この気持ちに気づくまで

猫谷 一禾

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緊張のまいにち

《18》

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 度肝を抜かれた入学式から1週間、緋縁は常に挙動不審に過ごしていたが、至って平和だった。教室では相変わらず佐藤と井上と過ごし、昼は購買で買ったり食堂に行ったりと学園生活を満喫していた。食堂に行く時はいつも以上に周囲を警戒して、隣の教室のS組にいるという生徒会メンバーの目に入らないように気を付けて、寮では時間を気にして過ごし何とかバレずに済んでいる。

(ふぅ~やれば出来る男だったんだな俺ってば)

1週間、無事に過ごせた達成感で緋縁は少し気が大きくなっていた。自分に課したミッションで周囲への警戒を怠らない、これをフとした拍子に緩んでしまっていた。

 週末、寮の談話室。寮は1階に食堂と大浴場と学習室兼ミーティングルームが有り2・3階は1年生の居住スペース4・5階は2年生、6・7階は3年生で8階が特別室となっていた。この特別室は生徒会と風紀委員と成績上位者がそれぞれ個室を割り当てられていた。2・4・6階にその階の各学年の談話室が設けられていた。暗黙の了解として他学年は敬遠していた。談話室と言ってもフリースペースで椅子とテーブルが設置されているだけだった。

カタカタカタ…ポチ…カタカタ……

ノートパソコンのタイピングの音が響いている。この談話室とは名ばかりのフリースペース、利用する者はマチマチだが、今の時間は人の気配が少なかった。緋縁はわざとこの時間に来ていた。
学校から1人1台支給されているパソコンで課題をしていたのだ。部屋でやっていたが、気分転換の為ここに来ていた。初日の様子からは考えられない行動で気が緩み出した証拠であろう。
緋縁はヘアバンドで前髪を上げてフード被り、耳にはワイヤレスのイヤホンをしていた。気分転換が功を奏した様で集中して行えていた。

「よし、後はここをちょっとこうして…」

なので気が付かなったのだ、近くまで人が来ていたことに。フードのメリットは顔と髪色を隠せるところだが、デメリットは視界が狭まってしまうところだった。増して耳からの情報はイヤホンから流れてくる軽快なリズムで遮断されている。

「ねぇ、君……ねぇ…もしもーし…ちょっとぉ」

緋縁は気づいた様子もなく、パソコン画面を見つめたまま、あまつさえ鼻歌なんかもしだした。

「聞こえてる?無視してんの?」

コンコン…

声をかけた人物はテーブルの端を叩いて気付かせようとした。が、指先がノリに乗っている緋縁は無反応だった。はぁっとため息ひとつ、そしてイラっと来たその人物は掌をパッと広げて緋縁の目の前にかざし、ヒラヒラと振った。

「っわぁ!!な、何?…びっ…くりした…」

咄嗟に仰け反り、椅子から立ち上がり手の人物を見る。いつの間に人が近くに来ていたのか。緋縁にしてみたら集中している所にいきなり視界が遮られて、目の前に掌が現れたのだ。ビックリするのは当たり前だった。
ドキドキする胸を押えて、イヤホンを耳から取る。

「あ、気が付かなくて…」

(あれ?この人、見たことある…)

「わざとやってんのかと思ったけど、鼻歌聞こえたからすげぇ度胸だなぁ…って聞こえてなかったんだ。ここで何してんの?」
「あ、課題を…」

(あれ?あれ?…誰だっけ)

急な事で分かっているはずが声を掛けてきた人物と思い当たる人と結びつかない歯痒い感じがする。

「ふーん、でもさぁ君みたいな感じの子が、ここで1人で作業するって余り関心しないけど…」
「!?あ、あ…生徒会の…」
「え?俺のこと知らない?あ、外部?だからか」

(生徒会の美人な人!書記の美丘先輩だ!)

「俺は、生徒会書記、美丘弥菜。噂くらいは聞いてそうだね。ちなみに2年だから君の先輩、OK?」
「は、はい!」

呆然と顔を上げて見てしまう。遠目で見るより近くで見た方がずっと

『きれい…』

2人の声が重なった

「君、綺麗な顔してるね。今年の1年だよね?しかも外部生。居たっけ?目立ちそうだけど」
「え、え、え?はっ…いや…」

(ついつい見とれてる場合じゃ無かった!)

綺麗だと言われ慣れている弥菜は、緋縁の呟きに何の興味も示さず、それより緋縁の顔に興味を示してきた。

「あ、えと、美丘先輩は何故、ここに…」

(確かこの階は1年しかいないはずじゃ…)

「あぁ見回りだよ。君みたいに無防備な新入生に注意喚起をして回ってんの。4月のこの時期は風紀と俺たち生徒会でよく回ってるよ。寮は普段ならざっと回って終わりだけど、たまーに、君みたいに居るんだよね、ボケっとした子が」
「は、はぁ……ボケっと…」

弥菜は何に対しても綺麗なものが好きだった。緋縁のような綺麗な顔をしている子には優しくしてあげたくなるのだ。イラッとしたお返しに、最後にチクッと言うことは忘れないが…

「で?何でここでやってんの?同室者に追い出されたの?それか…入れない理由でも?」
「いやいや、ただ単に気分転換で…」
「あぁそう、これからはやめた方が良いかもね。どこで何があるが分からないから。せめて誰かと一緒にやった方が良いよ。」
「はい、すみませんでした…」

ハッキリした物言いで軽く叱られて、地味にへこんでしまう。両手を体の前でモジモジとしてシュンと下を向いてしまう。

「分かれば良いよ。ところで君の名前はなんて言うの?これいちよう仕事だからさ。はい、何年何組誰君ですか?」
「はい!1年A組、多咲緋縁です」

サッと姿勢を正して両手は体の横につけてビシッと答える。緋縁より少しばかり背の高い弥菜が片手を上げて無言でフードを外す。

(あっ!)

「ほら、やっぱり綺麗な顔だ。髪の毛の色もいい感じだね。天然だ、俺もこの天パの蜂蜜色はいじってないんだよ」

にこっと小首を傾げて指先に自分の毛先を絡ませて少女の様に無邪気な顔で笑いかけてきた。

「せ、先輩の方が何倍も綺麗ですよぉ~」

フードを取られた危機感よりも弥菜の笑顔にヤラれた緋縁は顔に熱が集まってくるのが分かった。

「ふふ…知ってる」
「ですよね~…ハハ」

そんな会話をしている時、離れた場所から声が聞こえた。

「弥菜ー終わったかー?」

ゆったりとした足取りでこちらに向かって声を掛けながら誰かがやって来る。そのシルエットはバランスのとれた姿だった。

「あー会長ー?もう終わるー」

(ひぃっっ!!!わわわわわわ…)
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