射手と狼少年・番外編

ささがき

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帰る場所

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 ぎい、ぎいと床板が軋む。
 思ったより大きな音に、アロウは歩き方を変える。
 夕闇迫る白狼館の古い板張りの廊下は薄暗く、両側に並ぶ扉の下からは部屋の明かりが漏れ始めていた。
 廊下の突き当たりの窓に照らされた、右奥の扉が206号室。アロウの借りている部屋だ。
 206号室の扉の下からも明かりが漏れている。
 中の同居人が早々にランプを灯したのだろう。
 アロウはドアノブに手を伸ばそうとして、ふと人がいる部屋に帰るのは久しぶりだということに気がついた。
 同居人のシンは賑やかだ。
 ためらいもなく「おかえりー!」と言って駆け寄ってくるに違いない。
(ただいま、って言って入ればいいのか…?)
 自分の部屋なのに途端に帰り方がわからなくなる。
 前はどうしていただろうか。
 何も言わずに飛び出してきた師匠の家では、最後はほとんど口をきいていなかった気がする。
 当然「いってきます」や「ただいま」などの挨拶もない。
 ほんの些細なことで反抗して、口が悪くなり、しまいに最低限の礼儀すら放棄して逃げた。
 最初はあった罪悪感も、回数と共に磨滅していく。
 師匠はどうしていただろうか、律儀に「おかえり」と言っていただろうか。
 シンがもしも態度を翻した時、どこまで関われば……
 そんなことを考えてアロウの足が止まる。
 そして考え事で頭がいっぱいになっているアロウは、後ろから響く軽い足音に気が付かなかった。
「おっかえりい!!」
「うぐっ」
 ほとんどタックルの勢いで後ろから飛びつかれる。
 がん、と額を思い切り扉にぶつけた。
「ぃ゛ってえ…!」
 想像より5割増し元気な歓迎を受けてアロウは涙目で見下ろす。
 シンが背中に張り付いている。
「あのな。急にそういうことするとケガの元だからやめろ」
「えーっ鍛え方が足りないんじゃない?」
 小首をかしげてみせるシン。わかっててやっているあざとさがあるが、それでも可愛いので困る。
「それよりほらほら、帰ってきたんだからすることあるでしょ?」
 背伸びをしてみせるシンに、アロウは抱えた包みを掲げてみせる。
「餌付けの時間だっけ?」
「ちっがーう!ただいまのキスは!?」
「ませたこと言ってんなよお子様」
 アロウは包みをシンの顔に押し付ける。
「子供扱いすんな!…って何これ!?いい匂い!!」
「焼き芋だ」
「芋?お菓子じゃないのに甘いの?」
「温めると甘くなるんだよ芋は」
「へぇ…」
 よだれを垂らさんばかりの顔をしているが、シンは包みをぎゅっと握りしめるばかりで部屋に入る様子はない。もじもじとアロウの様子を伺っている。
 アロウはまだ痛む額をこすりながらも、シンの肩を叩く。
「留守番ありがとうな」
「う、うん。あのね…」
 シンはそれをとても大事なことのように言う。
「おかえりなさい」
 シンもその言葉を告げる相手が長くいなかったのかもしれない。
 ぎこちない言い方だった。
「……ただいま」
 すとんと自然に言葉が出て、アロウはほっと息をつく。
「さあ入ろう」
 206号室の扉が開く。
 今日からは、ここが2人の帰る場所になる。
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