ベイビー!マイプリンス

GARAM

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ずるいよ御影くん

前髪

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 あれから、毎日放課後は御影くんと図書室で話すようになった。毎日といってもまだ1週間近くしか経ってはいないが、それでも毎日だ。

 今まで会話していなかった分を御影くんが埋めようとしてくれている、なんて都合のいい解釈をしてしまいそうでちょっぴり怖い。
 
 相変わらず俺は御影くんの一つ一つの表情にドキドキしたり、彼が紡ぎ出す何でもないような言葉にまたひとつ恋をしたりと忙しい。 それでも最初の頃よりは打ち解けて会話が出来るようにはなっていた。サッカー部の子が来るまでだけど、それでも2人の時間だということに間違いはなくて……それが、只管嬉しかった。

 友達が多くてクラスの人気者である御影くんを、まるで俺が独り占めしているようで。

 今日も……来るかな……

「れーいちゃん!」
「わっ!?びっくりした……」

 彼のことを考えながら図書室へ向かっていると、別クラスの友人である南雲 雪(ナグモ ユキ)が背中に軽く体当たりしてきた。

「びっくりだなんて大袈裟だなぁ。てかそんなことよりさ!今日暇?駅前に新しいケーキ屋さん出来たんだって」
「ケーキ屋さんって……雪が行きたいだけでしょ?」
「だって男1人で行くより2人で行った方が心強いじゃん。ね~お願い!一瞬だけ付き合ってよ~」
「えぇー……」

 雪は大の甘いもの好き。でも1人でお店に行くのが未だに恥ずかしくて、こうして俺を誘ってくることはしょっちゅうある。俺よりも背の高い雪に肩を組まれて歩きにくいながらも、足は図書室に向かっていた。
 
 一緒に行ってあげたいけど……せっかく御影くんと仲良くなってきてるところなのに。

 今日も御影くんが来てくれるかもしれないのに。

 そんなワガママな思いが脳内をじわじわと支配していく。やがて俺の顔に浮き彫りになった表情を見て、雪は更に迫った。

「そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃん!お~ね~が~い~、買ったらすぐ帰るしさぁ……何なら玲ちゃんの分も奢ってあげるよ!?」
「えっ、俺はいいよ……甘いものがそんな好きって訳じゃないし……」
「ん"ん"~ッ!いけず!!」
「ふふ、はいはい」

 いつものように雪と中身のない会話を交わしながら図書室へ向かう。雪に絡まれて足取りが少し遅くなってしまった。御影くん、もう来てるかな。早く鍵開けてあげないと。そんなことを心配していると、近付いた図書室の方からふと声を掛けられた。

「園崎」
「あっ、御影くん」

 図書室の扉の前で待っていた御影くんは此方に顔を向けて俺の名前を呼ぶ。

「と……」

 誰?とでも言いたげな彼の表情に俺はチラリと雪を一瞥した。雪はそんな御影くんの態度を窺うと俺の肩から腕を解いて愛想の良い笑みを浮かべる。

「んは、俺ね。南雲雪くん。よろち」

 へらりとした雪の表情に御影くんも愛想のいい微笑を浮かべて、

「よろしく南雲。俺は御影。あ、蒼斗でもいいよ」

 なんて、簡単な自己紹介をし合う。俺はそんな彼らを横目にガチャりと図書室の鍵を開けた。中に入り適当な場所に鞄を下ろして座ると、御影くんと雪も一緒に着いてきて各々同じような動作をとった。友人の多い2人のことだ。きっと俺がわざわざ介入しなくてもすぐに仲良くなるんだろう。

 そう、思っていたけれど……

「今日は3人か」

 ぽつり、御影くんの小さな声が俺の耳に届いた。感情の乗っていないような声色で何だか不安になる。

 嫌……なのかな……?
 でも、それはそれで……う、嬉しい、かも……

 あの御影くんが、俺のことを考えてそんな呟きを吐いたのだと思うと。自然に口元が緩々と波打ってしまう。そんなことないってわかっているはずなのに、俺は強欲だ。

「なぁにニヤけてんの」
「あぅ、別にニヤけてなんかないよ」
「ふぅん?」

 隣に座った雪が不意に俺の長い前髪をくいっ、と引っ張った。おかげで我に返る。指摘されるくらいだ。きっとだらしない顔を晒していたに違いない。俺は正気を取り戻すのと同時に雪の手を振り払うように首を横に振った。

「てかさぁ、前髪切りなよ~。なぁんか根暗に見えるっつーか……髪もほら俺みたいに明るくしてさ!あ、オソロっちする?切ってあげよっかぁ?」

 雪は思いついたかのようにペラペラと話し出す。だけどその話題に俺は苦笑を零した。

「えっ、いいって……長いけど困ってないし」
「え~!玲ちゃん折角美人なんだから勿体ないじゃん。切ってあげるってばぁ~」

 ぐしゃぐしゃと雪の無骨な掌が俺の頭を掻き乱す。やめろって、なんて口にしながらじゃれ合うようにやんわりと拒絶する俺は、不満気な雪を他所にふと御影くんの方を見た。
 パチリと目が合って何だか少し気まずい。

「……髪切ったら、園崎人気者になっちゃうかもな」
「えっ?」

 御影くんはそう言って困ったように微笑んだ。少し寂しそうなその顔色にチクリと胸が痛む。

「ほら、蒼ちゃんも髪切った方がいいって」
「そ、そうなの……?」

 調子良く解釈した雪にそう促され戸惑いながらも首を傾げた。すると御影くんは少し考えるように1拍置いて。

「……いいんじゃないか?でも、園崎が人気者になったら、少し寂しい」

 そう、答えた。
 どういうことなんだろう。別に俺が髪を切ったところで現状きっと何も変わらないのに。俺は未だに疑問が拭えないまま、そっか……とだけ返す。
 
 他愛もない話の中になぜだかチクリチクリと刺すような感覚を覚えて、俺は訳もなく垂れ下がった前髪を指先でいじった。

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