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2 思い出したので、筋トレ!(1)

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 ここは『聖剣と愛のジェネシス』という乙女ゲームの世界。

 日本ではなくヨーロッパのような世界だが、魔法や魔物が存在する完全ファンタジーだ。四人の攻略対象者とともに聖剣の封印を解き、復活した魔王に立ち向かって魔王を斃す物語である。

(私はリディア・メイトランド……つまりこのゲームの悪役令嬢だわ……)

 主人公は『ステラ』という平民出身の少女で、リディアではない。

 ステラはある日、聖なる力に目覚め、ここラビング王国の王立魔法学園に入学することになる。その入学式がゲームのスタートだ。

(ステラは私と同じ年齢だから、入学まであと五年……)

 入学後、攻略対象者の好感度を上げ、さらに自分自身の魔法のレベル上げもしなくてはならない。ラスボスの魔王は強すぎて、最高値レベルまで到達したヒロインと好感度MAXの攻略対象者が揃っていなければ倒せないのだ。ゲームのクリア条件が厳しく、何度も何度もやりこんできたゲームなので、大体のシナリオは頭の中に入っている。

 そして、ゲームのシナリオ通りならば、私は死ぬ。どのルートでも死ぬ。絶対に死ぬ! ゲームのラスト、魔王が復活した際についでにささっと殺されてしまうのだ!

(なんてこと! 国王陛下、この国の重鎮達、国民の多く、そして悪役令嬢である私も、みんなみーんな魔王復活によって死んでしまうじゃない!)

 さらには、ヒロインが選ばなかった攻略対象者まで死んでしまうことが多い。このゲーム、とっても絵が綺麗なのに、ストーリーは割と残酷なことで話題だった。

 どのルートでもこの国は魔王によって壊滅状態になり、生き残ったヒロインと攻略対象者が愛を誓い、この国を立て直していくという創世の話で終わる。

(私、また死んでしまうの? そ、そんなの……)

「いやぁぁぁ!!」

 バサッ!
 思わず飛び起きると、見たこともない豪華絢爛なベッドの上だった。前世の真っ白で小さな病室と比べると雲泥の差だ。
 実家の公爵家よりも豪華……ということは、どうやらお茶会で倒れた後、そのまま王宮のどこかで休ませてもらっているのだろう。
 
 記憶が押し寄せて混乱したが、頭痛は落ち着いていた。私がリディアであることは変わりはない。リディアとしての記憶の方が新しく、前世の自分の記憶はゲーム以外薄れているのも一因かもしれない。前世の自分の名前はもちろん、最期もあまり思い出せないのが悲しいけれど救いだった。

 本当にここがあのゲームの世界ならば、この国は危ない。私の命も。だけど、ゲーム開始まであと数年ある。また死ぬのは嫌。漠然と、白い病室で点滴に繋がれてゲームをしていた記憶がある。何歳で亡くなったのかは覚えていないが、その人生の殆どは病院で過ごしていたのだと思う。

 その短い人生で、このゲームは生き甲斐だった。その『聖剣と愛のジェネシス』の世界にせっかく健康体で生まれ変われたのだ! 広い世界を見たいし、身体を思い切り使いたいし、恋愛だってしたい! 

 何故、悪役令嬢というポジションなの!? いいえ、負けないわ。今度こそ人生を謳歌してみせる! 何とか運命を変えて生き残りたい! 何より最後まで生き抜けば、あの神スチルをこの目で見られるかもしれない!

 この記憶を頼りに行動すれば、運命を変えられるかも──?




「……リディア嬢、起きたかい?」

 そのまま記憶を整理しながら横になっていると、クリストファー殿下が見舞いに来てくださった。従者や護衛もつけず、お一人のようだ。お兄様はどこにいるんだろう。

 急いで起き上がろうとしたが、「ああ、そのまま、寝ていてかまわない」と気遣ってくださった。

 というか、殿下。乙女の寝室に単身で突然入室して来るなんて、ちょっと非常識では?

(この人、シナリオ通りなら私の婚約者になるのね……そしてあっさりヒロインに心変わりして婚約破棄してくる鬼ちk……おっと)

「……お騒がせしてしまい、申し訳ありません」
「ただのお茶会だよ。気にしなくていい」
「ありがとう、ございます」

 さすがは攻略対象者。優しい言葉遣いに爽やかな微笑み。ベッドの横に置いてあるただの椅子が王座に見えてくるくらい神々しい。金色の髪はサラサラでその青の瞳は透き通って美しい。二次元のスチルで見ていたものとは比べ物にならないほどの造形美だ。

(今更だけど、すごい! キャラが生きてる! 動いてる!)

 この素敵な王子様も、ゲーム通りなら死んでしまう。正確にはヒロインが王子様を選んだら死なないけれど、そうしたら私が見たいスチルが見られない。あの神スチルが見たいのに……!

 私が見たい神スチル。
 それは、ヒロインと聖騎士のアラン様ルートに出てくる、ハッピーエンドを迎えた二人が愛を誓うシーンだ。魔王戦を終え、戦いに傷ついた後のアラン様が、ヒロインと手と手を取り合いながら微笑むスチルがとっても素敵なのだ! 朝日を浴びて光が差すそのシーンは何度も何度も見返していた。あのスチルが生で見たい!! 
 
 だから魔王に殺されるわけにはいかない。だからごめんなさい、クリストファー殿下。貴方の恋は応援できないわ……。

 私の顔が不安そうに見えたのか、クリストファー殿下は私の手を握った。

「大丈夫。ディーンは迎えの馬車を手配しているよ。すぐにやって来るはずだ」

 兄がいなくて心細いと思ったのだろう。微笑んで励ましてくれた。

(さすが王子様。弱っているときにそんな風に微笑まれたら、恋に落ちちゃいそうだわ)

 だが、彼に恋してしまっては破滅の道にまっしぐらだ。ヒロインが万が一、王子様ルートを選んだ場合、私は嫉妬に狂い嫌がらせを行い、幽閉されてしまうのだ。そして魔王復活時、助けてもらえずそのまま……。

(クリストファー殿下にだけは、そういう気持ちにならないように気をつけなくちゃ!)

 決意を新たに、淑女の仮面を被る。普段のお転婆な私は、外では封印するようお母様にキツく言われている。
 にっこりと全力の外面を貼り付けて笑う。

「ふふ、殿下の手があたたかくて安心いたしました。ありがとうございます。……ディーンお兄様が来るまで、こちらで休ませていただきますね」
「あ、あぁ、そうしたらいいよ」

 私は猫をかぶるのに精一杯で、殿下の耳が赤く色付いたことには気付かなかった。
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