【本編完結】水曜日の迷いごと

咲月千日月

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第十二日目 帰郷 - ①

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 学校へ戻った千紘は、何とか前記試験をクリアして、夏休み早々実家に戻ることに決めた。

 ちょうど試験が終わった頃に図るように同じ東京で弁護士をしている姉から電話が掛かってきて、お盆には旅行に行くから早めに帰るというので便乗することにしたのだ。電車代を出してくれるだけでなく、グリーン券を用意するというおいしい条件付きで。

 蒸し暑い土曜の昼、東京駅の新幹線ホームで待ち合わせる。
 新潟行きの "とき" 。生まれ育った新潟の故郷の街まで運んでくれる。

「待った~?」

 暢気に大声を出しながら、姉の千香ちかが近づいてきた。

「久しぶり! 千紘!」

 両手に荷物を持ち、抱きつかんばかりの勢いで走ってきて急停止する。
 昔から顔は良く似ているのに、行動は正反対だと言われてきた姉だ。

「危ないなぁ」
「大丈夫、大丈夫!」
「なんでそう見切り発車で物が言えるの」
「だって、大丈夫だから~」

 当然というように自信満々の、大輪の花を咲かせたような明るい笑顔で答えた。
 
 どうして自分の周りにはこうパワフルな女性ばかりなのか……千紘は考え込みそうになった。それも名前に"千"のつく……。

 千紘はこれ以上は諦めて、口をつぐむ。千香の荷物を半分持ち、言った。

「…じゃあ、乗るよ」
「そうしよう!」

 元気よく千香が返事をして二人で乗り込む。これではどちらが年上なのかわからない。

(まったく、歳を考えて欲しい…)

 席に腰を下ろすと、早速千香は自分の机だけでなく千紘の机も出し弁当類を広げ始めた。すき焼き弁当にちらし寿司、生ハムサラダにサーモンのマリネに焼き鳥やチーズ、ビールにワインまである。お土産だけでなく、道理で荷物が多いわけだ。

「まだ気が早いんじゃないの」
「えー、だってさっきまで仕事してて、朝ごはんまだなんだもん。お腹空いた~」
「はーっ……。じゃ、どうぞ」
「ありがと。デザートもあるからね。クレームブリュレ! 千紘好きだもんね」
「お気遣い、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして。甘党の弟を持って、私も幸せです」
「なにげにバカにしてる?」
「全然。だったら、買ってこないよー。まぁ、お酒をもう少し付き合っていただけると、姉としては嬉しいけれど」

 両刀遣いのたくましい姉がのたまう。

「精進します」
「よくできました。では、いただきまーっす」

 千香は笑顔でお箸を割って、そのままサラダを頬張る。

「ん~! 美味しい!」

 そう言って今度はビールを煽り、幸せそうにしている。


『ゴトン』

 タイミングよく、あまり音を立てずに滑り出すように新幹線が発車した。走り出してしまえば、弁当を大量に広げていてもなんとか格好がつく。

「そういえば旅行って、どこ行くの?」
「セーシェル」

 口をもごもごさせて、嬉しそうに千香は答えた。

「またそれは、遠くへ行くね」
「ふふふ、いいでしょう? バカンス! って感じで」
「俺ならバカンスよりも、のんびりがいいよ」
「受験生だからねー、そう考えちゃうか。仕事しだすと現実逃避したくなるものなのよ。思いっきり遊びたい、環境を変えたいって」
「そんなもん?」
「かな。私はね。それより試験はどうだったの?」
「なんとか」
「単位落としてないでしょうね」
「落としてないよ。五味先生の問題きつかったけど」
「ああ、あの先生ねー、意地悪なんだよね。やたら問題文長いし。学部だったらみんな書けなかったで終わっちゃうけど、院じゃそうもいかないもんねぇ」

 同じ大学出身の姉は懐かしげな顔をして、しみじみするとまた弁当を頬張る。

「他は誰に教わってるの?」
「大体学部と院の先生で、あとは実務官からの引き抜き組と弁護士。二年になって演習が増えたから、そっちの先生の方が多いかな。知らないと思うよ、姉貴は」
「ふーん、大変そうだねぇ。受験生は」
「そうそう、少しは弟を労わろうって気になった?」
「別にー。厳しさはおんなじじゃん。合格率高い分、儲けもんだと思うよ」
「はいはい」

 その合格率は中身を分析して見ればあまり変わらないと思うが、黙っておいた。

「で、選択は何にしたの?」

 千紘は一瞬、躊躇して俯いた。

「倒産法」
「へー、頑張るねぇ。大変だぁ」
「まぁね」
「誰に教わってるの」
「……一之瀬先生。……だけど、後期は違う先生になる予定」
「ああ、一之瀬さんか。彼に教わってたんだ」

 姉の口ぶりに驚いて思わず凝視した。

「知って…るの?」
「うん、知ってる。修習所時代の仲間の飲み会に来たことがあって。期は違うけどね。彼、新潟の出身なんだよ。知ってた?」
「え?」
 
 さらなる驚愕の真実に、もはや驚きを隠せなかった。

「だから話が弾んでね。確か、都市銀に入行して新潟支店に配属されたって言ってたような」
「本当?」
「うん。それでその後辞めて、司法試験受けたんだよね、確か」
「何で辞めたの?」
「知らない。でもお父さんなら、知ってるかも」
「どうして父さんが!?」

 意外な人物の登場で、千紘は大声になって聞いてしまった。

 千香はキョトンと知らないの? という顔をして千紘を見た。

 驚きすぎた千紘にはその後の千香の言葉が、口だけ動かしているだけのように感じた。

「一之瀬さんが弁護士になったきっかけって、どうも、ウチのお父さんらしいよ」
「ええっ?!」

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