言う。この様子だと、千紘より酷いお願いの仕方をされたのかもしれない。

「あそこ、人気だったんだよね。確か」
「そう、だったんだ」

(先生、公私混同的なこと言ってたけど…大丈夫だったのかなぁ)

 千紘は一之瀬との会話を思い出して、心配になった。

 その横で、思案顔になった千紘を芹沢がちらっと見た。なにか感じているようだ。

「舛森と芹沢だから、みんな納得って感じだったと思ったけど。…相手が赤澤さんかぁ…」
「なにかあるの?」
「うん。ちょっと。…微妙に話がね、すれ違うっていうか、鼻につくっていうか……認識が違うみたいで、周りが気を遣うみたい。珍しく井桁さんがぶちギレてた」

 なんとなくわかる気がした。同性でアレをやられたらたまったもんじゃないだろう。

「だろうな」

 芹沢が同意を示す。

「うん。そんな感じだから、何かあってもあんまり気にしなくていいんじゃない?」
「…そうするよ。ありがとう」
 
 せっかくの松島の心遣いだ。断ったし、もう忘れよう。

「よし。テストとエクスターンシップ、やるぞ」

 芹沢が場の空気を一掃するように、気合いを入れてくれた。
 

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