ワガママ令嬢に転生かと思ったら王妃選定が始まり私は咬ませ犬だった

天冨 七緒

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1巻

1-3

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 それからのパーティーは両親が知人に挨拶するのを隣で微笑みつつ、美味しい料理を食べる場だった。
 結局王子はパーティーが終わるまで伯爵令嬢を「特別に」エスコートし続けていた。
 二人は私にも挨拶したかったのか視界に何度が入り込むが、食事に夢中でいた。たまに視線を感じることもあったが、恋人達の邪魔をするつもりはないので気にしない素振りを続ける。
 彼らの違和感のある行動に気付いた貴族達も、私と伯爵令嬢に何か期待しているようだった。
 それよりも私は、王妃選定候補者紹介パーティーで慣例を蔑ろにするような行動をとる二人が、この後どのような結末を迎えるのかの方が気になる。
 貴族だけでなく王族が見ている中で決行したのは二人の失策だと私には思えてならないのだが、二人にはどのような評価がくだされるのだろうか。
 それによって、この国の上位者がどんな思想の持ち主なのか判断出来るといえる。
 私を挑発することばかりに意識が向いている二人、そんな二人を理想的な恋人と捉えている貴族、そして会場全体を見渡すように鋭いまなざしで観察している国王と審査官。
 様々な思惑が交差する社交界の縮図ともいえる状況に辟易しながら、料理に舌鼓を打つ。
 前世含め初めての経験となったパーティーは、美味しい料理を無料で食べることが出来た。
 これだけで王妃選定の候補になって良かった……と、頑張れば思えなくもない。いや、無理矢理にでもそう思わないと、私は今後の状況を乗り切れる自信がなかった。


「暇だなぁ」

 王妃選定候補者紹介パーティーが終わった翌日から、私はもう暇だった。
 王妃に選ばれたいとは思っていないので、課題に取り組む時間以外は自由。その課題もなかなか言い渡されないので、思索に耽る時間ばかりが増える。

「本当に王妃になりたかったのかなぁ?」

 恋人がいる男性と強引に結婚したところで、愛されることはないのはわかっているはず。

「王子のこと、本気で好きだった? それとも権力が欲しかっただけ?」

 いくら考えても過去の私の感情を思い出すことは出来なかった。

「お嬢様、少し庭園などを散歩してみてはいかがですか?」

 私があまりにも部屋から出ずにいるのを心配したジャネットが提案する。

「散歩? そうね」

 王城でどこまでの自由が許されているのか分からず部屋に籠っていたのでジャネットからの提案は嬉しかった。
 早速、ジャネットと二人で王城の庭園を散歩する。

「はぁ、癒される」

「お嬢様は本当に変わりましたね。
 以前までは、花を見ても興味を持たれなかったのに」

「あぁ……確かに……そうかも……」

 以前のヴァレリアのことは分からないが、私も花を見て癒されるなんて思ったのは初めてかもしれない。
 花を堪能して気分転換が出来たところで、ふとある願いを口にしていた。

「……ピアノ……弾きたいな……」

 ピアノを思い出す存在なんて何もないのに、自然と言葉が出たことに自分自身でも驚いた。
 前世で音大に落ちた瞬間からピアノには触れなくなり、見ないようにしていたのに……
 環境が変わり、気持ちも変わったのだろうか?
 一度はピアノから逃げていた私が、再びピアノを弾きたいと思うようになっていた。

「ピアノ……弾きたいのかもしれない」

 この世界の音楽は、どんなものがあるのだろう? 
 聴いてみたい、という気持ちが芽生え始める。

「ねぇ、ジャネット?」
「はい」
「本が読みたいのだけど、王城の図書室は自由に入っても構わないのかな?」
「はい、図書室は王城へ許可された貴族であれば誰でも入室が可能とされています」
「そっか」

 明日、図書室に行って楽譜を調べてみようと決意する。
 だが、その矢先に事件が起こった。散歩から帰ると、扉の下から手紙が差し込まれていた。

『お前のような人間は王妃には相応ふさわしくない。命が惜しければ今すぐ辞退しろ。これは警告だ」
「ひっ……」

 血のような赤色で書かれた脅迫状に、悲鳴とも言えない声をあげ手が震える。
 王妃選定候補者に与えられた部屋の前まで簡単に侵入出来るということは、命を狙うのも容易いということになる。
 命を狙う脅迫状の手紙を前にして、私は本当になんて所に来てしまったのだろうと冷や汗が流れる。

「これは……」

 私の異変に気が付き手紙を確認したジャネットは、私を抱き締めソファに座らせる。
 ジャネットとしては急いで公爵に連絡を取りたかったのだろうが、私を気遣いマリンを呼び王城の騎士を連れて来てくれるよう指示をした。
 程なくして騎士を引き連れたマリンが戻る。

「何がありました?」

 現れた騎士は王妃選定候補として王城に上がった日、王子の言伝を頼まれた騎士だった。

「私達が部屋を空けている間に、これが部屋にありました」

 騎士はジャネットから手紙を受け取り確認する。

「審査官に報告はする」

 騎士はそれだけ言い、去って行く。
 悪い噂しかない私が相手でも流石に今回は誠実に対応してくれると信じたかった。その反面、もしかしたら私の自作自演と思われているのではないかと考えてしまう。
 せめて騎士から報告を受けた審査官だけは、なんの先入観なく事件として調査を進めてほしいと願う。
 数日後、事前連絡なく人が訪ねてきた。
 相手は候補者紹介パーティーで国王の隣にいた人物、審査官の一人。

「本日からヴァレリア・ルルーシアン公爵令嬢の侍女として仕える者達です。候補者の安全面や生活補助等を協議した結果、侍女一人使用人一人では不便さや不都合が生じると判断し、三名の侍女を付けることになりました」

 侍女として現れた人達は、彼に促され順番に挨拶していく。

「パトリシア・ニクソンと申します」
「グレイスティー・アドリーヌと申します」
「ラヴィンローズ・モアノアと申します」

 詳しく聞くと、ニクソンは伯爵家、アドリーヌとモアノアは子爵家の令嬢。
 紹介された三人だが記憶を失った私には情報がない。
 私の情報源は、公爵家の人間の話以外はあのゴシップ紙同然の新聞紙だけなので、情報が偏っている。
 一応王妃選定を受けている者が、貴族令嬢を知らないというのは如何なものかとは思うが、貴族名鑑などもないので直接会って覚えるしかない。

「ルルーシアン公爵令嬢。少々、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 審査官の口ぶりからして他人に聞かれたくない話なのだろうと察し、彼女達三人とジャネットには一旦席を外してもらって審査官と二人だけの話をする。

「手紙の件については報告が上がっております。差出人はまだ特定できておらず、侍女一人使用人一人では万一の際に対応できないと判断し、候補者には三名の侍女を配置することになりました。令嬢達には候補者に対し危害を加えないことはもちろん、犯罪に荷担することも禁ずる宣誓書に署名しています。何か問題が起きた場合我々が処罰の判断を下します」

 私宛の警告文の存在を知り、審査官は迅速に対応してくれていたのを知る。

「それでも侍女三名は大袈裟にも感じますが……」

 私への警告で審査官の手を煩わせ、さらに人員も増やしてしまったことが申し訳ない。
 やはり私は、どう動いてもワガママになってしまうらしい。

「いえ、王妃選定は何が起きるか分かりませんので対応が遅れたこちらの責任です。登城日をこちらの都合により変更し、さらにはこのようなことが起きてしまい申し訳ありません」
「そんな、謝罪なんて結構です。このようなことが起きるなんて誰も予想できませんから……あの、もしかして、登城日変更も情報の行き違いなどではなく……」

 登城日変更の知らせを受けお父様が王城に勢いよく乗り込んだが、その後何故変更になったのか詳細は教えてくれなかった。
 もしかしたら、今回の件と何か繋がりがあるのだろうか。

「……今現在箝口令を敷き、本来であれば口外致しませんが、当事者である令嬢にはお伝えしておきます。本来の登城日に合わせ一週間前には令嬢の部屋の準備は整っておりました。ですが、登城三日前になり、カーテンが切り裂かれベッドやソファも汚れ、令嬢を迎えることの出来ない状態となっていました。そこで、大変失礼ながら登城日を変更していただき、急遽こちらの部屋をご用意致しました」
「そんなことがあったのですね……」

 登城三日前にそんな事件が起きれば入居日が変更になるのも仕方がない。
 私の部屋だけ起きたということは、確実に私個人に対する嫌がらせ。
 私が登城するのを快く思っていない人間が王城にいるということ。
 犯人候補として一番に上がるのは、王妃選定のもう一人の候補者である伯爵令嬢。
 しかし、王妃候補確実と言われている令嬢がそんなことをする必要があるとは思えない。
 一番可能性のある動機は、王妃選定とは関係なく私個人に恨みがあり犯行に及んだ。
 だが二つ用意されていた候補者の部屋のうち、私の部屋を狙えた理由が分からない。
 犯人は王城に出入りしても怪しまれない人物で、尚且つ王妃候補の情報を得ることが出来る人物……?

「前回のこともありこのようなことは考えられたことにもかかわらず、管理が行き届かずルルーシアン公爵令嬢には迷惑をお掛けしてしまいました」
「いえ、私は特に……ん? ……あの……もしかして前回の王妃選定でも何か似たような事件が有ったのですか?」

 審査官の「前回のことも」という言葉が引っ掛かり質問すると、彼はゆっくり瞬きをする。

「……お気をつけください。王城は令嬢が思う程美しいものではありません」

 王妃選定を任される程の人。今までにも多くのことを経験し、私のような若輩には想像もつかないことを目撃してきたのだろう。
 審査官があえて濁したので前回の王妃選定についてそれ以上は聞けなかった。しかし、次の王妃を決める選定は国に大きく関わり、色んな人の思惑が渦巻いているのは容易に想像出来る。

「……ですので、令嬢もここが王城だと油断せず、毒味などは普段以上にしっかりと行ってください」

 考え事に気を取られ、審査官の話を理解するのに数秒掛かった。

「……ど……毒……味……ですか?」
「はい。その為の使用人や侍女ですから」

 審査官の「当然」と言わんばかりの表情に私は狼狽える。

「それは……誰かを……犠牲に……ということですか?」

 死にたくはないけど、だからと言って他人を犠牲にするなんて出来ない。
 私のせいで誰かが代わりに障害を負う、ましてや死ぬことになんてなってほしくない。

「はい。私としては毎回なさるのをお勧めいたしますが、毎回が無理なようなら不定期にするのも効果がありますよ」

 審査官は私への報告や忠告を終えると、不穏な空気だけを残し去って行く。
 私は審査官の言葉を一人受け止められずにいた。
 絵本でも魔女が毒を盛ることがあれば、相手を蹴落とすために暗殺を指示する場面も描かれている。けれどそれは物語を盛り上げる為の演出で、現実とは切り離していた。
 王城では現実に起こりうることと改めて実感すると、恐怖の度合いが違う。
 今の私は、早く犯人が捕まってくれと願うしかなかった。


 警告文のことは忘れたいが、時間があれば誰が犯人なのかを考えてしまう。
 散歩に出たのはジャネットの提案で突発的に決めたこと。犯人からしたら、事前に計画を経てることはできなかったはず。
 常に機会を窺い使用人や騎士の隙をついて私の部屋に手紙を忍ばせる。そんなことが出来るのは王城で働く者や関係者しか考えられない。
 登城してから私が会ったことのある騎士や使用人なのか、私に恨みのある人物が王城務めの人物を買収して犯行に及んだのか……考えれば考えるほど容疑者は沢山浮上する。

「大丈夫ですか?」

 先日私の補佐となった、ニクソン令嬢が声をかける。
 令嬢達も、私に脅迫文が送られてきたのは知っている。

「平気」
「紅茶を召し上がりになりますか?」
「そうね、お願い」

 私を気遣ってくれる彼女達はどうなのだろう?
 審査官が選出したので信じたいのだが、その審査官も信じて良いのか分からない。
 疑いだしたら、全員が怪しい。
 もう、頭を空っぽにしてピアノを弾きたい。

「あ……ピアノ……」

 ピアノの楽譜を探すために図書室に行きたかったのに、色々ありすぎて後回しになってしまっていたのを思い出す。

「あの……私、図書室に行きたいのだけど……」
「はい」

 私としては「ジャネットと二人で図書室に行ってきますので皆さんは部屋で待っていてください」と続けるつもりだったのだが、結果五人でゾロゾロと移動している。
 いくら警告文が届き命を狙われているからといって、これはやり過ぎのように感じる。
 これからもこんな風に移動するのかと思うと、申し訳ないが面倒に感じる。
 図書室に到着しても一人になることがなく、私が何を選ぶのかを皆が見逃さないように凝視している。
 やはり私は彼女達に「監視」されているのかもしれない。
 そう思うと、選ぶ手も止まる。

「選びにくい……」

 つい本音が漏れてしまう。

「皆さん、少しの間一人にさせてもらえないでしょうか?」

 本棚から彼らに向き直って頼み込む。

「……ですが……」

 侍女達は、互いに視線を交わし私の傍から離れていいものか躊躇っている。
 責任感からくる行動なのか、それとも誰かに私の一挙手一投足を「監視しろ」とでも命令でもされているのだろうか……

「図書室から出るわけではありませんので問題ないと思いますよ」

 警告文を送った人間が、事前申請など必要のない図書室に気まぐれで訪れた私を襲ってくるとは思えない。
 私としては少し距離を取ってほしいだけで、図書室に一人にしてほしいとお願いしているわけではない。

「……分かりました」

 皆が私から少し離れた場所へ移動する。
 周囲の視線が気にならなくなり、静かに本と向き合う。
 私の目的は芸術と文学の棚。
 私は他の棚には目もくれず芸術のコーナーにある音楽の楽譜を見つけ、何冊も読み耽る。
 前世の知識にある世界的に有名な方達の名前は見当たらない。
 私が通って来なかっただけなのかそれともこの世界は前世とは根本的に違うのか、初めて知る曲ばかりで時間を忘れるほどのめり込んだ。

「お嬢様」
「……えっ……あっ、はい」

 集中し過ぎるあまり、反応が遅れた。
 後方には訪れた時同様に侍女達全員の姿があり、代表で声をかけたのはジャネットだった。

「そろそろお戻りになった方がよろしいかと」

 時計など確認していなかったが、かなり時間が経過していたらしい。

「……そうね」

 私としてはもう少し調べたかったのだが、断念して中断することにした。しかし、楽譜を見て分かったことがある。

「もう一度、ピアノに触れたい」

 その思いは確実に、私の中に根付いている。

「ルルーシアン公爵令嬢は芸術に興味がおありなのですか?」

 質問してきたのは、ニクソン令嬢。

「……少しだけですが興味があります」
「では、王子を観劇などに誘ってはいかかですか?」

 芸術コーナーの棚にいたので、ニクソン令嬢は私が観劇に興味があると思ったようだ。
 映画などで中世ヨーロッパの観劇は生演奏だったのを思い出し興味を惹かれるも、そこで何故王子が出てくるのか疑問でしかない。

「王子を……誘う? どうして?」

 何故王子を誘う必要があるのだろうか? 
 もしかして、王妃候補は選定中一人で出掛けることも許可が下りないのだろうか? もしそうなら自由が無さすぎる……

「えっ……王子との距離を縮めるのにいいかと思ったのですが……」

 私の返しにニクソン令嬢は困惑しながら応える。
 令嬢曰く、王子に選ばれるよう良好な関係を築いた方がいいのでは? という提案だったらしい。

「あぁ。私、あの人に興味ないからそういうことはしないわ」

 王妃候補に選ばれたくない私としては、好きでもない人と出掛けるなんて時間の無駄としか思えない。
 それに、前世から男の人と義務的な会話以外したことがないので何をどうするのが正解なのか分からない。
 考えなくても彼との時間が気まずいだけになるのが予想出来る。

「「「「「え?」」」」」

 予想外の私の言葉に全員が声を揃え驚いた声をあげる。

「ルルーシアン公爵令嬢は……その……王子のことを……」

 ……もしかして過去のヴァレリアは王子のこと好きだったのだろうか? 
 皆、私の「興味ない」発言に困惑している様子を見せる。
 考えてみれば、王妃選定に自らの意思で立候補したとされている人間が、王子に興味がないとは思わないだろう。
 私からすれば次期王妃に相応ふさわしい者の選定で訪れているので、王子の気を引くことに意味があるのだろうか? 
 不仲でなければ問題ないだろうし、王子の心を射止めた方がいいなら既に結果は決まっている。
 王妃選定とは、本人の資質を見極めるもの。
 マナーや教養、他国の要人のおもてなしの仕方が重要視されるのではないだろうか?

「……そういえば、王妃選定ってどんなことするの?」

 部屋に戻り、紅茶の準備をしてくれているアドリーヌ令嬢に尋ねた。

「……私共にも伝えられておりませんし、全てのことが選定の対象となる……としか……」

 パーティーでも審査官がそのようなことを言っていた。
 ここにいる貴族令嬢は私と同じくらいの年齢なので、現王妃の選定に立ち会った者はいない。
 私の侍女として公爵家から一緒に登城したジャネットも、王妃選定の内容については知らない。
 そもそも、候補者を平等に判断すると言っていたのだから前回と同じもので試されるとは思えない。

「……ピアノ、弾きたい」

 いくら考えても考えがまとまらない……こんな時こそピアノが弾きたい。
 他の気が紛れるような娯楽を探すにも前世のようなものはない。
 いろんなことを考えても、辿り着くのは「ピアノが弾きたい」だ。
 王妃選定中ピアノを弾くことは出来なくとも、聴くぐらいは許可されないだろうか?

「……リサイタル……」
「どうされました?」

 誰かに聞いてほしいわけでもなく呟いた言葉を、モアノア令嬢は聞き逃さなかった。

「ううん。ただ、ピアノが聴きたいなぁって思っただけよ」
「ピアノですか? 王城に演奏家を招くことは事前に許可さえ下りれば可能なはずです」

 王城に演奏家を招く? なんたる贅沢。そんなこと許されるの?

「いいの?」
「申請さえ通れば可能なはずです」
「そうなのねっ。なら、ピアノで有名な方って誰かしら?」
「ピアノでしたら、カシューベルバ様ではないですか?」

 すぐに名前が出るということは、かなり有名な方なのだろう。
 前世の記憶から引っ張りだしても、カシューベルバなんて演奏家は聞いたことがない。
 全ての演奏家の名前を網羅しているとは言わないが、有名な方は自信がある。
 それでもやはり聞いたことがないのは、この国は私の知識や常識が異なると実感する。

「カシューベルバ……様……皆さんはどう思う?」

 モアノア令嬢を信じていない訳ではないが、一人の意見だと当日「他の人にも聞いておけばよかった」と、後悔することになるかもしれない。

「私もカシューベルバ様のピアノは素晴らしいと思います」
「とても人気な方ですよね」

 他の二人も同意見だったので、万人受けするピアノ演奏者なのかもしれない。

「その方に演奏会をお願いしたら迷惑かしら?」

 私が尋ねると、三人は驚いた表情を見せる。
 もしかして、ちょっと変わった人だったりする? それとも、演奏家を招くのに何らかの暗黙の了解があったりする?

「迷惑ではないと思います。王城で演奏出来るのは演奏家にとっては名誉なことですから」

 良かった。噂に疎いとか、常識がないとか思われたのかと思った。 
 しかし、それなら何故、三人は驚いたのだろう?
 謎は解けないまま私は審査官に王城での演奏会の許可を頂き、演奏家のカシューベルバにその旨お願いする手紙をモアノア令嬢に託した。
 彼からの返事はすぐに届き、それから何度か手紙のやり取りを得て王城での演奏に承諾してもらえた。
 人気演奏家を招くにあたりそれ相応の金額を支払うことになり、私に払える能力がないのでルルーシアン公爵家へ請求を回した。
 両親を頼ったことで私が演奏会を開催しようとしていることが両親に伝わり、母も演奏会に招待してほしいとあった。
 それだけでなく、手紙には「貴族も招待なさい」と招待客名簿も一緒に送られた。
 面倒なことになってしまったと内心は思ったが、今更「止めます」とは言えず名簿に記載されている全ての人に招待状を送る準備をする。
 招待状は、ジャネットを通してマリンに託した。
 マリンは平民だからか、私以外の貴族との接触を避けているように見えた。
 新たな侍女が来たので自己紹介をと思ったのだが、顔を背ける仕草をしたのでマリンにはジャネットが対応するように指示をしている。
 私の安易な提案で最近は侍女達も忙しくなってしまった。

「ピアノを弾きたかっただけなんだけどな……」

 どうせ弾くならこの国の曲を聴きたいなぁと軽い気持ちだった。

「これがワガママか……」

 過去のヴァレリアも安易な発言で周囲を巻き込でいた可能性があったのではと、今更過去の悪評の原因に思い当たった。
 招待状を送ってからは参加者の出・欠席の確認、場所の設営に一日の流れ、当日貴族の安全の為に騎士の配置。
 何度も確認し安全性を話し合う中、演奏会前にカシューベルバとの対面が叶った。
 私が彼に「当日の演奏は自由で構わない」と大雑把に伝えてしまった為に、彼は「演奏会場等を事前に確認しておきたい」と願い出る。
 私は彼に万全の演奏していただくべく、答えられる質問は全て答えた。
 招待客の人数や客層、当日の雰囲気を事細かに聞かれ会場の音の反響も確認している。そこまで事前準備をしてから曲目を決めるのだと。
 私だったら「自由」と言われたら、自信のある曲目で固めていただろう。
 場所の雰囲気や相手など考えもしなかった。この方は演奏家としてプロなのだと、曲を聴く前から勉強になったのと同時に、私のピアノは独りよがりだったのかもしれないと頭を過る。
 もしかしたら、私が試験に落ちた理由がわかりそうな気がした。
 私の頭はピアノのことで占めていたが、他者から見れば王妃選定の為に人脈を作ろうとしていると噂されていた。
 ルルーシアン公爵夫妻は人格者だが、王妃選定に参加する本人は傍若無人だと社交界では知れ渡っている。

「今更地盤を固めようとしても手遅れ。カシューベルバの曲が聴けるなら誰が開催しても参加する。そこに政治的意味はない」

 と囁かれている。
 なので、私が彼の演奏会を開催したところで王妃選定において夫人達が私を支持することはないという意味だ。

「私としては、その方が有り難い」

 そして私は今、別の問題に直面している。王城で演奏会を開催するのに、もう一人の王妃候補と王子を招待するべきか否かを侍女達に相談することにした。

「王子には報告と共にお誘いしてもいいと思いますが、ダルトン伯爵令嬢は……」

 そこでニクソン令嬢は口籠ってしまった。

「止めた方がいいと思う?」
「おそらく……あの方達は……二人で……いらっしゃるかと」

 ニクソン令嬢は私が開催した演奏会に、王子と恋人のダルトン伯爵令嬢の二人が一緒に登場することを懸念している。
 そのように登場されたら、貴族達には強い印象が残り主催者である私が一人ぼっち惨めに映るのでは? と心配をしてくれている。

「そうね。王子には報告と共に来ないと思うけど誘ってみるわ」

 ダルトン伯爵令嬢は私からの誘いをどのような思いで受け取るのかわからないので、王子にだけ手紙を送ることにした。


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