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第十二日目 昼下がりに真相は姿を現す - ②
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十五年前。晩秋。
山から下りてきた紅葉が街へ届き、街路樹の木々も思い思いに色づき人々の目を楽しませた後に、とうとう散り始めた頃だった。
大学時代の友人の子供が、光一の前に突然姿を現した。
彼は、前に会った時はまだ高校生で学ラン姿だったのに、背がさらに伸び、スーツの似合ういい男になっていた。
通った鼻筋が友人である父親に似ていて、目は切れ長で美人だった母親に似ていた。
「舛森先生…」
日が暮れ街灯が付き始めた頃、光一は暗闇から突然声をかけられた。ちょうど事務所の戸締まりをしていたところだった。
「うあっ!」
驚いて年甲斐もなく大きな声を出し、後ろによろけてしまった。
「あっ! 申し訳ありません! お怪我はありませんか、先生」
声をかけた主が心配する。
光一は体勢を立て直し、自分を先生と呼ぶからには、知り合いだろうと思い普通に返事をした。
「ないよ。それより、こんな遅くに、突然どうしたんだ? ええっと……」
「一之瀬です。一之瀬順の息子の、水樹です。ご無沙汰しております」
水樹が頭を下げた。
「…おお! 水樹君か! ずいぶん久しぶりだね。すっかり大きくなって……。こんな所で一体どうしたんだい?」
「……実は、ご相談がありまして…突然お訪ねしてしまい、申し訳ありません」
水樹は少し躊躇した後、思い切ったように言った。
「いいよ。気にしないで。そんなことはしょっちゅうある。暖房を切ったばかりだから、まだ暖かい。中へ入ろう。どうぞ」
光一は水樹を事務所へ招き入れ応接室へ通すと、給湯室で電気ケトルをセットし、再び暖房を入れた。
パックのコーヒーを淹れつつ、応接室へ大きな声をかける。
「今日は冷えるね。コーヒーは大丈夫かい?」
「はい。いただきます」
「砂糖とミルクは?」
「ブラックで大丈夫です」
「わかった」
コーヒーを持って応接室へ入った光一は、水樹を見て一瞬動きを止めた。
水樹が今にも消え入りそうなほど顔面蒼白で、まるで幽霊のように力弱い存在に見えたからだ。
「大丈夫か、君?」
「ええ、大丈夫です」
言葉とは裏腹に水樹はフラフラ揺れているような感じがしていた。
光一にもそう見えていた。まるで病人だ。
「顔色が悪いようだが…」
「お気になさらないでください」
「ちゃんと寝ているのか? 誤魔化しても顔をみればわかるぞ」
光一の言葉に小さくため息をついて、水樹は答えた。
「……正直、あまり」
「それはよくないな。医者には?」
「いいえ。いいんです」
「君まで倒れてしまっては、なんにもならないだろう。天国のお父さんが悲しむよ。なにがあったかわからないが、自暴自棄にはならないでほしい。横には、なっているのか?」
「ええ。…ありがとうございます」
「いったいどうしたんだ? 心配だな…」
光一は顔を歪めた。水樹が不憫でならなかった。
しばらくの沈黙のあと、水樹はポツリと告白した。
「……眠れなかったんです」
下を向いたまま、水樹は呟いた。
赤の他人なのに、この人は本気で心配してくれているらしいと感じたら、言葉になっていた。
「うとうとしても夢ばかり見て」
「なんの?」
「よくわからない悪夢です。目覚めた時には覚えてはいません」
「………」
「なにが、あったんだい?」
「………。…実は、昨日……」
水樹は沈黙の後、静かにゆっくりと語り出した。
銀行で融資担当をしていること。担当した会社で起こったこと。
「……自分が融資しなかったら、こんな結果にはならなかったんじゃないかって。例え倒産しても、元気に暮らせていけたのに……。命さえあれば何度だってやり直しはきくのに!」
顔を歪めて必死で、水樹は涙を堪えた。
深い深い後悔と悲しみと絶望が、水樹を包んでいた。
「…申し訳ない、…本当に…」
震えた唇から言葉が紡がれるたびに、水樹の身体も震えた。
光一は立ち上がり、水樹の背中を擦る。
過呼吸になりそうにも見えた。
「…本当に…申し訳ない、……って、そのことしか、浮かんで…こなくて……」
涙を流さずに全身で泣いている水樹を、思わず光一は抱き締めた。そうせずにはいられないほど、消え入りそうな風体だった。
「君のせいじゃない。君は精一杯やった。何も悪くない」
光一の胸の温かさに、水樹の堪えていた涙はとうとう溶け出して頬を伝った。
一滴流れたら、後は止められなかった。
号泣した。初めて水樹は、号泣したのだった。
♢♢♢
「仕事以外でも何度か水樹君と会ったよ。話を重ねていくうちに、弁護士という職業に興味を持ったようだった。どんどん法整備がされていってたしね。銀行員ではやりきれないことを、なにかできるんじゃないかって。その後すぐ受験を決めて、とにかく早い方がいいって、まだ間に合う学校の社会人枠を受けたんだよ。見事に関西の方の学校に受かって銀行を辞めたんだ」
光一はコーヒーカップを手に取り、話を締め括るように飲んだ。
「そう…なの……」
千香には、自分が思っていた以上の話だったのだろう。先程までの興味津々な態度はなりを潜め、厳しい表情に変わっていた。彼女も彼女で仕事を思い出していたようだった。
千紘は、一之瀬を想った。そんな経験を追体験しなくてはならなかった、彼の心中は自分は図りきれない。わかろうというほうがおこがましい感じがする。
ただ、願った。
どうか、どうか、乗り越えられる力を誰か彼に、と。
「ああ……。一之瀬は、長岡の出身だったな」
父が急に思い出したように懐かしそうに呟く。
「晶子。花火大会、二人に行ってもらったらどうかな」
「そうね、いい考えね」
「花火大会?」
急な話の展開に、千香が素っ頓狂な声で聞く。
「長岡で毎年大きな花火大会があるだろう? 招待チケットを二枚もらったんだが、母さんは友達と旅行だそうだから、どうしようかって話してたんだよ」
「わー、行く行く! 有名だよね。一度行って見たかったんだ。もちろん千紘も行くよね?」
有無を言わさない迫力で聞かれれば肯くしかない。
重苦しい雰囲気を少しでも千香としては変えたいのだろう。
「うん、行く」
長岡、一之瀬の生まれた土地。行ってみたい。見てみたい。
また、不思議な運命のめぐり合わせが回ってきた。
そんな風に感じた。
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