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第三章「迷宮都市アイゼンシュタイン編」
第七十五話「決戦」
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〈二月二日〉
フィーネと出会ってから初めての子育てを経験し、幼いフィーネは日に日に肉体が成長しつつある。ホワイトドラゴンの時は既に体長二メートルを超えており、人間の姿をして居る時は身長百二十センチを超えているのだ。
人間とは異なる成長速度に戸惑いながら、毎日大量の栄養を与えている。レオンハルトも肉体を鍛えるために過食をしているが、フィーネはレオンハルト以上に栄養を摂取しているのだ。
エルザとレオンハルトは以前にも増して仲が良くなり、俺は二人の弟子とフィーネに毎日八時間の稽古を付けている。いつの日かゲイザーを討伐するために徹底的に鍛えているのだ。
エルザのレベルは35まで上昇し、レオンハルトのレベルは40まで上昇した。短い期間で彼らが大幅に魔力を上げられたのは、天性の魔法の才能もあるが、二人が魔力の消費と枯渇を繰り返しているからだ。
恐らくこの街に二人以上に激しい訓練を積んでいる者は居ないだろう。俺、エルザ、レオンハルト、フィーネ、ヴィクトリア、エレーナの六人で戦闘訓練を積んでいる。毎日森に入り、迷宮都市アイゼンシュタインの周囲に潜む魔物を見つけ出して討伐しているのだ。
エルザとレオンハルトは既にCランクの称号を得た。やはりエルザは魔法を極めるために生まれた少女なのか、レベル35とは思えない程の圧倒的な魔法能力で魔物を叩きのめす事が出来る。
ヴィクトリアはSランクの称号を授かった魔術師ではあるが、彼女と魔法の打ち合いをすると、十回に一度はエルザがヴィクトリアに攻撃を当てられるのだ。
純粋な魔力の強さならヴィクトリアの方が遥かに勝っているが、エルザは俺が確実に相手を仕留めるための戦い方を教えているからか、彼女は三種類の魔法を自在に使いこなしてヴィクトリアを翻弄するのだ。
俺はエレオノーレ様に追いつくために、弟子達に稽古を付けながら自分自身の訓練も行っている。毎日千回の雷光閃に、最低百体の魔物討伐。地域のために毎日すくなくとも百体の魔物を狩る様にしているのだ。
衛兵や低ランクの冒険者では太刀打ち出来ない魔物を探し出し、石宝刀で仕留めて魔石に変える。そうして得た魔石でガチャを回して魔法道具を量産し、魔法道具屋に持ち込んでお金を作っているのだ。
将来ヴィクトリアと結婚した時、彼女と豊かな生活を送るために今の内から貯金をしているのだ。今までは獣人奴隷を開放するためにお金を使い続けてきたが、これからは獣人を開放する必要もないので、やっと貯金を始められるという訳だ。
今日も早朝に起きて宿を出た。ヴィクトリアとフィーネを連れてエレーナが滞在している馬小屋に入る。退屈そうに外を眺めていた美しいペガサスの頬にキスをすると、エルザとレオンハルトと合流した。
こうして毎朝同じ時間に待ち合わせ、一緒に訓練を行っているので、俺達は既にかけがえのない仲間になった。地域を守るためにお互いの命を守りながら奮闘する。普通の友達関係にはない危機を何度も乗り越えているので、レオンハルトは命懸けでエルザを守れる逞しい男へと成長を遂げたのだ。
弟子の成長は何よりも嬉しい。そしてエルザもまたレオンハルトを守れるだけの魔法能力を開花させた。勿論まだ最高の魔術師とは言えないが、十四歳でここまで強い女の子も居ないだろう。
「ユリウス、今日も街の外で稽古をするの?」
「そうだね。最近は魔物の活動も活発だし、街の周囲に強い魔力の流れを感じるんだ。もしかするとゲイザーが接近しているのかもしれない」
「だけど、ホワイトドラゴンとの戦闘から一度も目撃情報がないなんて不気味よね……」
「ああ。どこかに隠れているのだろうね」
フィーネの母に瀕死の怪我を負わせたゲイザーの目撃情報はない。いくら森に入ってゲイザーを探しても見つからないのだ。勿論、森にはゲイザーの痕跡が僅かに残っている。ゲイザーが食い散らかした魔物の肉や骨が散乱している事があるが、痕跡を追っても途中で手掛かりを失う。
今日もクエストを受けるために冒険者ギルド・レッドストーンに向かって歩き始めると、街の東部から巨大な破裂音が聞こえた。衛兵や市民の叫び声が瞬く間に上がり、無数の魔物の気配を感じた。
顔面から血を流した衛兵が慌てて駆けつけてくると、俺の手を握りながら大粒の涙を流した。体はあちこちが鋭利な刃物で切り裂かれており、鋼鉄のメイルも軽々と貫く攻撃を受けた様だ。
「勇者様……! ゲイザーが! 東口を突破しました……」
「何だって!? 遂にゲイザーが攻撃を始めたのか!?」
衛兵は報告を終えると意識を失った。ヴィクトリアは衛兵に対してヒールの魔法を掛けて傷を癒した。ゲイザー討伐のために訓練を積んだ筈だが、妙な胸騒ぎがする。仲間が殺されなければ良いが、戦闘では何が起こるか分からない。
「レオンハルトとエルザはエレーナの背中に乗って上空からゲイザーに攻撃を仕掛けてくれ! ヴィクトリアは俺と一緒にゲイザーに挑む! フィーネはどうする!?」
「フィーネもたたかう……!」
「ああ、君の親を傷付けたゲイザーを仕留めよう!」
フィーネは変身を解除し、体長二メートルんほ美しいホワイトドラゴンに戻ると、俺とヴィクトリアはフィーネの背中に乗った。まだ体は小さいが体内に秘める魔力はなかなか高い。俺との戦闘訓練を積んだフィーネは野生のホワイトドラゴンよりは遥かに戦い慣れている筈だ。
各ギルドのマスター達が一斉にギルドから飛び出し、エドヴィンさんもゲイザーの襲撃に気が付いて俺達と合流した。フィーネの背中に乗りながらゲイザーが突破した東口を目指すと、そこには冒険者の死体と衛兵の死体が散乱していた。
大きく破壊された石の城壁を乗り越えた一つ目の魔物。体長五メートルを超える巨体の魔物は、全身から無数の触手が生えており、触手の先端には刃物の様に鋭利な爪が付いている。
触手をでたらめに振り回すと、無数の民家をいとも簡単に切り裂いた。あの攻撃を直撃すれば間違いなく即死するだろう。充血した巨大な目が逃げ纏う市民を睨みつけると、上空に雷雲が発生した。サンダーストームの魔法を使用するつもりなのだろう。
俺はフィーネから飛び降りると、石宝刀を抜いて市民の前に立った。瞬間、上空から強烈な雷撃が落ちた。ゲイザーのサンダーストームに合わせ、石宝刀に込めた魔力を刃に変えて飛ばす。
「裂空斬!」
三発の雷撃の内、一発を何とか掻き消す事が出来たが、二発が民家に落ちた。Aランクの魔物の固有魔法は駆け出しのレオンハルトとエルザを震え上がらせるには十分すぎる程の威力があったのか、二人は青ざめた表情を浮かべて固まった。
フィーネは母親を切り刻んだゲイザーを睨みつけながら一気に急降下をすると、フィーネに気が付いたゲイザーが触手の先端の爪でフィーネを切り裂いた。魔物の中でも比較的丈夫なドラゴン族のフィーネでも、ゲイザーの無数の触手を受け続ける事は出来ない。
フィーネは瞬く間に全身を切り裂かれ、力なく地面に落下を始めた。ヴィクトリアはフィーネに対してヒールの魔法を唱えると、フィーネは落下の途中に全回復して再び上昇を始めた。
「フィーネ! 不用意に近づくな! 俺を援護してくれ!」
まだ戦闘経験が浅く、幼いフィーネはゲイザーに対する怒りを爆発させ、背中に乗っているヴィクトリアの事すら考えずに特攻したが、あれでは切り殺してくれと言っている様なものだ。
ギルドマスター達や勇気ある数人の冒険者、それから衛兵達が駆け付けてくると、一斉にゲイザーを取り囲んだ。瞬間、ゲイザーの背後からブラックベアとドラゴニュートが姿を現した。一体この大陸には何体のドラゴニュートが生息しているのだろうか。
BランクのドラゴニュートとCランクのブラックベアの登場にギルドマスター達が狼狽すると、俺は石宝刀に魔力を込めて剣気を放った。
「皆さん、俺はファルケンハイン王国の勇者、ユリウス・フォン・シュタインです。俺に力を貸して下さい!」
俺がギルドマスター達に対して叫ぶと、ゲイザーと共に街を侵略せんとする魔物達に対して一斉に武器を向けた。
「勇者殿と戦えるとは光栄だ! 私達の街は私達の力で守る!」
「ああ! レオンハルトやエルザまで戦いに参加しているんだ、俺達がブラックベアとドラゴニュートを引き受けるから、勇者殿はゲイザーを頼む!」
「これ以上市民を殺されてたまるか!」
ギルドマスター達は自分のギルドの所属する数人の冒険者と共にブラックベアやドラゴニュートを取り囲むと、一斉に攻撃を始めた。
ヴィクトリアが俺の背後に着地し、フィーネは上空を旋回しながら攻撃の機会を伺い、エレーナは冷静にレオンハルトとエルザを守るために背の高い建物の上で待機している。
エレーナから降りたレオンハルトとエルザが一気にゲイザーに接近したが、ゲイザーは触手の連撃を放った。
「危ない! レオンハルト!」
慌ててレオンハルトの前に立ち、石宝刀でゲイザーの攻撃を切り落とした瞬間、防ぎきれなかった一本の触手が俺の腹部を深々と切り裂いた。腹部に焼ける様な痛みを感じ、大量の血が流れ、激痛が全身を駆け巡った。
「大丈夫ですか!? シュタイン様! すぐに回復をします!」
「待て! エルザ! 目の前の戦いに集中しろ! レオンハルトを守れ!」
「ですがその傷ではシュタイン様が……」
「俺は大丈夫だ! 自分の魔法で市民を守るんだろう!?」
レオンハルトとエルザをゲイザーの攻撃から守るために飛び出したが、ゲイザーはそんな俺が防御の際に見せた隙を見逃さなかった。ヴィクトリアがゲイザーに対して鬼の様な形相を向けると、ゲイザーが大きな口を開いて火炎を吐いた。
瞬間、高さ十メートルを超える爆発的な炎の竜巻が発生し、竜巻がヴィクトリアに向かって進行を始めた。ヴィクトリアは怒りながらも右手で構えた杖を竜巻に向けると、聖属性の魔力を放出した。
「グランドクロス!」
ヴィクトリアの魔法に合わせ、魔石砲を抜いて銃口を竜巻に向ける。借りるぞ……ホワイトドラゴンの魔法。
「ブリザード!」
ヴィクトリアが放った十字の魔力が竜巻を押し始めると、銃口から飛び出した強烈な冷気がグランドクロスに纏わりついた。爆発的な冷気を纏う十字の刃がゲイザーの竜巻を切り裂くと、ゲイザーの体に向かって飛び始めた。
この攻撃が直撃すればゲイザーを一撃で仕留められるかもしれない。俺は激痛に悶えながらも一気にゲイザーの懐に飛び込み、魔力を込めた石宝刀の一撃を放った。
「円月閃!」
回転切りで触手を切り裂くと、切り落とした触手が瞬く間に再生を始めた。冷気を纏ったグランドクロスがゲイザーの肉体に触れる直前、ゲイザーは一気に空高く飛び上がった。これだけの図体で飛行まで出来るだから厄介極まりない。
瞬間、エルザを担いだレオンハルトが大きく跳躍した。エルザは泣きながらユニコーンの杖をゲイザーに向け、強い冷気を放出した。
「よくも私の家族を……! アイスショット!」
エルザが魔法放つと、杖の先端から飛び出した冷気が直径二メートルを超える鋭利な氷の塊に変化した。基本的な攻撃魔法であるアイスショットの魔法をよくここまで昇華させたものだ。
巨大な氷の塊が高速でゲイザーの頭部に向かって飛び、まさか人間が頭上から攻撃するとは思っていなかったのか、ゲイザーがエルザの魔法を直撃した瞬間、レイピアを構えたエドヴィンさんがゲイザーに向かって落下を始めた。
レイピアに強烈な聖属性の魔力を放ち、金のポニーテールをなびかせながら急降下をしたエドヴィンさんがゲイザーの頭部に着地すると、レイピアをゲイザーの瞳に突き刺した。ゲイザーは爆発的な咆哮を上げながら周囲にサンダーストームを落とし、ファイアサイクロンの魔法を連発した。
炎の竜巻が街を燃やし、雷撃が民家や城壁を木っ端みじんに吹き飛ばした。あまりにも強烈すぎる魔法に狼狽えながら、俺はフィーネに目配せをした。戦場を冷静に見つめているエレーナは状況に応じてギルドマスター達にマナシールドの魔法を使用してドラゴニュートの攻撃を受け止めた。
エレーナの援護を得た冒険者と衛兵達は一気に士気が上がり、格上の魔物に対しても積極的に攻撃を続けた。
「ユリウス! 大丈夫!?」
「ああ……なんとか……」
既にかなりの量の血が流れたからか、気分は優れず、体は震え出し、腹部には耐えがたい痛みが走り、意識は朦朧としてきた。それでも俺が倒れる訳にはいかない。国王陛下から勇者の称号を授かったファルケンハイン王国の最高戦力である俺が負ける訳にはいかないのだ。
「リジェネレーション!」
ヴィクトリアが俺に魔法を掛けた瞬間、腹部の傷が一瞬で癒えた。それでも失った血が元に戻る訳ではない。気分は最悪だが街を破壊するゲイザーを仕留めるしかない。市民達は泣きながら俺達の戦いを眺めている。冒険者として、陛下から勇者の称号を授かった者として、アイゼンシュタインの民を脅かす魔物は仕留めなければならない。
「フィーネ! 俺の攻撃に合わせろ! レオンハルトとエルザもだ!」
エドヴィンさんが俺の背後に着地すると、俺達三人は目配せをして最後の攻撃に移った。ヴィクトリアはゲイザーに杖を向けて聖属性の魔力を込めて待機し、エドヴィンさんは再びレイピアにエンチャントを掛けた。
石宝刀を両手で握りしめ、一気にゲイザーの間合いに飛び込む。無数の触手が俺の肉体を切り裂いたが、直撃しなければ即死する事はない。ヴィクトリアのリジェネレーションが俺の肉体の回復を続ける限り、あと数秒はこの刃の嵐の中でも生命の活動を続けられるだろう。
全身を刃で切られながらゲイザーの元に走ると、俺は全身から掻き集めた魔力を石宝刀に注いだ。
「今だ!」
瞬間、エルザがアイスショットの魔法を落とし、レオンハルトが俺の隣に着地して疾風刀を握りしめた。
「疾風閃!」
「封魔石宝流奥義・流星斬!」
「グランドクロス!」
レオンハルトの突きがゲイザーの目を捉えると、エドヴィンさんが一気に飛び込んでレイピアの連撃を放った。ヴィクトリアのグランドクロスがゲイザーの体を捉え、エルザの魔法がゲイザーの頭上に落ち、俺の七連撃がゲイザーの体を切り刻んだ時、フィーネがブリザードを放った。
ゲイザーの触手は瞬く間に再生を始めたが、爆発的な冷気に全身を包まれたからか、再生の能力が低下しつつある。それに、巨大な瞳は急所だったのか、逃げ場を求める様に飛び上がって逃亡を始めると、俺は石宝刀を鞘に仕舞ってゲイザーの前に立った。
「これだけ人間を殺しておいて逃げ切れるとでも思っているのか?」
右手に炎の魔力を注ぎ、全身の筋肉を総動員して全力でストレートを放つ。体長五メートルを超えるゲイザーが遥か彼方まで吹き飛ぶと、俺は急いでマナポーションを飲んだ。ブリザードを受けて動きが鈍ったゲイザーを仕留めるのは今しかない。
上空を旋回していたフィーネの背中に飛び乗ると、右手を宙に向け、左手で魔石砲を引き抜いた。
「メテオストーム!」
だめ押し魔法を落としてから魔石砲の引き金を引く。やっとホワイトドラゴンから授かった魔石でゲイザーに留めを刺せる。
「ブリザード!」
無数のメテオがゲイザーの肉体に降り注ぎ、触手を叩き潰した。銃口から発生した冷気がゲイザーの肉体を包み込み、瞬く間にゲイザーの体を凍らせた。遂に戦いが終わったのだ。
凍り付いたゲイザーは既に命を落としており、ギルドマスター達もエレーナに守られながらドラゴニュートとブラックベアを狩り尽くしたのか、死闘を乗り切った冒険者、衛兵、各ギルドのマスター、市民達が一斉にゲイザーの死体の前に集まった。
「皆さんの協力のお陰でゲイザーを仕留める事が出来ました。本当に助かりました。ありがとうございます。これからはアイゼンシュタイン復興のために再び力を合わせて働きましょう!」
二月十五日からの始業式まで王都イスターツに帰還しなければならないので、復興を手伝う時間は殆ど無い。今回の戦闘で命を落とした市民の数は百人以下だろう。Aランクのゲイザー率いる魔物の軍団の襲撃を受けても街が崩壊しなかった事が幸いだ。
もしギルドマスター達が勇気を振り絞って俺に力を貸してくれなかったら、きっとアイゼンシュタインの街は壊滅していただろう。俺達だけではゲイザーの相手をしながらドラゴニュートの攻撃を受け続ける事は不可能だったからだ。
「勇者殿、街を救って下さってありがとうございます!」
一人のギルドマスターが跪いて頭を垂れると、市長を始めとする市民達も一斉に跪いた。家族を失った者も多いが、ゲイザーという凶悪な魔物に襲われて生き延びられた事に感謝しながら残りの人生を大切に生きるべきだろう。
人間はやはり魔物よりも劣る存在なのだろう。だが冒険者は自ら力を求め、他人を守ろうと奮闘する職業だ。Sランクの俺がAランクのゲイザーに翻弄された事は悔しいが、俺の最強を目指す生活はまだまだ続く。
「シュタイン様……やっと両親の仇が討てました。街を守って下さってありがとうございます……」
「今日までよく頑張ったね。エルザ、レオンハルト、俺は最高の弟子と共に居られて幸せだよ。これからも冒険者として鍛錬の生活を続けよう。俺達の力で世界を守るんだ」
「はい! どこまでも付いて行きます」
エルザとレオンハルトを抱きしめると、二人は静かに涙を流した。大人でも逃げ出すAランクのゲイザー相手に、十四歳の二人がよく頑張ったと思う。これからも二人の弟子を育てられる事に喜びを感じながらも、俺はヴィクトリアと微笑み合った。
何度彼女に命を助けられたのだろう。俺もまたヴィクトリアの命を守り続けてきたが、特にドーレ大陸に来てからはヴィクトリアに何度も守られている気がする。
「ヴィクトリア、冬休みは潰れちゃったけど、イスターツに戻ったらデートの時間を増やすよ」
「ええ、楽しみにしているわ」
「いつも俺を支えてくれてありがとう」
「当たり前でしょう? 私はユリウスの恋人なんだから。勇者を支えるのも王族の役目だしね」
俺はヴィクトリアを抱き寄せ、彼女の頬にキスをした。早速復興を始めなければならない。まだ俺の忙しい毎日は続きそうだ。アイゼンシュタインの復興を手伝いつつも、エルザとレオンハルトの荷造りを進め、ラース大陸移住のために移動をしなければならない。
どれだけ忙しくてもヴィクトリアが居れば頑張れる。それに王都イスターツには最高の仲間達も待っている。仲間達との生活を思い浮かべながら、俺は復興を手伝い、二人の愛しい弟子の移住の支度を始めた……。
フィーネと出会ってから初めての子育てを経験し、幼いフィーネは日に日に肉体が成長しつつある。ホワイトドラゴンの時は既に体長二メートルを超えており、人間の姿をして居る時は身長百二十センチを超えているのだ。
人間とは異なる成長速度に戸惑いながら、毎日大量の栄養を与えている。レオンハルトも肉体を鍛えるために過食をしているが、フィーネはレオンハルト以上に栄養を摂取しているのだ。
エルザとレオンハルトは以前にも増して仲が良くなり、俺は二人の弟子とフィーネに毎日八時間の稽古を付けている。いつの日かゲイザーを討伐するために徹底的に鍛えているのだ。
エルザのレベルは35まで上昇し、レオンハルトのレベルは40まで上昇した。短い期間で彼らが大幅に魔力を上げられたのは、天性の魔法の才能もあるが、二人が魔力の消費と枯渇を繰り返しているからだ。
恐らくこの街に二人以上に激しい訓練を積んでいる者は居ないだろう。俺、エルザ、レオンハルト、フィーネ、ヴィクトリア、エレーナの六人で戦闘訓練を積んでいる。毎日森に入り、迷宮都市アイゼンシュタインの周囲に潜む魔物を見つけ出して討伐しているのだ。
エルザとレオンハルトは既にCランクの称号を得た。やはりエルザは魔法を極めるために生まれた少女なのか、レベル35とは思えない程の圧倒的な魔法能力で魔物を叩きのめす事が出来る。
ヴィクトリアはSランクの称号を授かった魔術師ではあるが、彼女と魔法の打ち合いをすると、十回に一度はエルザがヴィクトリアに攻撃を当てられるのだ。
純粋な魔力の強さならヴィクトリアの方が遥かに勝っているが、エルザは俺が確実に相手を仕留めるための戦い方を教えているからか、彼女は三種類の魔法を自在に使いこなしてヴィクトリアを翻弄するのだ。
俺はエレオノーレ様に追いつくために、弟子達に稽古を付けながら自分自身の訓練も行っている。毎日千回の雷光閃に、最低百体の魔物討伐。地域のために毎日すくなくとも百体の魔物を狩る様にしているのだ。
衛兵や低ランクの冒険者では太刀打ち出来ない魔物を探し出し、石宝刀で仕留めて魔石に変える。そうして得た魔石でガチャを回して魔法道具を量産し、魔法道具屋に持ち込んでお金を作っているのだ。
将来ヴィクトリアと結婚した時、彼女と豊かな生活を送るために今の内から貯金をしているのだ。今までは獣人奴隷を開放するためにお金を使い続けてきたが、これからは獣人を開放する必要もないので、やっと貯金を始められるという訳だ。
今日も早朝に起きて宿を出た。ヴィクトリアとフィーネを連れてエレーナが滞在している馬小屋に入る。退屈そうに外を眺めていた美しいペガサスの頬にキスをすると、エルザとレオンハルトと合流した。
こうして毎朝同じ時間に待ち合わせ、一緒に訓練を行っているので、俺達は既にかけがえのない仲間になった。地域を守るためにお互いの命を守りながら奮闘する。普通の友達関係にはない危機を何度も乗り越えているので、レオンハルトは命懸けでエルザを守れる逞しい男へと成長を遂げたのだ。
弟子の成長は何よりも嬉しい。そしてエルザもまたレオンハルトを守れるだけの魔法能力を開花させた。勿論まだ最高の魔術師とは言えないが、十四歳でここまで強い女の子も居ないだろう。
「ユリウス、今日も街の外で稽古をするの?」
「そうだね。最近は魔物の活動も活発だし、街の周囲に強い魔力の流れを感じるんだ。もしかするとゲイザーが接近しているのかもしれない」
「だけど、ホワイトドラゴンとの戦闘から一度も目撃情報がないなんて不気味よね……」
「ああ。どこかに隠れているのだろうね」
フィーネの母に瀕死の怪我を負わせたゲイザーの目撃情報はない。いくら森に入ってゲイザーを探しても見つからないのだ。勿論、森にはゲイザーの痕跡が僅かに残っている。ゲイザーが食い散らかした魔物の肉や骨が散乱している事があるが、痕跡を追っても途中で手掛かりを失う。
今日もクエストを受けるために冒険者ギルド・レッドストーンに向かって歩き始めると、街の東部から巨大な破裂音が聞こえた。衛兵や市民の叫び声が瞬く間に上がり、無数の魔物の気配を感じた。
顔面から血を流した衛兵が慌てて駆けつけてくると、俺の手を握りながら大粒の涙を流した。体はあちこちが鋭利な刃物で切り裂かれており、鋼鉄のメイルも軽々と貫く攻撃を受けた様だ。
「勇者様……! ゲイザーが! 東口を突破しました……」
「何だって!? 遂にゲイザーが攻撃を始めたのか!?」
衛兵は報告を終えると意識を失った。ヴィクトリアは衛兵に対してヒールの魔法を掛けて傷を癒した。ゲイザー討伐のために訓練を積んだ筈だが、妙な胸騒ぎがする。仲間が殺されなければ良いが、戦闘では何が起こるか分からない。
「レオンハルトとエルザはエレーナの背中に乗って上空からゲイザーに攻撃を仕掛けてくれ! ヴィクトリアは俺と一緒にゲイザーに挑む! フィーネはどうする!?」
「フィーネもたたかう……!」
「ああ、君の親を傷付けたゲイザーを仕留めよう!」
フィーネは変身を解除し、体長二メートルんほ美しいホワイトドラゴンに戻ると、俺とヴィクトリアはフィーネの背中に乗った。まだ体は小さいが体内に秘める魔力はなかなか高い。俺との戦闘訓練を積んだフィーネは野生のホワイトドラゴンよりは遥かに戦い慣れている筈だ。
各ギルドのマスター達が一斉にギルドから飛び出し、エドヴィンさんもゲイザーの襲撃に気が付いて俺達と合流した。フィーネの背中に乗りながらゲイザーが突破した東口を目指すと、そこには冒険者の死体と衛兵の死体が散乱していた。
大きく破壊された石の城壁を乗り越えた一つ目の魔物。体長五メートルを超える巨体の魔物は、全身から無数の触手が生えており、触手の先端には刃物の様に鋭利な爪が付いている。
触手をでたらめに振り回すと、無数の民家をいとも簡単に切り裂いた。あの攻撃を直撃すれば間違いなく即死するだろう。充血した巨大な目が逃げ纏う市民を睨みつけると、上空に雷雲が発生した。サンダーストームの魔法を使用するつもりなのだろう。
俺はフィーネから飛び降りると、石宝刀を抜いて市民の前に立った。瞬間、上空から強烈な雷撃が落ちた。ゲイザーのサンダーストームに合わせ、石宝刀に込めた魔力を刃に変えて飛ばす。
「裂空斬!」
三発の雷撃の内、一発を何とか掻き消す事が出来たが、二発が民家に落ちた。Aランクの魔物の固有魔法は駆け出しのレオンハルトとエルザを震え上がらせるには十分すぎる程の威力があったのか、二人は青ざめた表情を浮かべて固まった。
フィーネは母親を切り刻んだゲイザーを睨みつけながら一気に急降下をすると、フィーネに気が付いたゲイザーが触手の先端の爪でフィーネを切り裂いた。魔物の中でも比較的丈夫なドラゴン族のフィーネでも、ゲイザーの無数の触手を受け続ける事は出来ない。
フィーネは瞬く間に全身を切り裂かれ、力なく地面に落下を始めた。ヴィクトリアはフィーネに対してヒールの魔法を唱えると、フィーネは落下の途中に全回復して再び上昇を始めた。
「フィーネ! 不用意に近づくな! 俺を援護してくれ!」
まだ戦闘経験が浅く、幼いフィーネはゲイザーに対する怒りを爆発させ、背中に乗っているヴィクトリアの事すら考えずに特攻したが、あれでは切り殺してくれと言っている様なものだ。
ギルドマスター達や勇気ある数人の冒険者、それから衛兵達が駆け付けてくると、一斉にゲイザーを取り囲んだ。瞬間、ゲイザーの背後からブラックベアとドラゴニュートが姿を現した。一体この大陸には何体のドラゴニュートが生息しているのだろうか。
BランクのドラゴニュートとCランクのブラックベアの登場にギルドマスター達が狼狽すると、俺は石宝刀に魔力を込めて剣気を放った。
「皆さん、俺はファルケンハイン王国の勇者、ユリウス・フォン・シュタインです。俺に力を貸して下さい!」
俺がギルドマスター達に対して叫ぶと、ゲイザーと共に街を侵略せんとする魔物達に対して一斉に武器を向けた。
「勇者殿と戦えるとは光栄だ! 私達の街は私達の力で守る!」
「ああ! レオンハルトやエルザまで戦いに参加しているんだ、俺達がブラックベアとドラゴニュートを引き受けるから、勇者殿はゲイザーを頼む!」
「これ以上市民を殺されてたまるか!」
ギルドマスター達は自分のギルドの所属する数人の冒険者と共にブラックベアやドラゴニュートを取り囲むと、一斉に攻撃を始めた。
ヴィクトリアが俺の背後に着地し、フィーネは上空を旋回しながら攻撃の機会を伺い、エレーナは冷静にレオンハルトとエルザを守るために背の高い建物の上で待機している。
エレーナから降りたレオンハルトとエルザが一気にゲイザーに接近したが、ゲイザーは触手の連撃を放った。
「危ない! レオンハルト!」
慌ててレオンハルトの前に立ち、石宝刀でゲイザーの攻撃を切り落とした瞬間、防ぎきれなかった一本の触手が俺の腹部を深々と切り裂いた。腹部に焼ける様な痛みを感じ、大量の血が流れ、激痛が全身を駆け巡った。
「大丈夫ですか!? シュタイン様! すぐに回復をします!」
「待て! エルザ! 目の前の戦いに集中しろ! レオンハルトを守れ!」
「ですがその傷ではシュタイン様が……」
「俺は大丈夫だ! 自分の魔法で市民を守るんだろう!?」
レオンハルトとエルザをゲイザーの攻撃から守るために飛び出したが、ゲイザーはそんな俺が防御の際に見せた隙を見逃さなかった。ヴィクトリアがゲイザーに対して鬼の様な形相を向けると、ゲイザーが大きな口を開いて火炎を吐いた。
瞬間、高さ十メートルを超える爆発的な炎の竜巻が発生し、竜巻がヴィクトリアに向かって進行を始めた。ヴィクトリアは怒りながらも右手で構えた杖を竜巻に向けると、聖属性の魔力を放出した。
「グランドクロス!」
ヴィクトリアの魔法に合わせ、魔石砲を抜いて銃口を竜巻に向ける。借りるぞ……ホワイトドラゴンの魔法。
「ブリザード!」
ヴィクトリアが放った十字の魔力が竜巻を押し始めると、銃口から飛び出した強烈な冷気がグランドクロスに纏わりついた。爆発的な冷気を纏う十字の刃がゲイザーの竜巻を切り裂くと、ゲイザーの体に向かって飛び始めた。
この攻撃が直撃すればゲイザーを一撃で仕留められるかもしれない。俺は激痛に悶えながらも一気にゲイザーの懐に飛び込み、魔力を込めた石宝刀の一撃を放った。
「円月閃!」
回転切りで触手を切り裂くと、切り落とした触手が瞬く間に再生を始めた。冷気を纏ったグランドクロスがゲイザーの肉体に触れる直前、ゲイザーは一気に空高く飛び上がった。これだけの図体で飛行まで出来るだから厄介極まりない。
瞬間、エルザを担いだレオンハルトが大きく跳躍した。エルザは泣きながらユニコーンの杖をゲイザーに向け、強い冷気を放出した。
「よくも私の家族を……! アイスショット!」
エルザが魔法放つと、杖の先端から飛び出した冷気が直径二メートルを超える鋭利な氷の塊に変化した。基本的な攻撃魔法であるアイスショットの魔法をよくここまで昇華させたものだ。
巨大な氷の塊が高速でゲイザーの頭部に向かって飛び、まさか人間が頭上から攻撃するとは思っていなかったのか、ゲイザーがエルザの魔法を直撃した瞬間、レイピアを構えたエドヴィンさんがゲイザーに向かって落下を始めた。
レイピアに強烈な聖属性の魔力を放ち、金のポニーテールをなびかせながら急降下をしたエドヴィンさんがゲイザーの頭部に着地すると、レイピアをゲイザーの瞳に突き刺した。ゲイザーは爆発的な咆哮を上げながら周囲にサンダーストームを落とし、ファイアサイクロンの魔法を連発した。
炎の竜巻が街を燃やし、雷撃が民家や城壁を木っ端みじんに吹き飛ばした。あまりにも強烈すぎる魔法に狼狽えながら、俺はフィーネに目配せをした。戦場を冷静に見つめているエレーナは状況に応じてギルドマスター達にマナシールドの魔法を使用してドラゴニュートの攻撃を受け止めた。
エレーナの援護を得た冒険者と衛兵達は一気に士気が上がり、格上の魔物に対しても積極的に攻撃を続けた。
「ユリウス! 大丈夫!?」
「ああ……なんとか……」
既にかなりの量の血が流れたからか、気分は優れず、体は震え出し、腹部には耐えがたい痛みが走り、意識は朦朧としてきた。それでも俺が倒れる訳にはいかない。国王陛下から勇者の称号を授かったファルケンハイン王国の最高戦力である俺が負ける訳にはいかないのだ。
「リジェネレーション!」
ヴィクトリアが俺に魔法を掛けた瞬間、腹部の傷が一瞬で癒えた。それでも失った血が元に戻る訳ではない。気分は最悪だが街を破壊するゲイザーを仕留めるしかない。市民達は泣きながら俺達の戦いを眺めている。冒険者として、陛下から勇者の称号を授かった者として、アイゼンシュタインの民を脅かす魔物は仕留めなければならない。
「フィーネ! 俺の攻撃に合わせろ! レオンハルトとエルザもだ!」
エドヴィンさんが俺の背後に着地すると、俺達三人は目配せをして最後の攻撃に移った。ヴィクトリアはゲイザーに杖を向けて聖属性の魔力を込めて待機し、エドヴィンさんは再びレイピアにエンチャントを掛けた。
石宝刀を両手で握りしめ、一気にゲイザーの間合いに飛び込む。無数の触手が俺の肉体を切り裂いたが、直撃しなければ即死する事はない。ヴィクトリアのリジェネレーションが俺の肉体の回復を続ける限り、あと数秒はこの刃の嵐の中でも生命の活動を続けられるだろう。
全身を刃で切られながらゲイザーの元に走ると、俺は全身から掻き集めた魔力を石宝刀に注いだ。
「今だ!」
瞬間、エルザがアイスショットの魔法を落とし、レオンハルトが俺の隣に着地して疾風刀を握りしめた。
「疾風閃!」
「封魔石宝流奥義・流星斬!」
「グランドクロス!」
レオンハルトの突きがゲイザーの目を捉えると、エドヴィンさんが一気に飛び込んでレイピアの連撃を放った。ヴィクトリアのグランドクロスがゲイザーの体を捉え、エルザの魔法がゲイザーの頭上に落ち、俺の七連撃がゲイザーの体を切り刻んだ時、フィーネがブリザードを放った。
ゲイザーの触手は瞬く間に再生を始めたが、爆発的な冷気に全身を包まれたからか、再生の能力が低下しつつある。それに、巨大な瞳は急所だったのか、逃げ場を求める様に飛び上がって逃亡を始めると、俺は石宝刀を鞘に仕舞ってゲイザーの前に立った。
「これだけ人間を殺しておいて逃げ切れるとでも思っているのか?」
右手に炎の魔力を注ぎ、全身の筋肉を総動員して全力でストレートを放つ。体長五メートルを超えるゲイザーが遥か彼方まで吹き飛ぶと、俺は急いでマナポーションを飲んだ。ブリザードを受けて動きが鈍ったゲイザーを仕留めるのは今しかない。
上空を旋回していたフィーネの背中に飛び乗ると、右手を宙に向け、左手で魔石砲を引き抜いた。
「メテオストーム!」
だめ押し魔法を落としてから魔石砲の引き金を引く。やっとホワイトドラゴンから授かった魔石でゲイザーに留めを刺せる。
「ブリザード!」
無数のメテオがゲイザーの肉体に降り注ぎ、触手を叩き潰した。銃口から発生した冷気がゲイザーの肉体を包み込み、瞬く間にゲイザーの体を凍らせた。遂に戦いが終わったのだ。
凍り付いたゲイザーは既に命を落としており、ギルドマスター達もエレーナに守られながらドラゴニュートとブラックベアを狩り尽くしたのか、死闘を乗り切った冒険者、衛兵、各ギルドのマスター、市民達が一斉にゲイザーの死体の前に集まった。
「皆さんの協力のお陰でゲイザーを仕留める事が出来ました。本当に助かりました。ありがとうございます。これからはアイゼンシュタイン復興のために再び力を合わせて働きましょう!」
二月十五日からの始業式まで王都イスターツに帰還しなければならないので、復興を手伝う時間は殆ど無い。今回の戦闘で命を落とした市民の数は百人以下だろう。Aランクのゲイザー率いる魔物の軍団の襲撃を受けても街が崩壊しなかった事が幸いだ。
もしギルドマスター達が勇気を振り絞って俺に力を貸してくれなかったら、きっとアイゼンシュタインの街は壊滅していただろう。俺達だけではゲイザーの相手をしながらドラゴニュートの攻撃を受け続ける事は不可能だったからだ。
「勇者殿、街を救って下さってありがとうございます!」
一人のギルドマスターが跪いて頭を垂れると、市長を始めとする市民達も一斉に跪いた。家族を失った者も多いが、ゲイザーという凶悪な魔物に襲われて生き延びられた事に感謝しながら残りの人生を大切に生きるべきだろう。
人間はやはり魔物よりも劣る存在なのだろう。だが冒険者は自ら力を求め、他人を守ろうと奮闘する職業だ。Sランクの俺がAランクのゲイザーに翻弄された事は悔しいが、俺の最強を目指す生活はまだまだ続く。
「シュタイン様……やっと両親の仇が討てました。街を守って下さってありがとうございます……」
「今日までよく頑張ったね。エルザ、レオンハルト、俺は最高の弟子と共に居られて幸せだよ。これからも冒険者として鍛錬の生活を続けよう。俺達の力で世界を守るんだ」
「はい! どこまでも付いて行きます」
エルザとレオンハルトを抱きしめると、二人は静かに涙を流した。大人でも逃げ出すAランクのゲイザー相手に、十四歳の二人がよく頑張ったと思う。これからも二人の弟子を育てられる事に喜びを感じながらも、俺はヴィクトリアと微笑み合った。
何度彼女に命を助けられたのだろう。俺もまたヴィクトリアの命を守り続けてきたが、特にドーレ大陸に来てからはヴィクトリアに何度も守られている気がする。
「ヴィクトリア、冬休みは潰れちゃったけど、イスターツに戻ったらデートの時間を増やすよ」
「ええ、楽しみにしているわ」
「いつも俺を支えてくれてありがとう」
「当たり前でしょう? 私はユリウスの恋人なんだから。勇者を支えるのも王族の役目だしね」
俺はヴィクトリアを抱き寄せ、彼女の頬にキスをした。早速復興を始めなければならない。まだ俺の忙しい毎日は続きそうだ。アイゼンシュタインの復興を手伝いつつも、エルザとレオンハルトの荷造りを進め、ラース大陸移住のために移動をしなければならない。
どれだけ忙しくてもヴィクトリアが居れば頑張れる。それに王都イスターツには最高の仲間達も待っている。仲間達との生活を思い浮かべながら、俺は復興を手伝い、二人の愛しい弟子の移住の支度を始めた……。
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