射手と狼少年

ささがき

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一日目

第4話 雨の裏通り

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 どんよりと垂れ込める灰色の雲から雨は降り続いていた。
 ぬかるむ裏通りを、シンは駆け抜ける。
 ガラの悪い者たちがたむろする場所を避け、塀をよじ登ったり、大人では通れない建物の隙間を縫うように進む。
 視界を邪魔する雨粒を払った手が黒く汚れた。
 髪からぽたぽたと濁った色の雫が滴っている。
 ――早くしないと。
 シンは先を急いだ。

 目的の場所は、奥まった場所にある建物に囲まれた狭い路地。
 簡易テントを張った露店がひっそりと佇んでいる。
 あやしげな香や獣臭いにおいが入り混じり、異様な雰囲気が漂っていた。
 毛皮をまとった年齢不詳の店主がシンに気づいて顔を上げる。
「なんだ坊主か。いつものか?」
「うん、お願い」
 店主はじろじろと無遠慮な目でシンを眺めた後、値段を告げる。
「銅貨15枚だ」
「…こないだより増えてる」
「いらねえならこっちは構わねえんだぞ」
 店主の視線は、シンの顔…より上、雫をこぼす髪に注がれている。
「わかったよ」
 しぶしぶシンは支払いの準備をする。
 ボロボロのシャツの隙間から、防寒のために体に巻いている布に指を差し込む。
 そこにはひそかに貯めていた銅貨が隠してあった。
 先程受け取った荷運びの報酬を合わせると、15枚ぎりぎり。
 食事を切り詰めてやっと貯めた銅貨だ。
 だけど、惜しんではいられない。
 硬貨をぐっと握りしめ、店主へ差し出そうとした…
 その手を、後ろから差し出された手が押しとどめる。
「ちょっと待て。」
「えっ…アロウ!?」
 シンが振り向くと、倉庫で別れたはずのアロウがそこにいた。
 走ってきたのか、雨をしのぐフードはずり落り、息を切らせている。
「おまえ…足速えな…」
 道のない狭い場所も通り抜けて走っていくシンを追いかけるのは、なかなか骨が折れた。
 アロウはぜえぜえと肩で息をしつつも、シンを後ろに押しやって店主の前に出る。
「なんだ兄ちゃん、邪魔すんのか」
 じろりと商人がアロウをねめつける。
「まっとうな商売なら邪魔はしねえが。」
 アロウは負けじと睨み返した。
「…警備隊にこの場所を通報してもいいんだぞ」
 その目線は、店主の背後に積まれた商品に向けられている。
 しばしの沈黙。
 両者の間に張り詰める緊張感に、シンは視線を彷徨わせる。
「…ちっ好きにしろ」
 吐き捨てて視線をそらしたのは、店主の方だった。
 アロウはシンの手を取って踵を返す。
「行くぞ」
「えっ…ちょっと」
 有無を言わせない雰囲気のアロウに連れられて、シンは店を後にした。


「ちょっと!困るんだけど!」
 アロウに手を引かれるようにして路地を抜けていく。
 シンは店を振り返りつつ抗議の声を上げた。
 今日買えなかったら…隠せない。
 "バレた"時の、人間の目をシンは思い出す。
 アロウも、同じ目をするのだろうか。
 想像するだけで心の芯が凍り付く思いがした。
 掴まれた腕が、痛い。
「はなせよ!」
 強めに腕を引くとアロウが足を止めた。
 アロウは振り返り、シンを見下ろす。
 その目には、怒りが浮かんでいるように見えた。
 ――殴られる?
 シンは反射的に身をこわばらせ目をつむる。
 次の瞬間、降ってきたのは拳ではなかった。
 ばさっと体全体に重みがかかる。
 …布だ。
 頭からすっぽり外套をかぶせられたようだった。
 ほとんど真っ暗な視界に呆然として立ち尽くす。
 布が引っ張られる感触がして、視界が開けた。
 アロウが覗き込んできて、外套の端を調整する。
 シンはきちんとフードをかぶせられ、余った裾は紐でくくられる。
 呆然と眺めている間に、外套を脱いだアロウの髪や肩に雨粒が染み込んでいった。
「あの店でなくても買物はできる」
 そっけなくそう言ってアロウは再びシンの手を取って歩き出す。
 シンは何を言われているのかよく分からなくて、考えがまとまらないままアロウに引っ張られるように歩く。
 ただ、握られた腕も、かぶった外套も、ほのかに温かい気がした。
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