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06.幽霊が出る家

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ハンバーグなど作ったことがない料理素人の蘭太ではあるが、塩むすびでさえありがたがって泣くほどの男が遠慮がちに強請ってきたリクエストである。ぜひお応えすべく、レシピを検索して必要な材料を書き出し、近所のスーパーへと赴いた。

「なにかお困りですか」

買い物帰り、携帯電話片手にうろうろさまよっている人物が目にとまり、声をかけた。女の子にしては長身な、高校生くらいの化粧っ気のない少女だった。

「ここ、行きたくて」

少女が見せてくれた画面を確認し、蘭太は「ああ!」と声をあげる。

「案内しますよ。僕も今からそこに帰るので」






有田しのぶーーと名乗った少女を事務所まで連れて行き、いつものスタイルで話を聞いたところ。自宅に昨年自殺した兄の幽霊が出るのだという。

「親はさ、どっちもすげえ喜んでんの。昌幸が帰ってきた、昌幸が帰ってきたってさ。お母さんなんか、首吊って死んでる現場、直に見ちゃったから。余計に塞ぎ込んでて、正直見てらんない有様だったんだけど、昌幸が帰ってきてからは見る見る元気になっちゃって。お父さんも、ようやく笑うようになってさ……」

それだけなら、いい事のように聞こえる。でも、しのぶは祓い屋を訪ねてきた。両親に笑顔を取り戻したはずの兄の幽霊を、祓ってもらうために。

「でもさ、あたし、思うんだ。これが本当に幸せなんか? って。昌幸は死んだんだよ。嫌でも受け入れなくちゃいけないんだよ。それにさ、幽霊って、ずっとこの世に留まってられんの? いつか突然、消えたりしない? そしたら、両親はまた塞ぎ込むだろ。今度こそ絶望するかもしんない。両親のことだけじゃない。昌幸は? 幽霊ってずっとその場に留まってたら、なんか、悪い霊とかになっちゃったりしねえの? 昌幸は、ずっと昌幸のままでいられんの? そもそも、昌幸は何かやり残したことがあるから幽霊になったんじゃねえの? それ、叶えてあげないと、昌幸成仏できないんじゃねえの? あたしは、親も大事だけど、昌幸のことだって、好きだよ。だから、昌幸とは、今度こそ穏便にお別れしたいよ。成仏させてやりたいよ。天国、行かせてやりたいよ。それとも、自殺したから、昌幸、天国行けなかったんかなあ…………」






突如祓い屋を名乗るあやしい二人組ーー黒井もいるので三人組だがーーを、連れて帰ってきた娘に、有田夫妻は困惑の表情を浮かべた。一応客間に通されはしたが、明らかに不審がっている。そしてその不審感は、しのぶが昌幸を成仏させると言ったことで爆発した。

「何を言ってるの! あなた騙されてるのよ!」
「昌幸をこの家から追い出す気か!」
「お母さん、お父さん! 昌幸は死んだんだよ! 頑張って生きて、生きて、頑張り過ぎたから、死んだんだ! もう許してやれよ! 成仏させてやれ! 天国行かせてやれよ……っ!」

その時、客間の戸が開き、黒井が入ってくる。

「昌幸だわ!」
「昌幸! おまえもしのぶに言ってやってくれ!」

有田夫妻は喜色を浮かべて開いた戸の方を見やる。黒井は何も応えずに、そっと身を引いた。空いたスペースに、素朴な青年が現れて、戸を閉める。

「あなたが、昌幸さん?」

都築が青年をはっきり見据えて尋ねると、有田夫妻に動揺が走った。しのぶも、目を見開いて都築を見る。

蘭太は知っている。教えてもらったから、知っている。
死後待ち受けるのは『無』であり、幽霊は存在しない。だからこの青年は昌幸ではない。

「いいえ」

実際、青年は否定した。

「何故、自分の存在を知らせるようなことを?」
「塞ぎ込む彼らを見るのが辛かったから」

昌幸の存在を感じられれば、有田一家は救われると、そう考えたのだという。

「実際、お父さんにもお母さんにも笑顔が戻った」
「あなたも本当はわかっているはずだ。一時のことだと」

青年は口をつぐみ、目を伏せた。拳が握られる。
都築は言い募った。

「今だけは救われるかもしれない。でも、それではいつまでも立ち直れない。いつか絶対、行き詰まる。昌幸さんがもうこの世に存在しないことをちゃんと受け入れて、前を向いて生きていかなければ。亡くなった者の時は止まってしまうけれど、生きている者の時は進み続けるんだから」

青年は顎を引き、顔をあげた。並んで座る有田夫妻の背後に回り、優しく二人の肩を抱き寄せる。勝手に身体が傾いた有田夫妻は、目を丸くして顔を見合わせた。

「……そうだね。彼の言う通りだね。お父さん、お母さん、生きて。過去を見るのではなく、今を生きて」
「昌幸……?」
「どうした、昌幸?」
「昌幸はあなた達を愛していた。最期の時まで、あなた達を想っていた」
「昌幸?」

最後にぎゅっと強く抱きしめて、青年は離れた。解放された有田夫妻は困惑顔で、都築を見やる。

「昌幸は、なんと……?」
「あなた達を愛していたと」

有田夫妻の顔が驚愕に染まり、夫人の目に見る見る涙が溜まっていく。顔を両手で覆い、うつむいてしまった。そんな彼女の震える肩を、夫君がそっと手を添えて支える。二人はそうやって、静かに泣いた。






「ありがとう」

玄関先まで見送りに来たしのぶはそう言って、赤くなった目元を緩めた。

「これでようやく、あたし達家族は前を向いて生きていける」
「お元気で」
「うん。あんた達もね」

別れはあっさりしたものだった。

「ここを、出て行くんですか」

祓い屋組と共に有田家を出た青年に、蘭太は問うた。青年は昌幸の部屋だった二階の窓を見上げ、穏やかに微笑む。

「もう私がいなくても、彼らは生きていける」
「あんたは?」

鋭く投げかけたのは黒井だった。

「あんたは、あの人達のそばでなくても生きていけるのか」

青年が軽く瞠目する。
黒井は、静かに凪いだ目で、青年を鋭く見据えていた。

「俺達に寿命という終わりはない。利音のような才ある者によって消滅させられない限り、どんなに辛く苦しくとも死という救済を与えられることはない。ーーあんたは、独りで生きていけるのか?」

青年は、ゆるりと、表情を和らげた。

「独りではないよ」

そして再び、二階の窓を見上げる。

「もう私が昌幸のふりをして共に暮らすことはないけれど、時々様子を見に来る。彼らの人生を見届けたら、また新たな家族の人生を見守る。私は今までそうやって現世の人間と寄り添って生きてきた。これからも、そうやって生きていく」
「……そうか」

黒井が引き下がると、都築が前へ出た。懐から名刺入れを取り出して、青年に一枚差し出す。

「困った時は、いつでもここへ」






都築は青年にもいつもの問いかけをした。青年は何も知らなかった。

「近くにいるのかなあ?」

白井の行方はいまだ知れず。

「国外とか、そうでなくても、日本のどっか遠いとことかに、逃げちゃってるんじゃ?」

蘭太の思いつきを、都築は穏やかに否定する。

「いや、近くにいるね」
「わかるんですか?」
「わかるよ」

都築には白井を感知するセンサー的なものが搭載されているんだろうか。

「白井はただ利音に構ってほしいだけだ」

黒井が言うと、都築も頷いて。

「白井は構ってちゃんなんだよ」



だから、絶対、見つからないところへは行かない。

と、白井をよく知る二人の意見は一致していた。



「構ってちゃんかあ……」

蘭太は想像を膨らませて、料理中の自分の周りをうろちょろする都築みたいな感じかなあと、ちょっぴり微笑ましく思うのだった。

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