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8の扉 デヴァイ
手紙
しおりを挟む「リラックスできる空間で読む様に」
そう書かれていた、封筒の裏。
それを目にしていた私は、青い廊下を歩きながらどこで読もうか、考えを巡らせていた。
自分のまじないで創ったと言っても、まだ新しく慣れない、部屋。
魔女部屋もいいけど、これから行くには難しそうだ。
それに、馴染んでいるかと言えば。
落ち着く空間ではあるが、少し違うかもしれない。
「やっぱり、こっちかな………。」
カチリと緑の扉を開け、中を確認してみる。
薄く、靄の掛かる夜の森は、今日も静かにただ、そこにある。
その様子と匂い、窓からの夜空を確認して一つ頷く。
やはり、ここがいいだろう。
そう決めると、支度をして扉へ向かった。
「濡れるかな………濡れるよね?でもな、やっぱり。うん。」
少し寒い、夜の森はやはり湯船の中が適温なのだろう。
このままここで震えながら読むのは、違う。
多少濡れてしまうかもしれないが、湯船の中でゆっくり読みたい。
「藍、そんな事ってできる?」
「できるわよ?大丈夫、やっておくから。」
気持ちのいい返事が返ってきて、安心してサイドテーブルに手紙を置いた。
とりあえず私は、シャワーを浴びよう。
そうして湯船に入る準備を、始めた。
「やっぱりこのタイミングで手紙を託すとか、イストリアさん天才かも………。」
髪を洗いながら、いつもの様に独り言だ。
私がここへ来てから、どの位だろうか。
まだひと月経ってはいないし、二週間くらいだろうか。
いまいちハッキリしないこの世界の区切りにも、慣れてはきたけれど。
たまに「今がいつなのか」気になるのは仕方がないと思う。
時折思い出す、自分の家、自分の世界、心配かけていないだろうかという思い。
ウイントフークが居なくなったラピスのこと、シャットの方向性、グロッシュラーのこれからと貴石のこと。
私が全部、背負える訳でもないし、心配する様な立場でも無いのかもしれない。
でも。
やはり、気になることは、気になるのだ。
それは決して、悪いことでは無いだろう。
それらの気になること、ここでの暗闇感、手探りの毎日、あの、金色が。
そばに、いないこと。
「………ん?そこ…………?」
細かな泡が、身体を滑り落ちた。
止まっていた手を動かし、シャワーで泡を流してゆく。
温かい湯と、森の木の匂い。
少しの懐かしさを感じて、大きく息を吸った。
肺に広がる冷たい空気と、緑の匂い。
沢山の木々、水と自然のあるあの馴染んだ、森の香りだ。
この、世界に存在する、沢山のもの。
木や草、畑のハーブ、森の中を吹き抜ける風とあの青を映す水面。
夜の瞬く星と季節によって変わる空気、四季を楽しめること、自然と共に生きること。
生命。光。
どんな小さなものにも、宿る、なにか。
ここには無い、感じられないもの。
ここ暫く、感じられなかった、もの。
でも。
グロッシュラーにも、生命はあった。
隠れていただけだ。
きっと、ここにも。
ある筈だ。
ふと、あの子たちの事を思う。
そう、スピリットが存在するという事は。
少なくとも、この青の空間にはあるのだろう。
今は、はっきりとは見えないけれど。
向こうでは。
もしかしたら、何処かへ、行ってしまったのかも、しれないけれど。
ガラスの扉を押し、ヒヤリとする空気を感じる。
そのまま湯船へゆっくりと入り、先ずは身体を温める事にした。
この森の空気の所為か、私の心の中の所為か。
思ったよりも、冷えていた事に気が付いたからだ。
「うーーーーーーん。」
「懐かしい」も、あるけれど。
やはり、見慣れたこの青は私の心を、落ち着かせるには適任だったらしい。
星は瞬いて目を楽しませる役、ビロードの夜空は深く私を中心へ誘ってくれる気がするのだ。
そう、「私」の中へ。
頭上を護る枝、立ち昇る湯気と森の香り。
全てが鮮明に映し出され、その細部が感じられる様になる。
そうしてストンと落ち着いた頃、自分がふわふわと浮いていたのが解ってきた。
あの、扉を潜ってこの世界にやって来てから。
しっかり、やっているつもりでも。
きっと地に足は着いていなく、ふわりとしていたのだろう。
あの、神殿での私の部屋、白いお風呂の癒し空間を思い出せば。
深く、リラックスしていなかったこと。
自分に浸る、時間が無かったこと。
ここではやはり、無意識にはしゃいでいたのだと思う。
それを改めて自覚して、バスタブに頭を預け目を閉じ空気を感じていると、私の中から蝶が出始めた。
目を開けていなくともそれが落ち着いた色合いなのが分かり、少し様子をみる。
きっと、色とりどりの蝶の中で手紙を読むのは、楽しいだろうから。
「リラックスできる空間」
その封筒に書かれていた指令を忠実に遂行すべく、丹念に空間を創るのだ。
そうして、ただ。
深く、息を吸っていた。
自分の中の準備ができたと感じる頃、目を開け封筒に手を伸ばした。
「 ヨルへ
やあ。君の事だから、上手くはやっているだろうが。張り切り過ぎて、いないかな?
なんとなくひと段落つく頃かと思って、この手紙を書いている。
まあ、特段用事は無い。
ただ、一つだけ。
君が、考え込んでしまったり、迷ってしまったならば。
その時、一番落ち着く場所へ避難して。
ただ、そこに居なさい。
何もしなくていい。
いや、何もしない方がいい。
「ただ ある」こと
それだけを、意識してそこに居ること。
君はそこにただ、「ある」だけでいいんだ。
ただ静かに。目を瞑って。
石でもあれば、握っておきなさい。
そうして、何も考えずに。
心ゆく迄、「ある」こと。
それだけ。
そうすれば、万事解決するさ。
何も心配する事はない。
だって、君は知っているだろう?
「君が答えを持っていること」を。
ただ、今それが出てこないだけ。それだけなんだ。
「君がじっとしていられないこと」
「答えが見つかれば走り出せること」
それはもう、解っているだろう?
だから、ただ「あれ」ば。
勝手に、時間は満ちるんだ。
そういうものだ、自然の摂理とは。
留まること、ものは何も無い。
この、世界では。
時間は流れ、止まる事は決して無いのだから。
良くも、悪くも変化していく、ものだからね。
大丈夫、それで選ぶ君の選択は間違っていない。
そもそも、それは君の、道で君の輪だ。
間違いなんて無いんだ。
ただ一つ、間違いがあるとすれば。
心のままに進まないこと。
それだけ。
だから、迷ったり今進みたくないと思うならば自分の中に還るんだ。
ただ「あれ」ば。自ずと、答えはやって来る。
大丈夫、自分を信じて、いれば。
誰も居ない、そんな時はない。
いつだって君は君自身と、ある。
ではまた。
イストリア 」
カサリと、手紙を置いた。
言葉が、出ない。
まあ、誰も居ないし喋らなくて、いいんだけど。
一度トップリと湯に沈み、ぷくぷくと上がる気泡の感触をただ、感じる。
やはり。
イストリアは解っていたのだろう。
私が不安になること、迷うこと。
グロッシュラーでは大分上手になっていた、自分のコントロール、世界を感じること。
それが。
どうやら、すっぽりと抜けていた事に驚く。
あの、トンネルを抜ける迄は自分を拡げていた筈だ。
いつから。
知らぬ間に、呑まれていたのだろうか。
パシャパシャとお湯を顔にかけ、色を確かめる。
そうして、思い描くのは緑の雲。
今はあの石はお気に入り棚だ。
でも、多分。
そう、想えば。
少し目を瞑ると、お湯がパチパチ弾けるのが分かる。
そっと目を開け、降って来る銀と黄緑の星を手で掬い、枝にかかる同色の雲を眺めた。
「ただ ある こと」
「時間はながれていること」
そうして自ずと。
「答え」が、やってくること。
「そう、なんだよね………。」
すっかり、忘れていたけれど。
不安に思う事はない。
あの、金色は側に居ないけれど「私」はいつだって私と共に、あって。
その、「私」の中に。
金色も、「ある」のだということ。
私達は。
離れ離れには、なりようが無いこと。
私は、道に迷わないこと。
世界は。
それすらも、「自分の中」に、あるのだということ。
「……………ふぅむ。」
はぁっと息を吐き、冷たい空気を確かめる。
肌に触れるその冷たさが、心地良い。
瞬く星、降るキラキラと水面に映る雲、そのどれもが私に「ここにあるよ、いるよ」とアピールしている様で。
「今」、「目の前」を感じること、見て、味わうことを思い出す。
そうだ。
私は、どれでもなんでも、何もかもを取り込んで堪能したいのだ。
「あの人」が、私の中にあることに気が付いてから。
どんな色でも、一度は取り込んで、「経験」「体験」をしたいと思う様になった。
あの、何もない部屋、何も、できなかった自分。
それを塗り替える、為に。
できれば。
最後の色は、美しいものがいいとは、思うけれど。
だからきっと明日の不安も、訪問により抱くであろう思いも。
取り込めば、私の糧になって。
それもまた、きっと違う色を、創るのだろう。
「感じるままで、良いのだ。」
急にあの金色の声が脳裏に過ぎる。
心臓に悪い。
ここ、お風呂だし………。
急に感じる頬の冷たさと森の香りに、ハッとした。
「さ、明日の為に寝なきゃね。」
そうしてもう一度お湯で顔をパシャパシャすると。
白い、マーブルの模様を目に映し、ふらつかない様、ゆっくりと動き始めた。
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