【本編完結】水曜日の迷いごと

咲月千日月

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第五日目に新たな姿を見る - ②

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 証拠調べに入り、その中でも重要な、第三者からの証言を聞き出す証人尋問じんもんとなった。赤の他人の証言は言わずもがな、主張の信憑性につながる。

 検察側の申請証人として中年の女性が出てきた。顔を見られたくないのだろう。被告人から見えないように、仕切り板が立っている。
 被害者の前に座っていたというその女性が、まず宣誓書を読み上げた。その後、起訴内容をなぞるかの如くのお手本のように、検察官の主尋問しゅじんもんに対して証言して答えていった。
 
 被告人を犯人とするような不利な主尋問が終わると、やっとこちらのターンが来た。
 続いて、一之瀬が対抗するための反対尋問を行う。

「あなたは先ほど検察官の質問に、被告人の右手が下がったのを見たとおっしゃっていました。間違いはないですか」
「はい」

 証人の女性は力強くひと言で頷く。

「ではその時の様子を詳しくお聞きします。まず、被告人の体の向きはあなたから見てどのような感じでしたか」
「向かい合っていました」
「被告人が当時、持っていた持ち物を覚えていますか」
「確かプラスチックの細長い筒のようなものを持っていて、他に同じくプラスチックの書類ケースと、平たい革の黒のビジネスバッグを持っていたと思います」
  
 そんな質問は想定内だと言わんばかりに、すらすらと証人は淀みなく答えた。

「だいぶ大荷物ですね。にもかかわらず、よく覚えておいででしたね」
「警察でも聞かれましたから」

 一之瀬の皮肉にも聞こえる質問に、ひるまず自信満々に証人は答えた。
 他人の持ち物なんて、普通はこんなに事細かく覚えていない。ましてや電車でただ乗り合わせただけの人の物なんて。一緒に出掛けた友人がどんな鞄や持ち物を持っていたのかさえ、あやふやだっていうのに。
 よほど警察や検察官に仕込まれたのだろうか。調書を聞かれながら取られているうちに、破綻のないように頭の中でストーリーが細かく出来上がってしまったのかもしれない。

「このようなものですね」

 実際に被告人が持っていたと思われるような品を藤木が持ち出し、一之瀬に手渡した。

「そうです」

 証人にひとつひとつ見せて肯定の返事を聞いたあと、一之瀬は藤木に持ち物を返すと言った。

「当時の状況を説明していただけますか」
「はい。……電車はかなり込んでいて、息苦しい感じでした。私は一番端に腰掛けていました。ドアの横だったので、特に混んでいたのを覚えています」

 証人は、思い出すように遠い目をした。

「私の左前側に被害者の方が立っていらっしゃって、右前に、被害者に向かってちょっと斜めに立つ感じで真横に被告人の男性がいました。その男性がカーブで揺れた時に片手でつり革につかまったので、何気なくその動きに釣られてその人の手を見ると、手首の内側にほくろがあったので気になってじっと見たんです。私もそこにほくろがあるので、同じ位置にほくろなんて奇遇だなと思って」

 一之瀬は頷き、次の質問をした。

「その時の被告人が、どうやってこれらの持ち物を持っていたか、覚えていますか」
ひじにビジネスバッグをかけて、その手で筒を持っていました」

(あれ…? 足りない?)

 一之瀬もそう思ったのだろう。あとに続く言葉を少し待ったが、それ以上証人が話を続けようとしなかったので確認の質問をした。

「……ほくろがなかった方の手、左手にですか?」
「はい。私が見たほくろのある右手は、つり革を持っていたので」

 わかりましたと一之瀬は頷いて、違う質問をする。

「では、その後の被告人の行動について覚えていますか」
「ええ。揺れがなくなって、手をおろしました」
「それが先ほどの『右手が下がったのを見た』ということですね?」
「はい」

 これで被害者側に位置する被告人の右手が空いたことになる。すぐ隣にいる被害者の臀部でんぶに触りやすくなった。

「それであなたは?」
「スマホに目を戻し漫画の続きを読み始めたら、『痴漢!』と叫ぶ声がして、目の前で女性が男性を睨みつけました。周りがざわついて、そこだけ人が割れたようになって…」
「その時の二人の様子を教えてください」
「女性が男性の手首の上辺りの腕をつかんで握っていて、大声で『離さないわよ』と言いました。その手首の内側にほくろがあったので、この人に間違いないと思いました」
 
 下げられた方の右手で触ったと思ったのだろう。直前の記憶では、手首にほくろがある空いている右手が、すぐに被害者を触れるところにあったのだから。

「その時点で被害者に握られていない方の左手は、どうなっていましたか?」
「つり革を掴んでいました」
 
 んん…? 空いているから、つり革はつかめるんだよな……?

「その時、被告人の様子はどうでしたか」
「『違う、俺じゃない』って、何度も否定していました」
「では被告人の持ち物は、どうなっていましたか」
「書類ケースは足の間に挟んだままで、筒のようなケースは足元に転がっていました。ビジネスバッグは、肘にぶら下がっていました」

 そこで一之瀬は、一呼吸置いた。

「……どちらの肘に?」

 ゆっくりと確信を持ったように聞いた。
 思い出す様子で少し思案して証人が答える。

「……右です。ぶら下がっていたのは、つかまれた手首の方でした。そこにはほくろがあったので…右に、ぶら下がっていました」

 そこで傍聴席がどよめいた。
 矛盾にいち早く気づいたのは、証人ではなかった。

「先ほどあなたは、片手はつり革を掴んでいたため、ビジネスバッグを肘にかけ筒を持っていたのはもう片方の同じ手だったとおっしゃっていました。なら、筒を持っていたのは、被害者がいた方の右手ということになります」

 だから筒のケースは、足下に転がっていたのだ。右手の腕をつかまれて手放したから。
 そして左手は、証言のようにつり革の上にあったのだ。それをすでにちゃんと一之瀬は聞き出していた。まぁ、反対側の左手では犯行は難しいだろうが。

「えっ?! でもちゃんと、あの時つり革に…」 

 戸惑う証人に、一之瀬は追い打ちをかけた。

「あなたがスマホに目を移したあとに持ち替えた、そう考えられませんか」 
「異議あり! 誘導尋問です!」

 検察官がすかさず割り込む。裁判官も間を入れずに答えた。

「異議を却下します」
 
 その声を受けて一之瀬は続けた。

「確かあなたは、途中のカーブの揺れでつり革に手をかけた被告人の右手首のほくろに目を留め、被告人の存在を確認したとおっしゃいましたね」
「はい」
「その時、書類ケースは確認していたんですか」
「確認……」
「持っていることがわかっていたか、ということです」
「………」

 証人は口を噤んでしまう。記憶が曖昧だったのだろう。警察で聞かれるうちに、最初から認識していた気になっていたということだ。

「……いえ、その時はわかりませんでした」
「肘に掛かっていたビジネスバッグと、筒状のケースしか目に入らなかったのですね?」
「はい」
 
 だから、はじめに一之瀬は聞いたのか。

「いつ、持っていることがわかったのですか」
「……騒ぎがあって、脚の間に挟んであるのを見てです」
「それまでは見当たらなかった、と?」
「はい。…最初から足に挟んでいたのかもしれません」

 これで証人の証言の信憑性が下がった。記憶はあやふやなものだったと。

「ではそうだとしましょう。仮に左手はつり革、右手には筒ケースを持ったままの状態。再現してみましょう」 

 藤木が書類ケースを足に挟み、右肘にビジネスバッグをぶら下げて筒ケースを持ち、左手を持ち上げた。

「右手に筒を持ったまま手を下げます。このままでは被害者の臀部には触れません。どうですか」

 わざわざ再現しなくてもわかる。物を持っている手で、痴漢行為ができるわけがない。

「筒ケースを下に置くとか」

 証人の言葉に一之瀬は頷いて、後を続ける。

「被告人が持っていた筒ケースの中身は、設計図です。大事な商売道具ですよ。下に置けば満員電車の中で誰に踏まれるかわからない。そんなものを下におきますかね?」
「じゃあ、脇に挟むとか」

 証人がムキになる感じで答えた。

「異議あり」

 突然検察官が立ち上がり声を上げた。あとに引けなくなった証人の答え方を見て、まずいと判断したのだろう。

「弁護人は、憶測で質問をしています」
「異議を認めます。弁護人は、発言に気を配ってください」

 裁判官が認めて言った。

「はい」

 一之瀬は裁判官に肯いて、再び証人に向かい合う。

「ではおっしゃるように、右腕の脇に挟んで抱え込んだとしましょう」

 一之瀬が藤木に指示して、同様の格好をさせる。

「このまま下に手をおろすと、被害者まで手が届きません」

 証人の顔が段々苦しそうな顔になってきた。

「……。足に挟むとか、したらいいと思います」
「異義あり」

 検察官が再び立ち上がり声を上げた。

「明らかに誘導尋問です。証人に仮定したことを何回も繰り返し聞くことにより、被告人に有利な証言を証人から引き出しているように思えます」
「弁護人」

 裁判官が一之瀬に促す。それを受けて一之瀬が答えた。

「客観的な事実関係を明らかにしようとしているだけです。当時の状況を再現することによって、被告人の行動を検証したいと考えます」

 裁判官は頷くと検察官に向かって言った。

「異議を却下します」

 仕方なく検察官は椅子に腰を下ろす。

「では、足に挟むとしましょう」

 一之瀬は藤木から筒ケースを取り上げ、足に挟もうとした。しかし、既にそこには書類ケースが挟まっている。
 筒の方が明らかに厚みがあるので、挟もうとすると書類ケースが揺れて足からすり抜けてしまうのだ。  

「あっ…!」

 証人が声を上げた。

「そう。これ以上、足には挟めない」
「……」
「書類ケースの上に筒ケースを縦に乗せて、手で支えることはこの状態では可能だったでしょう」

 藤木が実際にやってみせる。

「それでも右手から筒ケースを放すことは、無理なんです」

 法廷に、ざわめきが走った。
 左手はつり革、右手には筒のケース。
 一之瀬が証人から聞き出した真実だ。検察側の証人なのに……それを上手に利用して。

 千紘は隣の安達に小声で聞く。

「安達さんこれって…」
「被告人には犯行が無理だったってこと」
「はい…すごい……」
「これだけじゃ、終わらないわよ」

 安達が微笑んだ。

「……? どういうことですか」 
「静かに!」

 千紘が聞いた途端に、裁判官の注意が傍聴席に飛ぶ。

「反対尋問を終わります」

 一之瀬が一礼した。その横顔が眩しかった。

 安達の言葉とは裏腹に、一之瀬はそれ以上追求をしようとしなかった。
 安達の言葉の意味が気になりはしたが、そんなことはどうでもいいくらいの感動が千紘を襲う。上の空で一之瀬を見つめた。 

(なんて人だ……)

 千紘は、一之瀬の才能を目の当たりにして奮えた。
 初めて目にする生の攻防戦というだけではない熱いものが、千紘の胸をぎゅっと締め付けた。


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