【本編完結】水曜日の迷いごと

咲月千日月

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第十二日目 昼下がりに真相は姿を現す - ①

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「どういうこと?」

 千香が光一に聞いた。

「彼が銀行マンだった当時、いろいろとあって、企業を再生させる手伝いをやりたがっていたんだ。だからだよ」
「だから…?」

 続きを促すように、千香が聞く。

「ちょっと前……千紘世代は当たり前なのか…千香くらい前か…民事再生法とか事業再生ADRとか事業再生系が整備されただろう?」
「そうそう。大学の時、そんな感じだった。面倒くさそうだから、選択は労働にしたんだよね」
「千香…お前は…」
「ちゃんと、ひと通りは勉強したって! ほら! こうして今は立派に…って、…私じゃない、一之瀬さんの話よ!」

 本当に、話の邪魔だから、千香には黙っていて欲しい。

 光一はため息をつきつつ続けた。

「はーっ…。それが…彼と会った頃より少し前だったから、彼ならきっと、合格してすぐ真っ先に専門にやっていると思っていたんだよ」
「一之瀬さんのこと、やっぱり詳しいんだね」

 それを聞いた千香が言う。

「詳しい、というほどでもないけどね。早期事業再生法も施行されるし、彼にはいいことじゃないか」

 千香はまた新たな疑問を見つけた顔をした。

「どうして、一之瀬さんはその分野にそんなにこだわりがあるの? 私も一度会ったことがあって、娘さんですかって驚かれた。だからどんな繋がりがお父さんとあったのか興味があるね、って電車で千紘と話してたの」
「そうか……」

 光一はなんとも言えない複雑な表情をした。
 
 そのこだわりが、ぜひとも聞きたい。
 千紘には、一之瀬が姿を消したことと関係があるような感じがひしひしとする。

「どんな人だったの?」
「そうだなぁ……。大分経つし、話してもいいかな」

 千香が身を乗り出した。

「うんうん、聞かせて」

 こちらもさすが本職だけあって、話を聞きだすのがうまい。全力であなたの話に興味がありますとアピールしてその気にさせる。

「もともとは水樹君のお父さんが、同じ大学の学部違いの友人だったんだ。学部は違ったけど同じ新潟出身ということで、よく飲んだり遊んだりして仲良くなったんだ」

 そこで当時の記憶を辿るように、光一は遠い目をした。
 腕組みをして話し始める。これは話が長くなるサインだ。

「彼らは学生結婚でね。上のお子さんがすぐに生まれたから、卒業してすぐ実家を継ぐためにそのまま新潟へ帰ったんだよ。上の子は女の子だった。それで五年くらいしてからだったかな、二人目の水樹君が生まれた」

 そこで光一は湯呑のお茶を手に取りひと口飲むと、少し辛そうに重そうに口を開いた。

「上の子は大学を卒業して、水樹君は高校卒業する年かその前くらいだったかな…二人いっぺんに事故で他界してしまった」

 場にも重い沈黙が流れた。
 千香も黙り込む。まさか、こんな話になるとは思ってもいなかった。一之瀬は、そこでも辛い思いをしていたのかと、千紘は胸が張り裂けそうになった。

 光一はまたお茶を続けて飲み、少し心が落ち着いたのか、湯呑み茶碗を机の上に置くと、続きを話し始めた。

「そのあと…、もう…十五年近くも経つのかなぁ。社会人になった水樹君がひょっこり現れて。彼は父さんの大学の後輩になってた。学部は、彼のお父さんと同じで、経済だったって言ってたな」

 父の光一は目を細める。また腕を組む。

「彼は二十代の半ば…社会人二年って言ってたように思うよ。銀行で融資担当をしているって言ってた。その歳で融資担当だから当然だろうけど、後で人に聞いた話では随分と優秀な出世頭のようだった」

 すっかり二人共に光一の話に引き込まれ、千香でさえも口を挟まない。

「自分が融資を決めた取引先があって、そこは役員が親族という同族経営の小さいところでね、ゴーサインをもらうにはその企業の業績と内情はギリギリだったらしい。でも社長の人柄に好意を持っていた水樹君は、なんとか頑張って融資を取り付けたんだ。社長は社員が助かるって、非常に喜んだそうだよ」

 晶子がコーヒーを持って入ってきた。
 光一の体勢を見ると、静かにソファーに腰を下ろす。さすが、あうんの呼吸である。

「それなのに、経理を任されていた弟が融資の金を持って逃げたんだ。彼には相当な借金があったらしい。それも運の悪いことに最近の借金で、周りに知られてなかったらしいんだ。奥さんが亡くなって、ギャンブルに急にのめり込んでいたそうだよ。社長はそれに気付かなかった自分を責めてね、弟の心の闇にも気付けず、社員も救えず申し訳ないって、保険金を使ってくれって、自殺してしまったんだ」
「………」

 場は静まり返る。
 いつも元気な姉の千香でさえも、言葉を発しなかった。身に積まされる部分もあったのだろう、硬い表情をしている。


『 "二度目" 』

 重村が言っていたという言葉が思い出された。
 銀行員時代にそんな壮絶な経験をしていたなんて。
 融資をした張本人だった一之瀬には、その事実は今回よりももっと重く、心に圧し掛かっていただろう。

「その会社は残された者では立ち行かなくなって結局倒産した。お父さんは水樹君に頼まれて、その時の処理をしたんだ。水樹君は、大分憔悴していたな。…今でも覚えているよ。見る見るうちに痩せていって、顔色もいつも蒼白だった」

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